ジョブスキル、解放
「何か来る、退けユウ!」
親父の方が咄嗟に反応する。そうか、女子の方の名前はユウと言ったのか。彼女は、少し戸惑いながらも父お他の指示に従って俺から離れた。ただし、離れたということは、むざむざ自分の間合いを手放した、ということだ。
距離を開ければ開けるほど、あいつらは不利になるというのに。
「サッカー選手スキルLv1、“得点王”!」
MPを消費することで、脚にエネルギーが溜めこまれる。靴の装備には気が集まってきて、やがて漏れだすエネルギーが光り出す。
サッカーボールを武器として使うから、ジョブもサッカー選手、安直に決めただけなのだが、相性としてはこれ以上なく良かったようだ。なぜなら、選手以上に上手く扱える職業なんて他には無いのだから。
“得点王”の能力では、二つの能力が向上する。パワー、そしてコントロールだ。相変わらず攻撃は直線的なままだが、威力は桁違いになる。
まあ、威力が上がっても、スピードはそれほど変わらない。なので、距離が開いていると易々と回避できると踏んでだろう。だがそれも間違っている。俺の攻撃技は“色名球”だけじゃない。
「“音速球”」
造りだしたのは、一見普通のボールだ。だが、この球の性能は、蹴りだした直後に速度が音速にまで到達するというものだ。つまり、俺が外すかどこに撃つかを先読みするか、韋駄天の草鞋などを装備するかしないと確実に直撃する。
そして、彼らには悪いが彼らに聞こえないように技の名前を呟いた。このゲームの仕様の一部として、合成していない普通の技を出す際、技名を声に出す方が威力が上がるらしい。そしてその声量によって威力の上昇量のボーナス値が変わる。
なぜなら先に何の技が来る方が相手にとって対処しやすく、声が大きい方が伝わりやすい。そして次に何が来るか分かっている方が回避も防御も用意になる。相手も有利になる代わりにこちらの威力も上げられる、という訳だ。
逆にフェイントとして、口にしたものと違う技を使うこともできる。その場合は不意打ちとして、少し威力が落ちる。
蹴りだした直後一瞬にして高速で駆け出した。その球を視認することができるはずなく、足から離れた次の瞬間には、あまりのスピードに消えてしまったかのように見えた。
そして、消えたと思った次の瞬間には父親の方に直撃していた。無防備な胴体に強力な一撃が叩きこまれる。本来“音速球”に大した威力は無いが、“得点王”スキルのために威力が大幅に上がっている。
そして、俺だって合成ができない訳じゃない。ただし、今のところはこの一つの合成技しか使えないのも事実だが。
彼に襲いかかったボールは、最後に青白い炎を上げて爆発した。ただでさえ威力の高い“炸裂球”の威力がさらに上昇し、彼の薄い防御力の装備だと、すぐさま体力がそこをついた。
「お父さん!」
爆炎が晴れる前からもう既に俺は判断していた。もう彼の体力は残っていないと。爆発する前、“音速球”だけでのダメージで半分近く体力を持って行ったのでそれ以上の威力を持つ“炸裂球”だったら体力の最後の一滴まで絞りつくせる。
ユウの方が父親を気にかける素振りを見せるが、そんな絶好の隙をさらしてくれる彼女を放置する訳が無い。彼らを難なく倒そうとするならば、ジョブスキルを使っていない今が狙い目なのだ。
ただし彼女は思った以上に慌てておらず、すぐさま冷静にこちらに向き直った。距離を開けてみてもさっきのを使われると避けられないと踏んだのだろう。だとすると、こちらの苦手な接近戦に持ち込もうと近寄ってくる。
「近づかせねえぞ」
次のボールを錬成しようとするが、そうする事をいち早く予想していた彼女は、球を作りだす隙を与えないように攻撃してきた。
「“真空波”!」
爪で目の前の空間を一閃する。すると、真っ白いカマイタチがこちらをめがけて飛んできた。どれほどの威力を持っているのか判断できない上に、体力が減っているので喰らう訳にもいかず、次の攻撃を諦めて防御に移る。
「サッカー選手スキルLv2、“守備選手”!」
