キックオフ
開幕早々、俺が蹴ったボールは男の方に襲いかかった。赤い炎を纏ったボールは、一直線に飛んでいく。しかし、一応は娘に任せているとはいえ、意識自体はこちらに向いていたようで難なく回避された。
「君、どこ狙ってんの?」
「うるさいな、言っただろ? 二人いっぺんに相手するって」
「じゃあ私だって……」
金属製の爪をつけた右手を、沙羅の方に向ける。だが、俺としてはあくまでも一人で倒すのを貫くつもりだ。そう易々と沙羅に手を出させるつもりはない。
次のボールを作りだし、今度は女子の方へと蹴りだした。こちらに意識を向けることが目的のため、相手の真正面から当てる必要がある。少し角度がついたように彼女は立っているので、ボールにカーブをかけて前方から攻撃する。
不意に自分と沙羅との間に現れたボールにも、彼女は臆することなく爪で引き裂いた。どうやら刺すだけでなく斬ることもできるようだ。多少リーチは短いようだが、手の延長として操れるため、刀などよりは小回りがきくようだ。
一球目をバラバラにして、余裕を持ったのかこちらには目もくれず、そのまま沙羅へと向かって突進する。だが、何度も言うが沙羅には手を出させない。
「“氷球”!」
今度の球は、冷気を纏った白いものだ。周囲の水蒸気が凝固しているように、周囲には細かな霧が生まれている。それを、今度は不意打ちとする前に真横から撃ちだした。視界の外から、白い弾丸さながらに、爪を持つ彼女に襲いかかる。
今度は飛んできているのにも気づかずに、彼女は被弾した。衝撃でのけぞり、体力のゲージが削られる。だいたい十分の一程度だろうか。まだまだHPは残っている。
「邪魔だね、君」
「だから、こっち向けって」
「そうするわよ。羽虫みたいに鬱陶しいから」
さっきまで苛立ちしか見えていなかった彼女の瞳に、真剣なものが宿る。手加減なしでかかってきてくれるようだ。せっかく近づいていった沙羅から背を向けて俺の方へと突っ込んでくる。
「“炸裂球”!」
今度造り出したのは、青い球体だ。パッと見だけではどのような性能のボールなのかは判断できないはずだ。回避ではなく、爪で切り裂かせるように誘導するため、胸元へと蹴る。案の定、彼女は得意の武器でそれを斬ろうとした。
だが、それが狙いだったために俺は少しニヤリとする。爪がボールに触れた途端、つまりは衝撃がボールに加えられたその瞬間に、青白い炎を上げて炸裂した。
“色名球”シリーズのスキルは、片仮名で読むと性能が分かりにくいのが特徴だ。特にこのブルーは、炎や氷の後に撃ちだしたら、属性だと勘違いする人も多い。水だと判断してしまう人が最も多く、適当になぎ払うと、その瞬間に爆発するのだ。
爆炎が消えると、さらに体力を削られた少女が立っていた。
「くっそ……油断した」
「負け惜しみ? 油断大敵だよ」
そう言った瞬間に、ふと視界がほんの少し暗くなった。何かの影に俺は隠れてしまったようだ。何事かと思って俺は振り返る。すると、上方からナイフが迫ってきていた。
ヤバいと思うよりも早く、俺は跳び退いて回避した。動かないと思っていたもう一人の対戦相手が、さっきの挑発に乗ってくれたようだ。
「油断大敵はお前もだ、藤村くん……だよな?」
「そう……ですね……!」
会話をしている途中だが関係ない、今度は後ろから少女の方が爪を振るってきた。挟み撃ちにあう形になっているため、すかさず横へと跳ぶ。だが、今度は親父の方が見逃さなかった。
「卑怯とは言うなよ。お前が望んだんだ」
その刹那、彼の手に持つナイフに、エネルギーが注ぎ込まれた。その刃をコーティングして、さらに刃のない所にまでも広がって行く。するとそれは、一本の太刀へと生まれ変わった。
おそらく、リーチを広くするためのこの武器のスキルなのだろう。不味いと思ったが、流石に間合いを開ける暇もなく、一撃喰らうことになる。体力が少し持って行かれる。
