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Quest Online――体感式アクションオンラインゲーム――  作者: 狒牙
開幕、バトルフェスティバル
33/79

技合成

 あれほど五月蝿かったはずの競技場なのに、いざ自分が闘う順番となり、下に降りてくると静まりかえっていた。おそらく戦闘に集中できるようにするためにそのような仕様になっているのだろう。相変わらず、観衆が興奮しているのは、小刻みに全体が動くせわしなさから判断できる。

 そういう風にキョロキョロと辺りを見渡していると、新しく足音が聞こえてきた。私達の方が早い到着だったというよりも、相手方がゆっくりしていたのだろう。危うく遅刻するところだったと、甲冑の騎士が画家へと怒っている。


「選手、両チームとも開戦の礼を」


 その合図で私達は互いにお辞儀をする。顔を上げると手よりも先に、口での戦いが邂逅(かいこう)した。


「ランキングと実力は必ずしも一致しないって、教えてやるよ」

「だったら君たちは美波には勝てないね」


 私は安っぽい挑発に乗るつもりはないし、相手の神経を逆撫でしたくもない。口喧嘩を買ってほしくはないのだが、相手方も大して本気で言っているようではなく、薄く笑って名を告げた。


「クレイだ。こっちの絵描きっぽいのはインク」

「僕はイザナギで、こっちがイザナミ」


 両者の間でもう既に火花が散っているようだ。二人だけで盛り上がられてもこちらとしては面白くない。早くしてと、夕凪を急き立てる。


「では、両コンビとも準備はできましたか?」


 相手と距離を取ると、そのような放送が入った。律儀にも大会運営は待ってくれていたらしい。四人とも頷き、目の前の敵に集中する。程なくして、開戦を告げるブザーが鳴り響いた。

 そして先手必勝とばかりに、インクが筆を取り出し、空気中に絵を書き始めた。魔法の練り込まれた絵の具は、まるで空気をキャンパスにしているように空間に固定される。三秒経つ頃には、光沢のあるガラス板のようなものを書き上げていた。

 書いた絵をどうするのだろうか。それが彼の戦闘手段、つまりは武器だとすると“書いた絵を実体化させる能力”といったところだろうか。とすると壁を使ってする事と言えば……。

 あえて、相手の作戦に乗ってやることにした。私は夕凪と離れるように移動する。ラッキーだとばかりに、インクは即座に能力を発動する。ガラスの板は実体化され、私と夕凪を分断した。

 それだけなら大した事ではないが、一つだけ予想外な事に、夕凪一人と残り三人に分断された。


「これで二対一だな」

「でもクレイ、この子自分から分断されにきたよ」

「俺たちも嘗められたもんだ。確かにあのイザナギの方が強いとはいえ……」


 どうやらこの二人の作戦としては、壁を作り邪魔を入れさせないようにして、一人ずつ確実に倒していく戦法のようだ。確かに、叩いてみた感じではこのガラスは非常に分厚く思われる。強化ガラスだとすると、破壊はかなり難しい。


「美波、すぐ応援行くから待ってて」


 それを聞いてクレイとインクは笑いだす。インクとしては、この壁がすぐに壊れる訳がないと余裕ぶっていて、クレイはその前に終わっているだろうとこちらを見下している。


「その壁はおそらく奥義級の威力をぶつけないと壊れないよ。三分はかかると思って欲しいね」

「そしてその頃にはイザナミだっけか? この女は終わっている」


 その後はお前だと言わんばかりに、クレイは嫌らしい笑みを浮かべる。もしかすると、この男は夕凪のアンチなのではないだろうか。類い稀なるプレイスキルのため、帝王と崇められる少年に苛立っている。大人気ないどころか、ただのだだっ子だ。


「いやいや、三秒あればこのくらい……」

「夕凪、下がってて」


 本気になった夕凪を制して、私は背中の弓と矢を手に取った。ここまで嘗められていると逆に清々しく、一矢報いてやろうというモチベーションが出てくる。

 そう言えば、と言っては何だが、夕凪の場合知らない人がほとんどいないのに対して、私を知っている人は居ないと言っても過言ではない。そういえば彼らは私のランキング順位も知っているのだろう。六千万七百五十、ぐらいだったと思う。それも当然で、一夜目以降ほとんどストーリーを進めていない。

 そんなぽっと出が、あのイザナギと一緒に出場しているとなると、誰であっても良い気はしないし、嘗めるのも当然だ。

 そして、それが当然であるからこそ私はここで見せ付けないといけないのだ。


「美波、一人で大丈夫?」

「とりあえずやってみるわ。それに私は証明しないといけないから?」

「何をさ?」


 決まってるでしょ。そう言いながら私は、矢を弓につがえた。その様子を観察しながら、相手方は攻め入るタイミングを伺っている。だが、そこにはまだまだ余裕が見える。


「この二人ぐらい一人で倒して、私だけがあんたの相棒だって証明する」


 その一言にカチンと来たのか、血が頭に登ってしまったクレイが槍を構えて突進してきた。冷静さを欠いているその様子に、今度は私が余裕を感じた。

 地面を蹴って飛び上がる、すると急に体が軽くなり宙に浮き上がった。装備品、天照の羽衣の追加効果で、空中に留まって自在に空を駆けることができる。

 所詮地上戦しかできないクレイは標的を失い、立ち止まった。それに向かって(やじり)を向けて弦を引き絞る。通常の矢を放つ際より、多めのスタミナを消費してより貫通力を増した矢に強化する。


