第四話――担任の場合――
察しの良い人はもう気が付いているでしょう。
今回は梶本先生サイドです。
「さてと、クエストこなさないとな……」
「一丁前な口きいてるけど、あんたが一人で行っても無残に散るから。誰かと一緒に行かないといつまで経っても終わんないよ」
俺が何かを口にするたびに、言葉という針でチクチクと針を刺してくる。そんな案内役のこの妖精は、未だに自分の名前すらも口にしてはくれない。そのため、「オイ」とか「お前」で済ませないといけないけれど、そんな風に読んだらまたしても罵詈雑言。理不尽なことこの上ない。こんな奴が仕えてくれて喜ぶほど、俺はマゾヒストじゃない。
だが実際に自分一人で何とかなる自信があるのかと訊かれたら、全くないというのが実情だ。最初のモンスターやら、勤務隊入りするための試験でも苦戦しまくった前科があるため、ナビゲーターから馬鹿にされても仕方はないのかもしれない。
「とりあえずは掲示板ね。そこに行ったら参加者募集中のクエストが見れるから。でも、今さら初期の依頼する人なんて始めたばっかりの人しかいないからー……。下手したらやっぱり一人かもね」
「何喜んでんだよお前は……」
掲示板をじっくりと眺めてみる。既にかなり多い人が依頼を貼っているようで、中々目当てのものが見つからない。そもそも、目当てのものがあるのかも分からない。というか、それこそ無いような気もする。
とりあえずは、高レベルのものは論外ということで、検索機能を利用することにする。最も低いレベルの参加者待ちクエストを検索、全部で七件だと表示される。それら一つ一つを確認していくが、一つも目当てのものは見つからなかった。
「あちゃー、やっぱり無かったわねー」
ざまあ見ろとでも言いたげな、嫌味ったらしい目つきであいつは俺の方を見る。軽く苛立ちが湧きあがったが、すぐに鎮静化する。気にしていても仕方ない。長い付き合いになるのだから、慣れておかないといけないのだ。
仕方ないと諦めて、自分で受注しに行こうとしたその時、掲示板の表示が少しずれた。新規の参加者待ちのクエストが貼り出されたのだ。ダメ元で確認してみると、それは俺が待ち望んでいたものだった。
「よっしゃ、きた!」
「ちぇっ、残念」
普通なら鼻にかかるような悪態も、今は安堵感でいっぱいなので全く気にならない。ホストプレイヤーはザッキー、プレイ時間はほんの数時間。今日初めてプレイしているようだ。
受注を完了し、すぐ隣にあるアイテムショップに立ち寄る。出発のタイミングはホストが出発用のゲートを通った瞬間らしい。そのため、こちらとしてはホストプレイヤーの所まで行くか、事前に準備を済ませるかの二択、という事である。
「さーてと……でもあんまり金が無いから回復薬ぐらいしか買えないなぁ……」
「そんだけ買っとけば大丈夫よ。っていうかどんだけ重装備で行く気? あ、でもあんただから仕方ないか」
気にしない、気にしない。気にしてしまったら負けだ。準備に集中するんだ。そんな事を考えていたら、唐突に電子音が鳴り始めた。どこから鳴っているのかと近くに目を走らせてみるが、よく分からない。周囲の奴がこっちをガン見しているな、と思ったその時、自分の腕時計のせいだと分かった。
液晶画面にはホストプレイヤーが近くにいる、みたいな表示が出ていた。自分の体力、魔法や技を使うためのポイント、スタミナを見れたりと、中々にこのステータス表示機は高性能なようだ。
どこにいるのかを詳細に調べるために、腕時計の画面をタッチする。すると、自分の周囲の簡易的な見取り図が現れた。赤い逆三角形が現在地のようだ。そのすぐ後ろに黄色い点が点滅しているので、俺は振り返った。
そこにいたのは、四十ぐらいの男の人だった。これぐらいの人もこのゲームをするのかなどと一人呆気に取られていたが、周りには結構な御高齢な方もいるので、まあ普通かと思って我に帰る。
「えっと、ザッキーさんですか?」
とりあえずは俺の方から話しかけてみることにする。向こうの方も、俺が呼びかけたのだと分かり、ハッとしたようだ。そう言えば、年代的には俺の受け持つ生徒の保護者ぐらいだな、と悟る。子供と話を合わせるためにプレイしていると思うと、頷くことができる。俺だって、教え子に接触するために始めたぐらいなのだから。
「ああ、そうです。えっと……カジさん?」
「はい。えっと……自分始めたばかりなんですけど……」
「あ、それはこちらもです。お互い初心者らしいので気負わずに行きましょう」
「そう聞いて安心しました。じゃあ、よろしくお願いします」
一見堅そうな人間だと思っていたのだが、口を開くと案外気さくな印象を受けた。家ではかなり頼れるお父さん、というような感じだ。それにしてもこの人、どこかで見たことあるような……。
「あー、向こうの人結構格好良いなー。私もああいう人につきたかったよ」
「俺だって向こうのナビゲーターみたいに優しいのが良かったよ」
「よく言うわ。えり好みできるほど強くもないくせに」
「大きなお世話だっつの」
大きな溜め息をついて、話を進めるための一歩を踏み出した。こんな調子であの問題児に近づけるのかが、怪しく思えてきた。