第三話――片思い女子の場合――
三週間ぶりになってしまい、申し訳ありません。
久々の更新ですが、短くなっております。
ですが、書き続けていく予定ですのでどうか、この先もお付き合いくださいませ。
「働きは聞かせてもらった。ご苦労だったな」
緑の巨大なボスモンスターを倒した私に、王が最初に告げたのはそのような言葉だった。
結構な努力をしたというのに、いささか淡白すぎる返答ではないかとも感じるが、使った言葉の割にはその声には温かみがあった。
それにしても……。
私はさっきまでの苦業を、まざまざと脳裏に浮かべてしまう。
何度も何度も倒されかけて、ゲーム内の案内役であるアンナに色々とヒントを出してもらえないと、決して倒せなかっただろう。
そもそも鼠にすら怖気付く、筋金入りの臆病者の私はまず第一に緑男というモンスターをまともに見れなかった。
苔がそのまま人の形をした彫刻となったようなあの姿は、醜悪な外観のオブジェにしか見えない。
そう言えば危惧すべき事がもう一つあった。
ちょっと自分の服の臭いを嗅いでみる。
しかし、自分で心配していたような悪臭は全く感じられなかった。
すぐに消えるタイプの臭いなのかと、一人で納得する。
それ程までに、あのガスの臭いは強烈であった。
ボスが分泌する茶色のガスは、食べ物が腐ったような臭いや、下水缶の空気が入り交じったかのようなものだった。
戦闘中に吐き気をもよおしてしまったとは、少し言いにくい。
「それでは、任命の儀を始める。新たな隊員よ、前へ」
「……はい」
王に呼ばれた私は、右足から踏み出し、そちらへと近づく。
床、壁、天井の四方八方が大理石で出来ているこの王の間には、ピリピリとした緊張感が張り詰めていた。
任命の儀によるものなのか、ここは代々当時の国王や国民が守ってきた場所として存在感を放っているのか。
そのどちらかははっきりとしない上に、両方かもしれないが、私はその緊張感の中で平然としていた。
おそらくこれは、現実でいう大舞台のはずなのに、自分が全然萎縮していないのが珍しかった。
王の目の前までたどり着くと、彼は私に小さなエンブレムと赤色に金で刺繍の入った腕章を手渡した。
どちらも、物々しい甲冑を身に纏った人をモチーフにした柄だと分かる。
きっとこれは、玉虫の番人なのだろうなとも判断できた。
その後も儀式は続き、最後には色んな隊員との顔合わせが行われた。
最初に私をここに連れてきた人物や、城に連行されてから詰問してきた人まで様々だ。
皆、今私が貰ったばかりのエンブレムを左胸のあたりに付けて、腕章を右腕にはめている。
城壁を出て平原に出る時は甲冑を装備するようだが、城下町では私服で過ごしているようで、皆その格好は様々である。
「これで儀を締めくくる。そして次に連絡事項だ」
にこやかに私に話し掛ける隊員が、いきなりピシッとして国王の方へと向き直った。
その顔つきも、真剣さに溢れる凛々しいものとなっている。
自分も負けないように精一杯背筋を伸ばして王の方向に体を向ける。
静まりかえったその空気を確認した王は、一度頷いてから案件を口にした。
「そろそろ、遠征に出ようかと考えている」
途端に、勤務隊の中に動揺が走る。
流石に騒めきはしなかったが、一瞬、張り詰めていた空気が揺らいだ。
しかし、遠征とは何だか分からない私は別の意味で焦っている。
誰か教えてよ、そう思っていたらアンナが解説してくれた。
「魔王を倒すため、魔王のいる城までの道にいるモンスター達を倒しておく必要があるの。そのために、過半数の勤務隊員が出動するの」
どうやら定期的に兵を送ることで、着々とモンスターの数は減らしているらしい。
だが、まだたくさんの魔獣魔人がはびこっているらしく、現段階では魔王の城に着く前に満身創痍になるらしい。
「さて、そういう事なら私も頑張りますか」
力こぶを作るようなジェスチャーをして、やる気を見せ付ける。
勿論、元来が軟弱な私に本物の力こぶなんて出来ないのだが、そんな事は気にしない。
そうやって、意志表示を私なりにしたつもり、ただそれだけだった。
それなのに、大勢の勤務隊の兵士たちが、驚いたように、一斉に私の方を振り返った。
目には、態度同様に驚きが浮かんでおり、呆気に取られたのか口はだらしなく開いている。
「えっ、何々!? 私変な事言った!?」
色んな人から視線で刺されているような気分がして、私は竦んでしまった。
頭の中では全くおんなじ事ばっかり言ってしまっていて、情けなくて自分に呆れてくる。
何で? 何で私はこんなに驚かれて、ついでに笑われてるの?
「頑張るぞも何も、お前初級許可証だろ」
「初級?」
「外出権利証明ライセンスだよ」
そういえば、最初に勤務隊入りを勧められた時に、城壁の外に出るために必要な免許だ。
今の今までそれを忘れていたのだが、まさかそんなものが邪魔するとは……。
「せめて五級ライセンスにしてからだな、遠征に出るのは」
何、大して難しい話じゃないぞと、オッサン隊員が肩を叩いてくる。
気遣いは有難い、だが今は放心していてそれどころじゃない。
「という訳だ、このままだったら次の遠征の間は留守番を頼むぞ」
たくさんの顔の上に笑顔が浮かんでいる。
皮肉に間違いないのだが、そんなものに一々反応できない。
ただ、文句は言いたかった。
それなのに、口から出るのは驚愕の悲鳴のみだった。
「えぇええぇ――――っ!?」
無駄にリアルに、王宮中にその声は響いた。




