magic
「あれが、アテナ……」
会場に現れた彼女に、目を奪われてしまう。腰まで届く真っ赤な髪が、歩くだけで揺れる。そして私は、彼女の美貌に見とれていた。
夕凪と私では髪以外に、細かい所の容姿が違っている。その一つが目だ。私は少々吊り目気味で少し目線がキツく思われてしまう。対して夕凪は、大体普通ぐらいで、そのために可愛らしいだの言われている。
そしてアテナはと言うと、夕凪タイプだった。とても綺麗な顔立ちで、優しそうな目をしている。太陽だとか、女神だとかが似合いそうな気がした。
「天野さんも出てきたよ」
夕凪が、呆然としている私に話し掛ける。ハッとした私はゆかりの雄姿を目にしようと、会場内のゆかりを探した。
探すまでもなく、普通にゆかりはアテナの隣にいた。華奢な体にはあまり似合わない、ものものしい槍を担いでいる。
「じゃ、作戦通り行くよ」
「はいっ」
優しい笑顔と共にアテナはゆかりに指示する。いや、指示という言葉は似合わないだろうか。頼む、とも少し違う。へり下っているようでいて、逆らえないような影響力。
それに返答するゆかりの表情が生き生きとしているのだから、別に問題は無い。だけれど、なぜかそんな事を考えてしまう。
多分それは、いつもあそこにいるのが私だからだろう。自分がよく居る場所に他の誰かがいる。だから複雑な心境になっているんだろう。
藤村くんを応援する夕凪も、こんな気分だったのだろうか。
「対戦相手……あんまり強くないね」
私がゆかり達をじっと見ている間にも夕凪は相手チームの観察をも行っていた。相手を私も確認してみる。すると、夕凪の言葉が正しいのだと分かった。
ランキングは私と桁が同じ、装備品も初期のものである。きっと始めたばかりの人が、腕自体はそれなりに上手くて選抜クエストをクリアしたのだろう。
それが二人、はっきりと断言させてもらうが絶望的である。
「ゆかり一人でどうにかなるんじゃない?」
「うーん、でも立ち回りは上手いだろうから、やっぱり手間取るんじゃない?」
まあ、このゲームを始めたばかりで選抜をクリアしたのだから、その辺りはここにいる人と同等なのだろう。
もしかしたら、当時慣れていないことを考えるとそれ以上か。今はもう少しだけ経験を積んでもう少し立ち回れるようになっているだろう。
「可哀そうに、初っぱなからアテナと当たるなんて」
いや、これだったら誰と当たっても大して変わらないのではないか。おそらく参加者の中では最も装備が薄く、経験も浅いだろう。
見るからに大舞台に萎縮している。その上、アテナがそれなりの実力者だとは知っているのだろう。もはや青ざめていると言っても過言ではない。
「うーん……どうするゆかりちゃん?」
先ほどは作戦通り行くと言っていたが、どうやら相手が予想外に弱そうなので、見直しているらしい。作戦とか無くても大丈夫じゃないか、と。
どのような策を元々練っていたのかは知らないが、一応後々のために取っておく事に決めたらしい。
「じゃあ、場数を踏んでもらうために、メインでゆかりちゃん、サポートで私で行こうか」
「はい、分かりました」
背中の大きな槍を手に取って、ハキハキとゆかりは返事をする。刀の切っ先を向けるように、先端の尖った部分を相手に向けている。
そしてアテナはと言うと、腰のベルトに突き刺さったホルダーから、煌びやかな装飾が施された銃を取り出した。拳銃なんかと比べると二回りほど大きく、側面には色とりどりの宝石が瞬いている。まさに、夕凪の使用武器と一緒だ。
回線を告げるホイッスルが鳴り響いた。私達の競技場とは違う合図だ。他の所にいくと、また違う合図なのだろうか。
すぐさま、ゆかりは地を蹴った。迷いのない様子はその動きから伺える。何かあったらアテナが補助してくれる。その信頼からくる迷いの無さなのだろう。
だがここで、私は一つの違和感に気付いた。対戦相手の連中が、さっきとは雰囲気が変わっている事に。さっきまで自信なさげに青ざめていたのに、今やかなり血色が良い。
さっきまでおどおどしていた眼には、虎視眈々と獲物を狙うような鋭い光がある。
危ないゆかり、そう心の中で私は叫んだが、頼れるパートナーさんも気付いたらしい。異変に気付いたアテナは、ゆかりに向かって声を張り上げた。魔法銃で、敵チーム二人に照準を合わせる。
「ゆかりちゃん、ストップ! 一旦下がって!」
“居合い撃ち”ではなく、ただの早業で二発の弾丸を放った。それらは両方、狂いなく敵に襲いかかる。
「どうしたんですか、アテナさん?」
まだ状況を理解できていないのはゆかりだけだった。なぜ止められたのか分からずキョトンとしている。
途端に、今まで弱いと思っていた二人が、そのベールを剥いだ。
片方の男が指を鳴らすと同時に、今まで見えていた装備品は消え、別のものが現れた。手品みたいに、あっと言う間に変わったのだ。
造作もないとでも言うように、彼らは向かってくる弾丸を回避した。
「どういう事……かしら?」
アテナがそう問いただした時に、ようやくゆかりも異常事態に気付いたらしい。目の前の二人の、表情やら雰囲気、装備までも変わっている事に。
いつの間にか、彼らの選手情報を紹介するプロフィールまでもが変わっている。ランキング表示は一千万位代から国内順位六千位にまで昇っていた。
「どうしたもこうしたも、俺たちのジョブスキルだよ。油断させておいて叩こうとしたんだけど」
「生憎とあんたに見破られたって訳だ」
一方の男は普通の私服のようなものを着ているために、ジョブは判断できない。しかし、もう一人は容易に判定ができた。シルクハットに白い手袋、手ではトランプを操っている。“手品師”だ。
「手品師スキルLv2、“手品”。これで選手紹介の項目の情報をいじった」
「そして俺が“俳優”のスキルを使って、萎縮する初心者を演じていた、って訳だ」
なるほど、もう一人の男は役者のように化けるスキルだったのか。それならば、この豹変ぶりにも納得できる。しかし、手品師の発言には一つ俯に落ちないものがある。
「選手紹介の項目をいじった?」
「ああ。できると言われたからな」
「おかしいでしょ。普通公に情報公開するに当たって偽りの情報を垂れ流すなんて」
どうやらアテナも気付いたらしい。あくまでも選手紹介のプロフィール提示は、対戦相手ではなく観衆のためのものだ。観衆が見ているものを、選手控え室のモニターで同じものを見ることができる、それだけだ。
それなのに彼らは、観客までも自らの罠にはめてみせた。確かに大きな問題は無いように思えるが、少し公平性を欠くのではないだろうか。
「それに、戦っている時じゃないとスキルは使えないはずよ」
「そう言われても、できるって言われたんだから」
「誰によ」
アテナが、目をスッと細めた。猛禽類が獲物を狙うような、睨み付ける以上に鋭いものだ。前言撤回、彼女はやはり私と大して変わらない。
「口止めされてる」
「そうなの、でもまぁ……」
隙の無い動作で彼女は銃口を手品師に向けた。悪寒でも走ったのだろうか、アテナに気圧された彼の表情に緊張が駆け巡る。
「勝てば良いだけの話よね」
その声に、目の前で向かいあってもいない私までもが、背筋が凍る思いをした。
ついに十万字。ちょっとした大台でしょうか。
でもまだ大会も一回戦、まだまだ続くのでよろしくお願いします。




