コンビネーション
「だから、それが余裕だっつってんだよ!」
紫電の冷静な態度に、素の感情で彼らは怒りの色を示した。それも当然だろうか、遠まわしに彼は『お前たちは勝てない』と言ったようなものなのだから。
肩を震わせながら未だにジョブが分かっていない男の方が、顔に手を当てた。気付くと、その手には一枚の仮面が握られていた。
「オペラ演者スキルLv1、“仮面男”」
マスクだけではない、手にはステッキ、その上どこから出てきたのかマンとまで羽織っている。良く見るとマスクは半分だけであり、その姿はオペラ座の怪人を連想させた。
彼のジョブはミュージカルの出演者である。そう気付くのも遅くはなかった。歌声を使う職業でもあり、やはりオペラ座の怪人が決定的だ。ミュージカルでリメイクされていたりもするが、やはり元々はそちらがオリジナルなのだから。先程までの声量や、感情表現などもこれなら納得できる。
だが、マスクを装着したところで何が変わるのだろうか。劇に沿った感情、怒りや悲しみがより深いものになるのだろうか。
だが、その予想は大きく外れていた。原作では特に“強い”という設定はないはずだが、おそらく体が強化されているのだろう。あり得ないスピードで、彼は走りだす。足の装備は韋駄天の草鞋ではない。
怪人の格好に身を包むことで異形の身体能力を手に入れる能力、きっとそれがあのジョブのスキルだ。まっすぐに、紫電の所へと詰め寄って行く。
「カナリア、援護を頼むぞ」
「任せといて」
カナリアはまず、自分自身をバリアで囲んだ。今度はさっきまでのような透明なものではなく、緑色の半透明のものだったので、私にも見える。確かに攻撃能力は無いのだろう。集会所で、私は一人じゃろくに狩りに行けないと言っていたのはこの事か。
そして、そのバリアは紫電を守ってはいない。それもそのはず、自分から攻めに出るために紫電は地面を蹴った。あの馬鹿デカイ大剣をものともせず、普通に走っている。腕の装備品は見たことがないので、それによる付加効果かもしれない。
一人はステッキを、一人は剣をふるった。お互いの間でぶつかりあい、動きが止まる。鍔迫り合い、とでも言ったら良いのだろうか。お互いに自分の武器を押し付け合っていて、その力が拮抗しているためにピクリとも動かない。
このままでは埒が明かないとふんだのか、演者の方が先に一歩退いた。それに合わせるように紫電の方も一歩下がる。
指揮者が、再びタクトを動かし始めた。それを目にした怪人を装ったプレイヤーは、再び歌い出す。一番始めと同様の、怒りに満ちた重低音だ。ただし今度は波動が飛んでいくような様子は無い。そのかわりに、ステッキがその力を吸収し、赤黒い闘志で包み込まれた。
それだけではなく、指揮者の方が今度は武器を使う。先程、言霊と彼は言っていた。悲哀の感情の時は氷のような能力だった。脳髄がショックで凍てつくイメージなのだろう。
とするときっと怒りは、燃え上がる炎のようなイメージ。これを援護だとすると、きっとステッキは炎に包みこまれる。
「……意外とやりそうだな」
指揮者がタクトをふり、理想通りの感情を込められるようにコース取りをする。そしてオペラ演者はその道を完璧になぞることで求められている感情を導き出す。
そしてその歌声を用いて、自分自身も攻撃に使い、言霊を取り出すことによってさらに攻撃ができる。この二人の組み合わせは抜群なのだろう。先程夕凪が言っていたのはこの事か。
そして、私の予想通り、ステッキは紅蓮の業火に包まれていた。
「凄いね、あの二人組。お互いに補助を重ね合うことで攻撃力を格段に上昇させてるよ」
「あれってどれぐらいの攻撃力か分かる?」
「うーん……紫電を見てたら大体分かるでしょ」
どうせあの馬鹿力の方が強いんだからと、少しふてくされたような口調だ。去年負けてしまったことでも思い出したんだろうか。
そして私達が語っている間にも戦況は動いている。紫電も負けじと、剣にエネルギーを収束させる。
「“鬼刃憑依”」
紫電の大剣は、何か巨大な生物の牙をそのまま切り取ったかのような形状をしている。それだけでかなりのまがまがしさなのだが、それに加えて鬼刃憑依のどす黒い力のせいでより一層その威圧感は増す。
隣で夕凪が息を呑んだ。
「あれ、相当な本気だよ美波」
鬼とつく名前からして中々上位の技だとは察していたが、どうやら聞くところによると、単純に剣に力を纏わせる中では最も威力のあるのが鬼刃憑依なのだとか。
しかもそれを日本で最も強い五本の指に入る彼が使うのだ。その力は相当と言えよう。ということは、やはりあの二人組はかなり強いのではないか。
と思っていると、既に夕凪は少し落胆気味である。一体どうしたのだろうか。
「でもダメだね。要するに二人揃ってようやく紫電のあの技と同等って事だし」
「えらい辛口ね、夕凪」
「だってそうでしょ、あの抜群のコンビネーションと二重の補助による威力の底上げにも関わらず、鬼刃憑依。正直僕一人にも勝てないよ」
そもそも奥義に攻撃力が届いていないのだから、夕凪のセリフも妥当だった。要するに、あれだけ面倒な事をしたにも関わらず、私が相手でも“居合い撃ち”と“殲滅の大剛弓”を使うだけで打ち砕けるという事なのだから。
去年韋駄天の草鞋装備の夕凪を倒したのだからあのスピードにも対応可能、威力も大したものではない。とすると、やはり彼らに勝機は無い。
「とりあえず、紫電さんのチートっぷりだけ眺めてから行こうか」
どうやら夕凪の中では、もう勝敗は決しているようである。
だが、彼らは予想外にも観客席を沸かせることとなる――――――――。
中々発言が上から目線な夕凪くんです。
いや、強いから良いんですけど。
観てる側だったらどんな批評したってあんまし関係無いでしょうし。
紫電はもう察せられる通り、典型的なパワーファイター、みたいな。
とりあえず圧倒的な攻撃力で頑張るタイプ。
正攻法だからこそ強い、という良キャラクターです。
次回ここが決着して次に戦うのは……次回の作中にて。




