インクの胸中
今回はインク、つまり敵プレイヤー視点の話です。
短めな話になっておりますがお許しください。
僕はインクという名前でプレイしている、Quest Onlineのユーザーの一人だ。現実世界での職業は売れない漫画家だ。
三年前、幾度も持ち込みをした結果、かなりマイナーな雑誌の中で読み切りが載った。それをきっかけにその雑誌での連載が始まったが、どうにも当たらない。
そんな最中始めたのが、このゲームだった。自分自身が体感し、行動するこのゲームはファンタジーやバトル漫画を描く際に役立つと思って、だ。
そしてこの世界で自分が経験したものをそのまま描写すると、絵が上手くなったと言ってもらえた。次第にこのゲームにも愛着が出てきて、ランキングの上位にも位置するようになった。
まだ無名とは言え、着々と作品の人気が出始めている。それはとても喜ばしいことだ。
現実の話はさておき、今まで運動なんてろくにしなかったのに、このゲームでは驚くほど流暢に体が動いた。使い慣れたペンや筆を武器にしたり、同じ絵にまつわる画家をジョブにしたのも良かったのだろう。
去年の大会では三回戦で敗退した。そもそも参加人数が去年よりも少ないために、八百位程度には位置できた。
さらにそこから一年が経ち、今度は装備も以前より強くなった。これで去年よりも上位に食い込めるだろう。
だが、蓋を開けるや否や暗雲が立ち込めるような気がした。初戦の相手があのイザナギだったからだ。
もうこれは初戦敗退確実だ……そう思ったのだが、ある事に気が付いた。相棒であるイザナミのランキングは下位も下位、下から数えた方が早いかもしれない程だ。
二人がかりでイザナミを倒し、ゆっくりとイザナギを倒そう。パートナーであるクレイとそのような作戦を練った。
だが、現状はどうだ。嘗めてかかっていたイザナミの実力は、予想外に強かった。一瞬でクレイは倒されるし、召喚した龍も即刻倒されてしまった。
これはもう打つ手がなくなってきている。爆炎を多量に描きながらそう恐れている。ただ、この焦りを悟らせる訳にはいかない。
どれぐらい描いただろうか、いくつもの炎が、イザナミとの短いやり取りの後に実体化させられる。自分が巻き添えを食らわないため、ターゲットの真下、狭い範囲で爆発させた。
腹の奥を揺るがすような爆音が、会場を包み込む。そしてイザナミの姿はというと、炎に飲み込まれた。
敵の装備は攻撃力や機動性、スタミナを飛躍的に増大するものばかりで、おそらくは回避しつつの短期決戦用のものだ。防御力はクレイと比べると無いに等しい。あれだけの爆炎を食らったらあっという間に終わりだろう。
少しずつ、爆発の際の黒煙が薄れていく。そして、その後に現れたその姿に思わずわが目を疑った。そこには、“無傷の”彼女が立っていたのだから。
そして彼女はというと、もう既に走りだしている。おそらく、僕がイザナギと戦うためにストックしている爆炎を喰らわないように、だろう。
そして僕自身、ストックの“爆発のスケッチ”を具現化させる。またしても、彼女の姿は炎の中に隠れた……かのように見えた。
次の瞬間、彼女の姿がユラユラと揺らめきだした。まるで、蜃気楼が消えていくみたいに。突如として、僕は先刻聞いたあの発言を思い出していた。
私の方が上。僕が“流星群”について述べた時に、彼女はそう言った。初めて“流星群”を使った人よりも自分の方が上だと。それはおそらく、技を合成する技術が、という事だろう。
つまりイザナミはもう一つ技合成していた訳だ。人知れず、蜃気楼により幻影を見せる“蜃気楼の弓矢”を。
だからこそ僕の攻撃は、イザナミには届いていなかったんだ。
それに気付いたばかりの今、砂利を噛み締めるような感覚がする。どうしてだ。どうしてつい最近始めたばかりの初心者が……。
背中の矢筒に手を添えて、最後の矢が錬成されていく。そして、矢筒の中に新たに生まれた光の矢に、彼女はそっと触れた。
そして次の瞬間には、その矢が放たれていた。遠距離武器特有の、“居合い撃ち”と呼ばれるスキルだ。
“居合い撃ち”とはあらゆるスキルを溜め時間無しで放つことができるスキルだ。それだけでなく、まるで居合い斬りのように、構えの状態から一瞬で打ち出す。今矢を手に取ったばかりだから大丈夫、そう思っていても次の瞬間には矢が眼前に迫っていることもある。ただし使用には制限があり、十分に一度しか使えない。
故に、多くのガンナー達はそれを使い惜しみする。例えば、今のような必勝のチャンスまで。
「“居合い撃ち”、技合成……」
一気に彼女のMPの八割近くが削られる。間違いなく、この後に放たれるのは弓技の奥義だ。
考え直すとこちらからは彼女に、何一つダメージを与えられなかった。それが悔しくて仕方がない。
なぜ君はこんなにも、易々と僕を凌駕してくるんだ……。
「“殲滅の大剛弓”!」
光線銃と見間違えそうな、巨大なレーザーのような矢が、広範囲に渡って競技場をえぐる。
それを直撃した僕のHPはあっさりと0になった。
負けたんだ。そう思うけれど、彼女達に負けても、むしろ清々しいと感じる程だ。
どうか、彼らがもっと勝ち進みますように。そう願って僕は目を閉じた。
僕のバトフェスは早くも幕を閉じた。だけれど、彼らのバトフェスはまだ始まったばかりだ。
ルビ補足
蜃気楼の弓矢→ミラージュアロー
いまさらですが、アローとは矢という意味だと思いますが、この作品ではたびたび弓のルビとして使っています。
次回は二組目の中学生コンビです。
オッサン(?)コンビはもう少し待機ですが……。




