第三話――親友の場合――
藤村英明大活躍、みたいな。
いやー、神崎兄弟よりも活躍してるかも……。
「こいつがボス……って訳だ」
いきなり地中から現れた緑色の苔の塊に俺は思わず顔をしかめた。
水が腐った鼻につく臭いが耐えがたく、相当な不快感をこちらに与えてくる。
色も普通の苔のような緑色ではなく、青と黒が混ざったような、カビくさい色合いだった。
大きさはというと、直径二メートルぐらいの、『形としては』綺麗な球体だ。
今にも転がりだしそうなほどに整った円形のシルエットだが、勝手に動きださないあたりが生きている証拠なのだろうか。
時折、表皮に無数に開いているであろう毛穴のようなものから、ガスを噴出させているのが見える。
それにしても、今までどれだけ時間をかけていたのかと、自分で自分に呆れかえる。
緑男という、おそらくはザコモンスター相手に手こずった挙句、つい先程、ようやく三体を短時間に倒す必要があるのだと気付いた。
それまでに倒した緑男は、覚えているだけで既に百四十五体。
レベルはいつしか十八ぐらいになっていた。
これが妥当な数字なのか、本来ならばもっと低いのかは分からない。
でも多分、俺以外の人はこのモンスターを倒すのはもっと楽なのだろう。
それにはちょっとした理由がある。
他の人が早いのではないのだろう、きっと俺が遅かったのだろう。
そもそも、武器をサッカーボールと選んだ俺の攻撃手段は、勿論このボールを当てることだ。
投げても大したスピードにならない、まあ蹴るしかない。
一対一ならば、それなりに落ち着いて蹴ることができればそれなりに狙える。
しかし、『三対一だった』のだから、後ろや横にも気を配らねばならず、狙いも付けにくい。
攻撃用のボールが壊れる度に新しいボールを錬成する必要があるし、その錬成のために時折スタミナ補充のために何もできない時間がある。
何と言う面倒なものをチョイスしてしまったのだろうかと、呆れる他ない。
だがまあ、途中からコツを掴んだ結果、とりあえずは乗り越えられた。
で、よっしゃと喜ぶ間もなくこれか、と文句を言いたい。
それにしても、あいつから放たれる茶色いガスが臭すぎて嫌になってくる。
掃除直前の公園の公衆トイレに入りこんでしまったかのような臭いだ。
「まあ良いか。とりあえず、倒さなきゃならないなら、相手するだけだ」
スタミナはマックスまで溜まっていることを確認すると、俺は中空にその掌を差し出した。
そこから光の粒子がこぼれ出て、大気中で渦を巻き始める。
そして一点に集中し、球形を象る。
もう既に慣れた手つきで俺はそれを宙へと放る。
ちょっと前方へと投げる感覚。
そこから追うようにして、ボールとの距離感を調節し、後方に足を振りかぶる。
狙いはあのでかい緑の塊のど真ん中。
ボールが落ちてくるのを確認し、タイミングを合わせてその光の玉のド真ん中を蹴りぬいた。
上がったクロスにぴったりと合わせたシュートのように、ゴールさながらの苔の的に向かってボールは跳ぶ。
一直線の軌跡を描いてそれは“やつ”にぶつかった。
以外に柔らかい素材なのか、苔の玉は俺の蹴った光球が直撃すると、その部分を凹ませて威力を削った。
それでも多少は攻撃が通ったらしく、その証拠の如く各所から茶色いガスが噴き出た。
「どうせまだ倒せないだろ? まだまだ行くぞ」
もう一度ボールを作りだし、モンスターめがけて蹴り飛ばす。
先程ぶち当てたボールで狙ったのと同じ場所をめがけて。
多少狙いはそれたが、それでもモンスター自体には当たったから結果オーライ。
今度はあのモンスターから黄色いガスが噴き出した。
「……反撃が来ないな」
おかしいと思いながらも、俺は次々と攻撃を続けた。
時折、残りのスタミナの数値を確認しながら。
レベル1の時、スタミナの値は100ぴったりだった。
そして今はというと、大体300強がその数値だ。
ついでに、サッカーボール一つの錬成に、スタミナは大体50ぐらい消費する。
一秒間にスタミナは5だけ回復するから、途中からは相手の様子を窺いながら、先に使ったボールを拾っての再利用だ。
矢や銃など、他の遠距離武器は、一発一発でのスタミナ消費は少ないが、このように使い回すのは不可能だ。
しかし、いつまで経っても反撃が来ないな、と思っていたのは流石に俺が甘かったようだ。
闘いはもう既に始まっている、というのは『こいつが出てくるその前』から始まっていたではないか。
異変が起きたのは、おおよそ三十回ぐらい、奴に攻撃してからの話だった。
