≠余裕
競技場にたどり着いた所で、私と夕凪はソーヤ達と別れた。一応はライバル、というか最終的にぶつかるであろうから、その時まではあまり接触したくないようだ。あの二人組はあまり偵察というのをしたがらない。せいぜい一回戦で注目選手の仕上がりを楽しむぐらいだ。後は行き当たりばったりというようだ。
にも関わらず彼らは対戦相手の事を熟知しているらしい。実際に戦いだしてからの立ち回りは、敵の戦い方を知っている者ならではの動きなのだそうだ。初めて見るマイナー武器に対して、下見もしてないのに短所を見極めて戦いだす。なぜそんな事まで分かるのかは知らないが、敵を倒すにも攻撃を相殺するにも、必要最小限の力しか使わない。
天性の才能、いわゆる直感でやっているのか、ジョブスキルでやっているのかも分からない。何せあの二人に関してはほとんど謎に包まれている。基本的にソーヤの炎による圧倒的な攻撃力で片が付くからだ。
二人ともジョブスキルを用いないし、そもそもシラギは気まぐれでしか攻撃しない。狙われたら回避や防御を繰り返し、時折カウンター。昨晩の時のように自ら攻めることはほとんど無いらしい。
しかも攻めるにしてもほとんど技名すら口にせず、猛スピードで敵を吹っ飛ばす。武器を持っていない事から素手ではないかと噂されている。もちろん、ジョブは分からない。ソーヤはあだ名の通り、ジョブも“皇帝”なのだが。
「ねぇ美波?」
「どうしたの?」
「あー、もうやっぱり聞いて無かった」
分かりやすく夕凪は肩を落とす。どうやらさっきまでずっと私に話し掛けていたようだが、さっぱり聞いていなかった。やっぱりと言うからには多少予想通りだったのかもしれないが。
「だから、戦う相手が特徴的なんだっていう話だよ」
「そうだったっけ? 確かそうでも無かったと思うけど。剣使いのナイトと、槍使いの侍じゃなかった?」
また一つ深いため息を夕凪は吐き出した。全然聞いてなかったんだねと、少々非難めいた口調である。
「それは明後日の僕らの敵チームでしょ? 今話してるのは紫電たちの敵二人だって」
そう言われてようやく私は頭上のモニターを確認した。一方には紫電とカナリアのプロフィールが大々的に映され、反対側に対戦相手二人組が表示されている。ランキングは二人ともそれほど高くはないが、二人とも少し変わっている。
二人とも、武器を手にしていないのだ。だが、それだからといって彼らは二人とも肉弾戦で闘うようなタイプに見えない。二人ともあまり体を動かすのに慣れていないような体型だ。言うなれば痩せぎす、ヒョロいのだ。
片方の服装はきっちりとした正装だが、それだけでは皆目見当がつかない。もう一方は今から演劇が始まるのではないかという派手な衣装だ。
「こういう相手が厄介なんだよなあ……。あんまり見た事ない武器が相手で、もしかしたら取り合わせが絶妙だったとしたら、下手に強いプレイヤーより厄介だよ」
対策が確立されていないからね。他人事みたいに夕凪はそう淡々と口にした。まあ、実際どちらが勝っても構わない訳で、しかも紫電が負けると後の脅威が消え、なおかつ未知の武器への対策も立てられる。
だから、優勝するためにはよく分からない方の二人組を応援した方が良いだろう。だけど私には、紫電とカナリアに負けてくれと願うことはできなかった。
「始まるね」
開始を告げるファンファーレが鳴り響く。ここの合図も、やはり他の競技場とは違っている。他の所はどのような合図なのだろうか。
相手の様子を窺うためだろうか、紫電は一切動かなかった。一応、身の丈ほどの大剣を構えてはいるがそれだけで、様子見に観察しているようだ。
「余裕ぶってるね、さすが王者」
「……嫌味か?」
正装の男が紫電に話しかけながら自分の懐に手を突っ込んだ。何かを取り出そうとしているようだ。顔をしかめて紫電は言い返す。そう言えば、去年のこの大会の王者はシラギとソーヤだったっけ。
黒いタキシードから取り出されたのは、細くてそれほど長くない、一本の白い棒だった。それを構えたその様子を見てようやく悟った。彼のジョブは指揮者なのだと。