今度はこちらも、何も無い空間を足で一閃する。すると靴の先から青い衝撃波が放たれ、地面に突き刺さった。そして、そこから真上にエネルギーが吹きあがることによって、壁ができあがる。衝撃波と真空の刃はお互いにぶつかりあい、消滅した。
今度こそ、そう思うがやはり錬成の隙は与えてくれない。一撃目が失敗したと分かると二撃目が飛んでくるだけだ。
同じようにまた衝撃波の障壁を繰り出す。同じように相殺できるかと思ったが、今度は相手の方が威力を上げてきた。障壁は少し抵抗を示したが、鋭利な真空の刃に切り裂かれ、真空波は次に俺に襲いかかった。
体力が一気に減ったところを見ると、やはりかなりの威力だったようだ。これは威力を殺していなかったらもっとヤバかったと思うと背筋が凍りそうだ。
「さあ、近づいたよ、少年」
気付くと、俺は彼女の攻撃可能な範囲に入れられてしまっていた。彼女は自分が得意な距離に踏みこめたことから、優越感を滲ませる。ここまで近づくと、先程のように俺は逃げ回るしかない、そう思っている顔だ。
頼みの防御用の技も、結局蹴りに依存していてモーションが大きく、彼女にとって大した脅威ではない。そう考えているのがあっさりと分かる。
ただ、彼女は一つだけ忘れている。守備の選手はバックだけじゃない事を。
彼女の金属爪から眩い光が放たれる。おそらくこれは各種武器の奥義と呼ばれるものだろう。ほとんどの武器には奥義と呼ばれる特殊な技が存在する。特徴としては、溜め時間が長かったり、爆発的にMPを消費したりだ。そして一番の特徴は奥義以外では打ち消せないほどの、圧倒的な攻撃力と武器から漏れだすような凄まじいエナジーだ。
基本的に、遠距離よりも近距離の方が溜め時間は短く、攻撃範囲は狭い。だが、結局の話距離を置いて力をチャージできる上に攻撃範囲の広い遠距離の方が強い訳だが。
そして、中には奥義の存在していないものもある。例えば何か、俺のサッカーボールだ。
「防げないよね、少年」
得意げに彼女はそう言う。パワーがチャージされた金属爪は俺に向かって襲いかかった。
だが、次の瞬間に彼女は顔色を変えた。彼女にとってはあり得ない事態が起こった。自分の奥義が、押さえ込まれたのだ。
「えっ、どうして?」
彼女はそこでこれ以上ない焦りを見せた。自らの武器における最強の攻撃、それがポッと出の普通の少年に止められたのだから。焦る頭で彼女は考えているために、余計に答えが出ずにうろたえる。
その彼女に、俺は情けをかけた訳じゃないが、教えることにした。
「あんたの攻撃の当たり判定があるのは、爪だけだ。手首を押さえておけば攻撃は喰らわない」
彼女は実際に自分の手首を掴まれていることを確認し、仰天する。どうやら、自分自身もその事に気付いてなかったようだ。自分の攻撃は手首や腕を掴まれると機能しないという弱点に。
「でも、一応は奥義だよ。一応腕にもかなりの突貫力が……」
「だから、“守備選手”を発動してるんだ」
「でも、足なんて使ってな……」
そこまで口にして彼女は気付いたようだ。黄色い闘気のようなものが俺の手を包み込んでいるのを。さながらグローブのように手に纏ったそれを見て、彼女はようやくゴールを守る最後の砦に気付いたようだ。
ゴールキーパー、という存在に。
「私の手首をキャッチして、押さえ込んだ?」
「まあ、そういう事です」
徐々に、溜めこまれたエネルギーも武器から抜けていき、しまいには攻撃事態が中断される。もう奥義は気にしなくて良いが、手を離してやるつもりもない。このまま、一気に勝負を決める。
「少年、このままじゃ君、攻撃できなくない?」
「大丈夫ですよ。“炸裂球”作って地面に落としたらダメージ与えられますから」
あー、くそ残念。そう言って彼女は敗北を覚悟したようだった。
そして次の瞬間、俺たちは勝利した。一回戦はこれで静かに幕を引いた。
次回戦うのは天野ゆかりとアテナさん……ですが、視点は美波からでお届けする予定です。