不味いと思った俺はもう一度“炸裂球”を錬成して、地面にそのまま叩き落とした。地面に当たった瞬間に俺達三人を青白い炎が包み込んだ。俺だけにはこの炎でのダメージはない。爆発によって彼らは二人とも飛ばされて、何とか間合いを作れた。
「……お父さん、やっぱりこの少年強いよ」
「ああ、だがいくつか弱点も分かってきた」
彼の言葉に、俺と沙羅は目を見開いた。確かに弱点はいくつも存在するのだが、こうも簡単に見破られるとは思っていない。しかし、彼の続く言葉を聞いてさらに俺たちは驚くことになる。
「その一。これはかなり分かりやすい。彼の武器はサッカーボール、弓や銃のように遠距離武器に所属する。そのためボールを錬成する必要がある。そしてここからが一番重要な点。そのボールの錬成には莫大なスタミナを要する。矢や弾丸と比べると、比べようにないほどの、な」
それは実話だった。サイズの問題からか、“もう一つの特性”からか、ボールを錬成するにはかなりのスタミナを消費する。十個も錬成してしまうとすぐにスタミナは底を突き、回復のための時間を取らないといけない。
「そしてその二、遠距離だから仕方がないが、近距離戦闘は不可能に近い。彼がボールを錬成する際には少しの隙が生まれる。その時にダメージを喰らってしまうから極力近接戦闘は避けたいだろう。だからさっきも、挟み撃ちにあって逃げ回っていた訳だ」
それだって当たっている。というかここまでは観察を続けていれば誰だって分かる弱点だ。だが、一番誤算だったのは、彼が最後の欠点を当てたことだ。ジョブスキルがなければこの武器は対人戦では使い物にならない。
「その三、これが一番重要な点だ。彼の武器スキルは、あくまでも“ボールの性能を強化する”だけだ」
それを言い当てられた瞬間、俺は追い詰められた気分だった。それに気づかれてしまうと、次からの攻撃は一切当てられなくなる可能性がある。
「ボールに炎を纏わせる、冷気を纏わせる、爆発させる。確かに使い勝手は良いだろう。ただし一つ問題があり、弾道までは操作できない。さっきから彼の攻撃は、カーブがかかったものが一回、他は全部直線的だ。つまり、それ以上トリッキーな動きをするシュートは撃てない。違うかい?」
俺は、その質問に答えることができなかった。俺がずっと黙っていると、やっぱりそうかと彼は呟いた。その弱点を見抜けたからか、彼の表情には余裕が出てきた。
真っ直ぐにしか飛ばない球など当たらない。多分そのように思われている。なぜなら、弓矢や銃弾と比べて、人が蹴りだすボールのスピードなどたかが知れている。見てから回避もできるし、蹴りだすための動作もでかい。二人がかりでまったく隙を作りだせないような猛攻を加えられると終わりだ。
「諦めて、もう一人の弓使いに協力して貰ったらどうだ? 今度はこっちはジョブスキルを解放する」
未だに彼らのジョブは二人とも分かっていない。どのような能力が発動されるのか、見当すらつかない。
だが、彼らは一つだけ忘れている。こちらにだって、ジョブスキルはあるのだ。
ただし、それにも一つ問題がある。先程彼が述べた弱点を克服するスキルがあるのだが、それはジョブスキルのLv3だ。そして俺が今使えるのは、Lv2までだ。決定的な弱点は残ってしまう、という訳だ。
だが、勝機を掴むとすればそのジョブスキルに頼るしか無い。
「大丈夫? こっちはいつでも動けるけど?」
沙羅に心配されてしまうが、だからこそ余計に一人で何とかしたい。きっと沙羅だったら、この二人を一人で倒せると思う。さっきの神崎さんの試合を見たが、神崎さんが本気を出していなかっただけかもそれないが、沙羅はもっと強い。
「大丈夫、何とかするよ」
「少年、強がっちゃって大丈夫?」
「大丈夫だ、今のがハーフタイムで、ここからが後半戦だ。ロスタイムまで諦めないからな」
「サッカー用語使って、格好つけちゃってんの?」
おそらくこれは挑発、それに乗るつもりはない。冷静に、自分の力を出し切るだけだ。
「サッカー選手スキルLv1……」
彼ら二人の、空気が変わった。




