学校にて
翌日、教室に着くともう既にお祭り騒ぎは始まっていた。騒動の内容は言わずとも分かる通り、昨日のQuest Onlineの事だろう。教室に入る直前、私とゆかりは少しためらった。確実に囲まれるであろうからだ。
だがその判断も虚しく、後ろから声をかけられてしまった。誰かと思えば梶本先生だった。何を言われるかと身構えたが、大した用事ではない。変な所で止まらずに教室に入れ、との事だった。
そう言われると断る訳にもいかず、渋々教室の扉を開いた。すると、教室の中の生徒は皆一ヶ所に集合しているのが見える。誰かを取り囲んで尋問しているようだが、果たして誰だろうか。
座っている位置から大体誰なのかの見当をつける。そう言えば彼も確かに活躍してはいた。相方から妬かれてはいたが。
「藤村くんが犠牲者に……」
「まあ沙羅ちゃん押しのけて一人で戦ったら目立つでしょ」
「そうね……ってゆかりもあの試合見てたの?」
当たり前じゃんとゆかりは頷いた。そういえば二人は私と夕凪の試合の偵察に来ていたのだから不思議ではない。たかだか二つ後ろの試合だったのだから。
だが、私の予想を裏切ってゆかりは沙羅と面識を持っていた。
「キークエストやってたらさー……」
そこで、ゆかりがアテナと出会った経緯、藤村くんとの不意の遭遇の事を初めて聞いた。一ヶ月前からQuest Onlineをしてはいたが、ゆかりとその事について話したことはほとんど無い。
「まあ、ちょっとした顔見知りってレベルだけどね。でも、どこかで見た顔なんだよなー……」
ゆかりはどうやら、沙羅が本庄 夜空だとは思っていないらしい。単純に忘れているだけなのかもしれないのだが。ちなみに、ゆかりは私の応援に来てくれたので、必ず夜空を見ていたはずではある。
まあ、実際のところ同一人物である保証はどこにもない。ただ単に顔がそっくりで二人とも弓の達人であるというだけだ。そこまで一致していたら本人だとは思うが。
「それにしても藤村くんどんだけ集られてんの?」
「多分男子比率が高いから沙羅との事でからかわれてるんじゃない?」
ほら、沙羅って綺麗だからとゆかりは付け足す。実際に彼女はとても美人で、動いている様子はとても華やかだと思う。実際には昨日は闘っていないから想像に過ぎないけど。
「怒ると怖いってマジで。軽く泣けてくるって」
「いやいや神崎さんみたいな感じだろ」
「それ以上だよ、神崎さんはマジギレしないけど沙羅の方はネジ飛ぶんだって」
もはやトラウマに近いものが染み付いてるんじゃないかと、不安を感じるような声だ。そもそも女子が苦手な藤村くんに、沙羅とのコンビは中々の試練だろう。
「そんな怖いかー?」
「うん。もっかい言うけどマジギレするから。我を忘れるくらいに」
「神崎さんは大丈夫なのかよ、お前」
「そもそも夕凪とよくサッカーしてたから神崎さんは大丈夫なんだよね。夕凪と似てるからあんまり女子って意識しなくて済むし」
何か色々と引っ掛かることがあるけど気にしないようにする。夕凪とは確かに似ているが、まさか女子と見られていなかったとは。まあ、おそらく他の男子からも取っ付きにくく思われているだろう。女子からは我ながら人望があるつもりなのだが。
おそらく、私が教室にいると藤村くんは感じ取ったのだろう。慌てて何かを付け足していた。
「いや、男子だと思ってる訳じゃないよ」
「んなの分かってるっつーの」
弁解などいらないと周りの人から突っ込まれている。まあ、楽しくやっているようだからこれで良いか。
そこから、Quest Onlineの中の有名人では誰が可愛い、又は格好良いかという話になっていた。
