戦姫二人
「勝てば良いって……あんたが言ったらマジなんだから怖いっすよ」
俳優の方の男がそう言うが、本音なのかどうかは判断できない。あくまでもあのジョブのスキルは演技であり、その態度の全てが嘘偽りの可能性だってある。
ただし、この発言に限っては信じられる。確かに彼らもランキング上位だが、それでも六千位、アテナは実力的には日本二位、世界ではトップテン入りする夕凪と同程度の実力だ。去年のバトフェス以前からプレイしている人はそれぐらい知っているだろう。
だが、彼女も夕凪もその事に過剰な自信を持っていない。アテナの方の理由は分からない。でも、少なくとも夕凪は上を見ている。上には上がいる。シラギ、ソーヤ、紫電、彼らに勝つまで夕凪はきっと満足しない。
「何とでも言っていいわ。さっきイザナギが見せなかった魔法銃の強さ、教えてあげる」
隣を見ると、夕凪が自分を指して驚いていた。丸めた目が「僕ですか?」と物語っている。
どうやら、あそこ二人も今の私達のように偵察を欠かさなかったらしい。目をつけられているとは、少し不安にもなるがそれ以上に、力を認められているようで嬉しかった。
真剣な雰囲気になってきている。それが分かったのか、彼らは自らの武器を取り出した。手品師は、どこからともなく細身の剣を取り出し、俳優は対照的に巨大な剣だ。
二本の刀剣が、共にエネルギーを身に纏う。この手の武器の共通したスキルである“気剣”だろう。破壊力の上昇、そして剣を振るった際に剣圧の衝撃波を飛ばすことができる。
「ゆかりちゃん、チャージ!」
アテナの掛け声にゆかりが応える。反射的に自分の槍に力を充填し始める。MPのゲージの減っていくスピードから、使おうとしているのは奥義だと判断できる。そして、相手だってそれに気付かない馬鹿ではない。
放っておくとマイナスになると判断したのだろう。彼らは体の向きを素早く逸らした。狙いはゆかり、だがしかし、彼らが一歩を踏み出す前にアテナの魔法銃が火を吹いた。
慣用表現だけではなく、本当に火を吹いた。魔法銃の攻撃は、藤村くんのサッカーボールと似ている。普通の弾丸ではなく、炎や氷などの属性付きの弾丸が飛んでいく。
モンスター相手なら弱点を突けるのだが、人間相手なら威力やスピードなどの些細な差異で使い分けることになる。
そして、撃ち出されたのは燃え盛る炎の弾丸だ。オレンジ色の弾はプロミネンスのようなものを表面で走らせながら、空を翔る。
舌打ちしながら二人はその弾丸を斬り裂く。だが、アテナは一分の隙すらも与えるつもりは無いらしい。
「“熱線”」
銃口から、炎のレーザーが撃ちだされる。先程の弾とは違って線状の攻撃であり、コロシアム内に直線を描いたように二つの部分に切り離されていく。そちらの攻撃も斬り裂こうとするが、MPを使い続ける限り攻撃は終わらない。斬撃の威力が無くなる方が早く、熱線は二人の体を呑み込んだ。
魔法銃の攻撃方法は二つの種類に分けられる。“弾”と“線”だ。“弾”の方は単純に、魔法の弾丸を撃ちだす能力だ。チャージすることにより、大きさや威力をコントロールすることができる。
そして次に、“線”の技だ。線は前述の通り、銃というよりも光線に近い。MPを消費し続けるだけでずっと攻撃可能でいて、多少はその太さもコントロールできる。魔法銃の奥義は、種類としてはこちら側である。
オレンジ色のレーザーに呑み込まれた二人は、転がるようにしてそこから抜け出した。防御力重視の重装備で固めているため、思ったよりもダメージは少なかった。
だが、神速のような攻撃はまだまだ続いている。回避、防御を行った直後の一瞬の間隙の縫い目を狙うようにアテナは次の一手を撃つ。もちろん、正確なコントロールで。
突然、彼らの戦い方が変わった。先ほどまでは二人バラバラに動いていたのに、一ヶ所に集った。細身の剣の男が前衛に立ち、次々と弾を斬り伏せる。“線”が来ると思った時には二人揃って逃げる。
大剣を持っている方は、逃げるようにして回避しているだけだ。勝負を諦めて逃げ惑っているようにも見えるが、気付く人は気付いている。力を溜めているのだ。
「奥義でアテナを倒そうっていう魂胆かな?」
