俺だって
いざ闘いの舞台に立ってみると、思ったよりも緊張する場所なんだなと悟った。言ってみればこれは試合であり、部活の試合ではこんな大舞台に立ったことはない。そのため、心の奥底から緊張の冷や汗がこみ上がってきた。
心臓が、バクバクと波打ち始める。鼓動の音が、自分の身体を貫いて、耳に突きささる。不味い、こんな精神状態じゃ満足に戦えない。焦って焦って、どうしようもなくなって自分の体、そして心を精いっぱい落ちつける。
観客を見てカボチャだと思う、人という字を掌に書いて呑みこむ。思いつく限りの、緊張を解くおまじないを実行する。しかし、それもやはり迷信。全くの無駄で、全然冷静になんてなれなかった。
「お、対戦者来た来た」
しかし、俺が緊張しているとかお構いなしに、沙羅は楽しそうにしている。対戦相手が出てきて、好戦的にはしゃいでいるほどだ。早く始めたくて仕方ないと言いたいのか、手に持った弓の弦をいじっている。
そして、話題に上がっている敵もこちらの存在に気付く。一人は男、もう一人は女だった。試合前に相手の情報を確認する。ランキング一万五千位代、短剣使いの細みの男と、ランキング七千位代、武器は金属爪となっている、小学生の女子。顔立ちも似ていることから、親子だと察する。
金属爪というものが分からなかったが、少女の出で立ちを見て悟った。まさしく、金属でできた爪のようなものが生えた、手甲のようなものを装着している。鋭利な爪のリーチは、自分の腕に加えて、十五センチといったところだろうか。
「小学生……だよね?」
「沙羅、だからって弱くはないと思うよ」
「まあそうね。少なくとも中学生の私達にそれを言う権利は無いね」
中々に家庭感溢れる対戦相手が出てきたからか、体を縛りつけていた、縄のようなものが消えた。ふっと体が軽くなったような気分だ。気付けば、動悸も落ちついている。
「二人とも子供か……」
そう言って、対戦相手の男性は頭を抱えた。どうやら、ゲームの中、それも痛みがないとは言っても、子供にはあまり手を上げたくはないらしい。今気付いたが、短剣だけではなく、その反対側の手には小さめの盾を手にしていた。
攻防共に可能な、バランスタイプ。堅実そうな雰囲気なので、彼はそういう風に着々と戦っていくのが得意なタイプなのだろう。だが、片手で扱うのを前提としているため、剣は軽くなくてはならず、そのためにナイフ程度のサイズになっていた。
「お父さーん」
「どうした?」
「一人でやってみていい? さっきの女の子みたいに」
少女とその父親が、会話を始める。何の事を話しているのか、すぐに分かった。きっとさっきの神崎さんの事を言っているのだ。神崎さんが戦っていたのも、今俺たちがいるのも同じ競技場。あの二人が神崎さんの戦いを見ていてもおかしくない。
そして父親はというと、好きにしていいよと言って下がった。本当に娘に任せるらしい。それにぷっつんと来たのか、沙羅の語調が荒くなる。
「嘗めてんの? あんた達、二秒でボコボコに……」
「ストップストップ! 小学生にそんな言葉使わない!」
怒りの沸点の低い沙羅を、無理やりに押さえつける。しかし沙羅の怒り顔を見たはずの少女は、怖がる様子も無く佇んでいる。そしてなぜか、俺に向かって怒りを向けている。
「誰が……」
「へ?」
「誰が小学生だぁ――っ!」
少女は叫び、その怒りが先程の俺の発言に向けられているのだと気付く。
「えっ、でも身長……」
身長は、どう高く見積もっても百四十センチにも到達していない。背の低い中学一年生とかだろうか。
「私はこれでも、高一だっ!」
「……飛び級?」
別に冷やかした訳ではない、本当にそう感じただけだ。しかし、日本では飛び級などない。義務教育は必要だ。それを忘れていたため、そんなとんちんかんな発言をした俺は、さらに怒られることとなった。
「悪かったわね、身長百三十七センチの高校生で!」
知らねえよ。内心そう突っ込むが、それどころではない。たった一歳しか違わない女子が目の前にいる。それだけで、持病の草食部分が出てきてしまう。赤面して、ろくに言葉が出なくなる。