まずは誰かがアテナだろ、と口にした。私とゆかりはその発言に反応する。知っている名前が出たからではない。あの垣間見える威圧感を考えると、そういう評価を受けるのが疑問に思えてくる。多分、一度彼女の恐ろしい方の側面に触れたら同じ事は言えないだろう。
「俺は沙羅かなー」
次に聞こえてきたのはそんな意見だ。だが、これはこれでどうかと思う。彼女は私よりも短気だし、怒った時は周りなんか気にしない。眉間に皺を寄せて目の端を吊り上げるあの形相は女子ではなく修羅だろう。
「神崎さんは?」
突然私の名前も出てくる。いざそうなってみると、アテナの方が圧倒的にましだと思えてくる辺りが残念だ。そもそも私は普通の人ぐらいにしか社交的ではない。話したことの無い人には未だに怖そうなイメージを与えてしまっている。
「神崎さんは有名人になってなくね?」
「いや、夕凪の相方だぞ。もうとっくに有名だよ」
まだ騒いでいるのは構わないがとりあえず違う人の話題に変えて欲しい。かなり恥ずかしいからだ。
「いやー、一位はカナリアだろ!」
あー、分かると何人もの男子、そして女子が頷いた。カナリアと言えば日本ランキング一位の紫電の相棒だ。金髪の中にほんの少しの量だけ違う色の髪が混じっていて、それらの髪だけが結わえられている。金髪の方は短めに切り揃えられていて、違う色の髪は長く伸ばしていて、長い方の、ちょっとだけの髪を結わえているのだ。
「確かに。今言った中で一番優しそうだし」
「紫電に対して献身的だしな」
それもそのはず、カナリアは聞く話によると闘っている時以外は常に微笑んでいると聞いたことがある。肩をぶつけられても、悪態を吐かれても気にせずに、笑顔を絶やさない。最終的にそういう性格を貫き通したため、初めは居たアンチ達は今はもう居なくなったらしい。彼女を紫電のおまけだと罵る人はもう居ない。
「カナリアありきの紫電だからな。そう言えば女子から見た紫電って格好良ーの?」
「うーん……そこまで言うほど? ゴツいじゃん、やっぱ」
「やっぱり夕凪くんよねー」
「皇帝忘れないでよ」
「シラギさんもだって」
言えない。ここまで白熱している彼ら彼女らに、私はその人たちの数人と顔見知りだなんて。紫電やカナリアは今のところ知り合いではないが、ソーヤとシラギはもはや友人だ。
良い具合に始業の号令が鳴り響く。最後の方は絡まれていなかったが、ようやく藤村くんがホッとした表情で現れる。
でも、最後に誰かが発した言葉が不意に私の耳の奥底にへばりついた。
「でもカナリアって、去年の方が強くなかったかな?」
それは、とても残酷な理由だからだと私はまだ、知らない――――。
カナリアの髪型の説明がやたらと難しいです。
一番似ている髪型、というかモチーフは革神語のヤタカです。
暇な時間があるなら、調べてみて下さい。
今回のプロフィール紹介は美波です。
実際のところこの小説を書くに当たって最初に作ったキャラクターです。
漠然と弟と共に戦う格好良い姉御的なのを書こうとしました。
夕凪同様色々と才能豊かです。その辺りは夕凪から逆輸入ですが。
弓使いにした理由は単純に、ゲームでの弓使いが格好良かったという安直な理由……。
巫女になった理由はあれです、犬夜叉の桔梗やかごめからです。
物語序盤で美波が言っていた百年前の漫画はまさにそれがイメージです。
ジョブスキルはちょっと悩みました。
結局の話三つ中一個が夕凪と被ってます。
視点になることが最も多く、夕凪よりも目立ってます。
体面上は神崎姉弟(といっても双子)が主人公のセンターですが、俺としてはこっちこそが主人公のような感じです。
弟のために自分もゲームを始める……はい、ブラコンです。
落ちついているキャラな上に、攻撃時の言い回しも何個かある美波は書きやすくてありがたいです。
次回は、そう言った意味では一番作者泣かせな“彼”を紹介したいと思います。