単純な考えだね、と夕凪はいたずらっぽい顔をした。そんな急場しのぎの思い付きなんて成功しないと断言しているようにも見える。しかし、着々と奥義の準備が進んでいるのは間違えようのない事実だ。
「アテナの怖いところはね、こういう風に泳がせて、そこから心身共に叩き潰す考え方なんだ」
魔法銃なんだから“居合い撃ち”と奥義であっさり相手の奥義なんて潰せるのだから、一撃目に関してはまず失敗する。しかもMP回復手段の無いプレイヤーにとってはその一撃しか使えない場合が多い。
つまり、彼らの奥義は徒労に終わるのだ。
「種明かしが早かったんじゃないかな、二人とも」
そう言ったアテナは銃をホルダーにしまい込んだ。さっきまで降り注いでいた攻撃の嵐がピタッと止まった。
その様子を見て、さらに敵は激昂する。
「どういう……つもりだよ!」
彼らはちっとも分かっていないというべきか、上手くアテナが術中にはめたというべきか。猛攻からの挑発のせいで冷静な判断ができなくなった。
第三者のこちらの立場としては、ただ単純に彼女はもう役目を果たしたからだと分かる。
「あの二人大丈夫かな。魔法銃が“居合い撃ち”するには一旦ホルダーに銃を直す必要があるのに」
「確かにそうだけど……夕凪にしては珍しく見落としてるね」
夕凪がアテナしか見ていないからか、“居合い撃ち”ですぐに勝負を決めるつもりだと勘違いしている。だが、頭の後ろで手を組み始めた辺り、もう戦意は無いようだ。
夕凪はかなり不可解な思いでこの試合の推移を思い出し始めた。すると、すぐに思い出したようだ。
「そっか、アテナの目的は敵の殲滅じゃないもんね」
いつしか、敵のエネルギーチャージは完了していた。それならば、順番的にやはり完了しているはずだ。
俳優の男が、奥義を解放する。大きな刀剣を両手で持ち、上空へと掲げた。刀身に溜め込まれていたパワーが一気に吐き出され、天空へと駆け抜ける。大気中に放出された気が新たに剣の形をなぞるように、コロシアムの端から端まで届きそうな大剣が完成した。
そしてそれを、一気に振り下ろす。
「“ジークフリー……」
技名を叫びながら、彼はアテナへと闘志の剣を振り下ろした。回避も防御も、果てには攻撃も、彼女はやる気がないようだ。
何をやっているんだ、とか色々な怒声が競技場内を反響する。端から見たらアテナは自分のすべき事を放置しているようになるのだろう。だが、彼女の仕事はもう完遂している。
作戦通りだと、彼女は口角を少し持ち上げた。
突然、彼らの奥義は砕け散った。後少しでアテナに直撃する、その瞬間にガラスのように粉々になった。薄氷のごとき破片が、瞬きながら宙を舞い散る。
「どうして……!」
やはりアテナは優秀なプレイヤーだ。私達を含めて、複数の観客を除いて、他の人達の目を自分自身に集中させた。そのために、ゆかりは安全に奥義のための準備が完了した、という訳だ。
ゆかりの手には、光の槍が握られていた。元々の武器である槍は地面に突き刺してある。錬成された光の槍は、手だけではなく腕、そして肩までも包み込む、やはり巨大なものだった。
左足を一歩踏み出し、上体を反らす。右手を後ろに下げて狙いを定める。先程剣の奥義を砕いた際は普通の槍として使っていたが、本来の特性としては“投げ槍”に属するようだ。
右手が少しずつ前方へと加速していく。次の瞬間、光の槍はゆかりの手から放たれた。縮こまっていた刀身を変形させてさらに巨大な槍となる。コロシアムの半分近くを埋め尽くす横幅だ。大体“殲滅の大剛弓”と同じぐらいのサイズだろうか。
「“神槍グングニル”!」
闘技場をえぐる勢いでその場を飲み込んでいく。攻撃範囲も確かに広いが、スピードも相当なものだ。韋駄天の草鞋でもない限りは回避は不可能。
そしてあっちは奥義さえも砕かれた。防御の手段さえない。つまりは……。
「ゆかりの勝ちね」
歓声によって、私の声はかき消された。勝った当の本人はというと、これ以上なく楽しげな表情で、アテナに誉められていたのは、友達としてとても誇らしかった。
文字数が六桁代に乗ったので次回から後書き部分にキャラクター紹介をします。
紹介といってもプロフィールではなく、そのキャラを作る時にどんなことを考えながら作ったか、という制作秘話的なものですが。
次からはおっさん二人の視点ですが……とりあえずよろしくお願いします。