「おい藤村……」
「あ痛ぁっ!」
脇腹に激痛を感じた俺は悲鳴を上げてうずくまった。その際に、俺の脇腹をつまんでいた指に掴まれつつ無理やり引き抜いたので、より一層痛くなった。なぜ戦闘中は痛くないのに、こういう時は痛いのだろうか。
犯人は他でもない沙羅だった。殺気だった目で、こちらを睨みつけている。試合前に例の奥手草食男子モードに入ったのが情けないと思ったのだろうか、刺すような視線である。
「どいつもこいつも勝手なことばっか……。一人で闘るだとか、デレデレしたりとか……」
いや、顔は赤くなってはいたが、デレデレしていた訳ではない。どちらかというと、蛇に睨まれた蛙の方が近い。身動きがほとんど取れないし、発言もろくにできなくなる。
「上等、こっちだって苛立ってんのよ。同じ弓使いとして負けられない、私だって二対一ぐらいやってみせて……」
「五月蠅いわね、こっちだって高校生としての意地を……」
「はい、スト――――ップ!」
そろそろ不味い、そう感じた訳ではない。それ以上に、別の感情が俺の心の中でくすぶっていた。
思い返すと神崎さんは僕と同じぐらいの時期に始めた初心者だとも言える。プレイ歴は一か月、その点においては俺と変わらない。装備も、沙羅のおかげで大体俺も同じようなものを持っている。要するに、条件としては神崎さんと俺は同じな訳だ。
そして夕凪は、現段階では神崎さん以上、もしくは神崎さんが追いついたとすると、同じぐらいの実力だ。
そして、その二人と同じ舞台に立つためには、俺の方が弱いのだから少なくとも『俺が一人で二人を倒せる』ようにならないといけないのだ。そうじゃないと、夕凪との戦いにたどり着くまでに、誰かに負けてしまうから。
「この程度……師匠である沙羅が出る必要はないよ。俺が、やる」
「坊やもそんな事言ってるの? 黙って二人まとめて私にかかってきなさいな」
「あのね藤村、私だって腹の虫が……」
頼むから任せてくれ。言葉にせずに、視線で告げる。不本意そうだが、沙羅は渋面で頷いた。不満はなくなっているようだが、今度は俺を心配するかのような顔つきだ。それほど、俺は頼りないのだろうか。
まあ、沙羅と比べるとまだまだ弱いという現状ではあるのだが。
「弟子の俺が、師匠は強いと教えてくる。下がってて」
「言うね少年、でも君一人じゃ私一人だって倒せな……」
「うるせえ」
見ず知らずの女子と話す緊張感で舌が絡まりそうになるのを、必死にこらえる。挑発の一つぐらいスムーズに言えないと。いつまで経っても、このアガリ症を治さない訳にはいかないのだから。
途端に言い返した俺に向かって、自称高校生は眉間にしわを寄せた。
「その身長で“坊や”だとか“少年”とか言わないで下さいよ。分かった? 自称高校生の“お嬢ちゃん”?」
「君……徹底的に叩き潰されたいみたいね……」
額に青筋を浮かべているが、やはりあの身長では全然怖くも何ともない。怒りのせいで余裕もなくなっているようだ。後ろに控えている父親も、簡単に乗せられた娘に頭を抱えている。
そして、俺は一応二人を相手にするつもりだ。父親の方にもやる気を出してもらう。そのためには、最初に男の方を狙う必要がある。
開始を伝えるブザーが鳴り響く。即刻俺は一球目のボールを錬成した。
神崎さんにだって、遅れを取ってたまるか。俺だってやってやる。
「“炎球”」
錬成されたボールはたちまち赤い炎に包まれた。俺が触れてもダメージは負わないが、他の人が触れるとダメージを負う仕組みになっている。
狙いを付けてボールを放り、脚を後ろに振り上げる。完全に娘に任せるつもりで呆然とする男性へと、球は飛んでいった。
自称高校生、と言っていますが本当に高校生です。
そして、無謀にも(?)藤村 英明君が二人同時に闘います。
次回もよろしくお願いします。
余談
父親の方の装備はモンハンの片手剣を意識、娘の武器はドラクエのオーシャンクローみたいな感じです。