急に、自分の体が動きにくくなったような気がした。
今まで軽かったはずの体が重くなり、力を入れようとしても入れられない。
これは一体何事かと焦り始めたその瞬間、さっきイダから聞いた話を思い出した。
こいつが出すガスの種類は二種類あり、一方は臭気、一方は麻痺の特性を持つと。
おそらくは、麻痺の方をいつの間にか嗅いでいたのだろう。
最初の方、俺が攻撃するよりも前に噴出していたあの気体が空気中に霧散して吸ってしまっていた、多分そうだ。
そして、窮地と判断する条件としてはこれだけではまだ物足りない。
もう一つの説明も、俺は同時に思い出した。
――――親玉を叩かない限り、何度でも緑男は現れる。
そう、今まで影も形も見せなかった緑男が、急に現れたのだ。
体の動きにくくなったこのタイミングで、現れた緑男の数はなんと先程の参拝の九体。
本体を攻撃させるつもりのない厳戒態勢である。
「やっべ」
動きにくい体に鞭を打ち、とりあえずは回避を優先する。
この毒を何とかするためにも、まずは毒気の薄そうな位置まで距離を取るのが重要だろう。
九体の緑男に追われつつ、少しずつ後退する。
親玉はというと、もう既に狙うには難しい距離にある。
とりあえず、ここで緑男をなんとかしないといけない。
極力早いペースでこいつらの数を減らして、三体ぐらいになったら本体に特攻、ヒットアンドアウェーで粘るしかない。
「おーい、藤村」
「何?」
「腕時計、使ってみてよ」
イダからそのようなアドバイスを受けた俺は、迷うことなく左腕につけた時計に手を伸ばした。
そう言えば、冒険するにあたって色々と重要な機能があるとか言われたな、と思い返す。
中には、敵の特徴をメモしたものもあるのだとか。
「“緑苔”、瀕死になったら大量の緑男を生成。麻痺毒と共に撃破する、か」
ということは今あいつは瀕死、もう少しで倒せるという訳だ。
窮地の中に一筋の光明が見える。
それなら、肉を斬らせて骨を断つ戦法で突き進むのも有りか。
しかし、ここまで来たらノーダメージで完全勝利したい。
とすると、ここからあいつを緑男の間隙を縫って一撃決めてやるのが一番確実だ。
ボールを作り、狙いを定める。
多分一発じゃどうにもならない。
最初ははずれるし、十発以内にしとめる自信もない。
根気と慣れだ、要は。
「でも、『慣れる』のは俺の十八番なんだよ」
サッカーで、相方が夕凪だっていう大役も最初はどうにもならなかったけどすぐに慣れた。
中学校生活にもすぐに慣れた。
緑男との闘いで多対一での戦闘法も慣れた。
いや、まあ、未だに女性に慣れない草食だっていうのは置いといて。
跳びかかるモンスターの突進を、爪を、拳を、蹴りを、逃げまどうようにしか見えないが、避け続ける。
一体かわしても気を休めず、足を止めない。
攻撃に転じることができるのは、急に相手との間合いを広げ、あいつらがそれに対応し遅れた須臾の時間だけだ。
一回目、しっかりと狙えず、まったくの見当違いの方向へと跳ぶ。
二、三回目は上手く蹴れず、まったく跳ばない。
四回目は少し逸れた。
その後も、逸れたり威力不足だったりと、中々上手くいかない。
しかし、精度は段々と上がっている。
「くっそ、そろそろ疲れてきたな……」
運動し続けるため、という意味での体力は、現実での自分の身体能力と変わらない。
長時間動き続けているので、そろそろ疲労も溜まってくる。
「次、ラストか……」
これに失敗したら、多少のダメージ覚悟で突っ込もう。
そう思って最後のボールを錬成する。
当たる確率は0ではない。
ただし、それなりに低い。
緑男に囲まれた状態から、不意に俺は跳び出した。
そのまま囲いの外に出て、最後の体力で緑男たちと距離を取る。
今だと思って光の球を放ったその時、一匹だけが俺においついて、親玉を守るかのように立ち塞がった。
どうしようかと焦燥するも、良い案もこれ以上の体力もない。
諸共だ。
半分やけくそになりながら、疲労困憊の身体でサッカーボールを蹴り飛ばした。
火事場の馬鹿力と評する威力で蹴ったのか、ボールは緑男を襲った後、そのまま真っ直ぐ狙いの緑苔へと直進する。
砲弾のようなシュートは、我ながら、見事なまでに綺麗に本命に叩きこまれた。
苔の塊が青い光となると共に、緑男も同時に青い光となり、消え去った。
やっと終わった。
そう思った俺の頭には、安堵よりも、やっとか、というような消耗感の方が大きかった。
次回は天野ゆかり視点です。
無事に勤務隊入り。
しかし……。
では、次回もよろしくお願いします。