「“(ごう)(きゅう)”……!」


 狙いを一瞬で定めて、矢の羽の部分から手を離す。弓と弦から弾性力を受け取った矢は一気に加速した。狙い通り一直線にクレイへと襲い掛かる。防ぐ間もなく直撃し、相手の体力のゲージが削られた。

 さすがに鎧がかなりの防御力を持っているようで、期待したほどのダメージは無かったが、当の本人はとても驚いていた。


「思ったよりやるじゃねーか」

「“加速(ブースト)(アロー)”」


 そんな発言など気にもかけず、私は次の矢を錬成してつがえた。饒舌な相手なら会話中に叩くだけだ。青白い矢が弓から飛び出す。初速こそ遅いが、矢の尻の部分から吐き出される青い衝撃で加速し続ける。


「こんぐらい避けられんだよ」


 余裕そうにそのように口にし、予測する着弾地点からクレイは飛び退いた。初速が遅いというのは重力をも無視していて、まだ私とさほど変わらない位置に留まっている。

 簡単に避けられる。確かにそうだろう。ただしそれは、この一撃が“ただの加速矢だった場合”だ。


技合成(ミキシム)(レイン)(ボウ)(アロー)”」


 青白い矢は、空中で弾けるようにして何十本もの同じ特性、威力を持ったものへと分裂した。その(やじり)の照準は放射状に広がって、地上の広範囲を捕えた。

 そして加速は充分にされている。


「これでも避け切れる?」


 技合成、そう呼ばれている技術だ。複数の武器スキルを同時に使うことでより高度な攻撃を繰り出す。一応かなりの実力が求められるらしい。

 あんな重たそうな甲冑を着ているだけあって、身軽に動ける、とはいかないのだろう。着弾地帯から出ようともせず、防御の構えに入った。槍で一つ残らず叩き落とすつもりなのだろうか。

 結論から言うと不可能だ。彼の手元へとたどり着くその頃には、相当な速度を持っている。目視して斬る、突くなど不可能に近い。案の定、そのスピードに対応できなかったクレイに複数本の弓矢が降り注いだ。

 雨のごとく降り注ぐ、弓から放たれた矢。それが“弓矢の雨”の由来だ。別に虹は全く関係ない。

 地面にそれらの矢が降り注いだ影響で、砂煙が立ち込める。その様子を見て、インクが溜め息を吐いた。


「二つまでならまだ救いようがあったんだけどな」


 インクが、このタイミングで何を言っているのか容易に予想がついた。おそらくあの鎧は動きこそ制限されるが、それに見合う防御力を持っているのだろう。ただの“弓矢の雨”や“加速矢”ならば微々たるダメージで済むぐらいに。

 ただし実際は違っていた。私が合成した技は二つではない。


技合成(ミキシム)“剛弓”……だね?」


 言い当てられた私は仕方ないので頷いた。騎士の方は呆気なく体力ゲージが0になったが、こちらの男はそれよりも強いようだ。


「どうして分かったの?」

「ただのブーストやら、散弾的な弓矢だったらこうまで砂煙が上がらないからね。溜め時間も考慮すると“剛弓”しかありえない」


 お見事とばかりに、私はインクに向かって大きな拍手を送った。照れくさそうに彼は頬を掻いたが、隙は見せていない。やはり先程の男と比べると、実力が段違いだ。


「対人戦特化……かしら? クエスト特化の皇帝様みたいに」

「そうだよ。いつも対人戦のモードで僕は楽しんでるから」


 こういうタイプでいて、なおかつソーヤ達ぐらいに強いプレイヤーがこの大会で一番強いのだろう。対人戦をこなしているということは、人の心を読んだりするのにも優れているし、多くの武器や職業のスキルを知っていることになる。


「その三つのスキルの組み合わせ、以前に喰らったことがあるんだ。沙羅という弓使いが使っていたんだけど、あの時は突破口すら見当たらなかった。現にその三種の合成技を使っているのは君が二人目だ」

「そうなの? 先客がいたのね」

「そして、あまりの難度の高さにその合成技には固有の名がついたんだ。“メテオレイン”ってね」


 沙羅というのが誰なのかは知らないが、今の話を聞く限り相当の弓使いらしい。おそらく女の人だとは思うけれど一体年齢はどれくらいだろうか。彼女かしら、と思う人物は一人だけいるが、彼女は別に本名も沙羅ではなかった。

 だが一応、少しだけ誇らしい気持ちになった私は一つだけ告げることにした。


「でも、私の方がその人より一段上ね」

「……何て?」


 その意味を考えているようだが、私が次の矢を手に取ったのを目にしたのだろう。彼も筆を構えて何やら絵を描きだした。おそらく、ジョブである画家のスキルで絵を描く速度や技術が上がっているのだろう。走らせるような筆遣いでとても繊細な絵を描く。

 描きあげられたのは、一匹の龍の姿だった。まさかとは思うが、きっとそのまさかなのだろう。

 平面でしかなかったその龍が、少しずつその体を手に入れ始める。頭から順に、ムクムクと立体的に起きあがってくる。


「うーん……ちょっとまずいかな?」


 空中でとぐろを巻いた龍は、その大きな口を裂くように開いて、とびきり大きな咆哮を上げた。

ルビ説明

弓矢の雨→レインボウアロー(の、は読まない)

加速矢→ブーストアロー

流星群→メテオレイン

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