だが、武器はあのタクトで本当に合っているのだろうか。あれは、指揮者がジョブである付属品なのかもしれない。だとすると、彼の武器は他にあるという事になる。
そして、指揮棒を持った彼は、悠々とそれを振り始めた。まるでここが、コンサート会場であるかのように。
「嘗めているのか? それとも……攻撃か?」
「間接的な、ね」
するとその指揮に合わせるかのようにもう一人の選手が突然に歌いだした。声量の大きい堂々とした声で、会場中に歌声が響く。観客席は異常なまでに静まり返っていた。
本職で彼は歌うことを得意としているのだろうか、それだけではないような気もする。次第に指揮者の動きも大仰なものへと変わってきている。それに伴って、歌声も荒々しいものへと変化する。憤りを直接ぶつけるような、鋭さを持った声に。
そしてその声は波動となって紫電達に襲いかかった。空気中を、音の波動が駆け抜ける。しかし、その波動は何か空気の壁のようなものにぶつかったようにそて、紫電の目の前で消えていた。
「なるほど、派手なお前の攻撃は歌声、といったところか。おそらく声に込めた感情で威力や性質が変わるのだろう。だがこの程度だと俺には届かないぞ」
「余裕ぶんなよ、王者様」
突然、声の性質が一変した。怒りを込めた重低音から、恐怖や驚きのこもった金切り声へと変化する。耳をつんざくような甲高い声は、鋭さを増したように見える。
「三重だ、カナリア」
「了解、紫電」
だがやはり、見えない壁のようなものに攻撃は阻まれる。一体何なのだろうか、この現象は。
隣の夕凪は大して驚いていない。とすると、紫電のジョブが何か関連しているのだろうか。でも紫電が選んだジョブは“自衛官”だったはずだ。某所にまつわるとしても、何かしら火器などを使いそうなきもするが。
「その程度か? 軟弱過ぎて笑えてくるぞ」
「……王者の貫録もそんぐらいにしろよ。“言霊・悲哀”」
紫電とカナリアの周りを透明な刃が取り囲む。あの色は氷だろうか。研ぎ澄まされ、冷えて凍えた氷の刃はまるであの歌声のようだと感じた。
「鎧式結界」
だが、それすらも見えない装備に阻まれたようで、ヒットする直前に先端から砕け散った。たった一すらも紫電はダメージを負っていない。
その様子に彼らは二人とも一旦攻撃を止めた。驚きのあまり声が出なくなったのだろうか。呆然として立ちすくんでいる。
「お前ら多分去年の大会見てないだろ。じゃないと驚くはずないからな」
それなら私も見ていないし、この様子が分かっていないのも同じである。もう大半の人間が知っている。隠しても無駄だと判断した紫電は、自ら種明かしをする。
「別に余裕ぶっこいてる訳じゃない。ただ、信頼してるだけだ」
カナリアの武器は“障壁”だ――――。
「教えてやる。お前らはどうあがいてもこの守りを破れない」
ようやく、紫電は自らを戦場へと引きずりだした。その貫禄は、獅子のようだった。
今回紹介するのは梶本先生と神崎父です。
はい、咬ませ犬です。
もはや二回戦(実質三回戦)で夕凪たちと闘うというのはかませでしかありません。十回戦以上あるというのにそんな最初から……。
だが、まだ言えませんがオッサン二人は重要な役割を担います。その内ですけどね。
誕生の経緯は単純です。心配するのは友達だけじゃない、ってことです。
特に親が出てこないと始まらないですしね。
そして、一番最初は梶本の方は飯田先生(一話先生の場合を参照)にする予定でしたが……こうなりました。
飯田先生空気……いやいや、重要な役割が……あるって言って良いのかな?
ペースが遅くていつ完結するかも分からないんですけどね。
そもそも大会終わってからもう少し続ける予定なので……。
一年はかかるかな、という感じでしょうか。
このメインキャラクターを除いたサブ的なキャラクターの紹介もその内しますが、ネタバレしたくないんでもっと掘り下げてからタイミングを見つけてやりたいと思います。
次回は日本ランキングトップの彼が本当に貫禄を……見せる前に終わるのかな?
敵二人に期待しましょう、では次回もよろしくお願いします。




