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第三話――担任の場合――

 青い空、白い雲。

 見渡す限りには新緑の大草原が広がり、清涼な風がそれらの頭をなでて、波紋を広げる。

 気温はというと暑くもなく寒くもなく、陽も程良く照っているため、とても過ごしやすい。

 長閑な大自然の中、俺がいるのはそう形容するのが妥当だろう。


 そんな美しい自然の中にいるが、正直ちっとも楽しくない。

 むしろ鳥肌が立っていて今すぐ踵を返して撤退したいぐらいだ。

 ただ、そんな事をするとより危険が増すような気がしてならないので、仕方がないからここに居残るしかない。


 別に俺はこういう野原みたいな場所が嫌いな訳じゃない、というのは信じて欲しい。

 都会生まれでそのまま都会育ちで、こういう景観の中で過ごした日は今までなかったため、逆に新鮮みすら感じられる。


「……モンスターと闘ってなかったら、の話だけどな!」


 目の前には、二足歩行で、緑色の皮膚、手には木の棍棒を握りしめた化け物が三匹ほどいる。

 口からは少し黒ずんだ涎が垂れて、長い犬歯が牙のようにぎらついている。

 毛髪は一切なく、全体的につるっとした肌に体中を覆われている。

 時折口から漏れるシューシューという呻きにも似た鳴き声は、相当に不気味だ。


 こいつの名前は確か、“緑男グリーンマン”とかだったと思う。

 こんな奴に人間マンだなんて付けないで欲しいものであり、正直俺はこういうやつは苦手だ。

 常に白眼を向いているかのような目つきが、より一層見ている者に恐怖を植え付ける。


 少し離れた所に、王宮勤務隊の兵士が一人立っている。

 彼は、「今だ」であるとか、「それゆけ」だとか、指示にならない指示をずっと俺に下し続けている。

 今、何をしたらいいのか、どこへゆけば良いのかは告げないのに、それらに意味があるというのだろうか。


「緑男は案外弱いから安心しろー。奴らにとっては雑兵だ」

「あー、はいはい。分かった分かった」


 という訳なのでこちらからの応答も雑になる、というものだ。

 適当に目の前の敵をあしらいながら、面倒くさげに勤務隊の相手をする。

 本来は目の前に集中するべきだろうが、無視すると拗ねる隊員がついてきたせいで、そちらの相手も半強制的にせねばならなかった。


 既に同種のモンスターは五体ほど倒しているし、レベルもいくつか上がった。

 それなのに緑男は未だにその数を減らすことはない。

 一体倒すとまたもう一体、そういった感じで出てくるのできりが無い。

 これには何かしらの意図があるのだろうか、それともレベル上げに徹するためのイベントなのだろうか判然としない。


 目の前の一体が、甲高い雄叫びをあげつつ飛びかかってくる。

 右手に持った棍棒が振り上げられ、振り下ろされようとしている。

 そのため、危機感を感じた俺は真横に飛び退いた。

 そいつの棍棒は地面だけを捉えて、俺を捉え損ねた一体は悔しそうに喚いた。

 奴らに集団行動の意識などあまり無く、この隙に俺に飛びかかってくるような奴はいない。

 そのため、俺はあっさりと攻撃に転じられた。


 横に飛んだ勢いを足をついて一気に殺し、さっきまで自分がいた位置、飛びかかってきた緑男の方へと剣を突きつけた。

 断末魔のつもりか、低く鈍い声で「ぐえっ」と漏らして青い光と化す。

 やはり、ここでのモンスターは全て、倒すと青い光となるようだ。

 小さい子もやっているのだろうから、流血描写は避けているのだろう。


「今だ!」


 またしても彼の妙な声が聞こえる。

 今のうちにもう一体倒せ、という意味合いなのだろうか。

 とりあえず、仲間がやられて興奮したのか、俺の背後から一体が襲いかかってくる。

 姿は見えずとも、草を踏む音でそれが分かった。

 回避しながら振り向き、斬りつける。

 すると、そいつも青い光となって、消え失せる。


「それいけ、チャンスだ」


 またそれか、と思いながら最後の一体を確認する。

 するとそいつはオロオロしながら、全く攻撃してこなくなる。

 さっきからずっとそうだ、最後の一体になると、反撃の気も削がれてしまうのか、絶対にこうなる。

 しかし……。


 どこからともなく、颯爽と次の緑男が登場する。

 毎度毎度どこから来ているのか訊きたいのだが、答えてくれる人は一人もいない。

 勤務隊員の方をちらりと横目で窺うと、残念そうな顔をしている。


 そろそろ、真剣にからくりを考え始めないとここを攻略できなさそうだという考えが浮かびあがる。

 どうやらこいつらには際限というものがまるで無いらしく、倒しても倒しても次の一体が現れる始末だ。

 さて、どうしたものか……。


 つい数十分前のことをふと思い返す。

 それは、宮殿の中での話だった。

 戦う能力を持っているのか、そう国王に問われた際に、勿論と答えた所から今の状況は始まった。


「そうか。ならば貴殿も、我が勤務隊に入ってはくれないか? 旅人がいれば心強いというものだ」

「え、でも俺はまだ弱いですよ」

「構わん。伝説上の旅人とて、こちらに来てから力をつけたのだ。今の強さでなく、未来の期待値が、その肩に乗っているのだと知れ」


 何だか古めかしい言い方だが、言わんとせんことはこちらにも伝わった。

 誰かに頼られるなんて、久しぶりすぎてそれだけで気分が高揚して、安請け合いした結果、入団試験を形式上受けることに。

 生徒? あいつらが俺に頼る訳ないじゃないか。

 あいつらがどれだけ生意気だと思っているんだ。


 で、その内容がこちら。

 草原にはびこる緑男の親玉を倒せ、との事。

 緑男を全部倒せたら、親玉が出てくるという説明を受けたが、そもそもその緑男が尽きる気配が無い。

 そのため、延々と倒し続けるしかないのだが……そろそろ頭がこんがらがってきた。

 頼りのナビ役の妖精みたいな奴は、名前すら口にせず黙り込んで嗤いながらこちらを見てくる。

 とりあえずやたらと腹が立つ、とだけ言っておこう。


 目の前の二体をもう一度斬り伏せる。

 通算何体目だよ、とぼやきつつ「それいけ」の声を聞く。

 そろそろ法則性が掴めてきたなー、と思う。

 一体倒すと「今だ」で、二体で「それいけ」になるのだ、と。


「あれ……って事は……」


 何度も何度も見ている、二体目を倒した後に敵が出てくる時の兵士の表情を思い出す。

 あと一歩だったのに残念だったなぁ、という声も一度聞こえてきた。

 そしておろおろと取り乱すモンスターの様子も思い返す。

 もう後が無い、早く増援よ来いと狼狽するその姿を。


 そして、脳裏に一つ閃いた。


「そういう事かよ」


 目の前で取り乱している最後の一体をその目に据える。

 今まで可哀そうだな、とか思ってたのもここで捨てて、哀れなラスト一体をターゲットとして認識する。

 どうせ反撃はできない。

 その安心感から、迷うことなく一歩を踏み出し、突きを放つことができた。

 最後の一体も、その体躯を貫かれるのと同時に、視界から消える。

 霧散する水色の霧が空気中にかき消えていくのを目にし、気合いを入れなおした。

 俺の予想が正しければこれで……。


 ふと、地響きを感じ、地震だろうかと危惧したが、そうではなかった。

 確かに『俺は』揺れを感じているが、周囲の景色は大して揺れ動いていない。

 見れば、足元の地面がひび割れている。

 不味いと、脳内で警報が鳴り響くのと同時に、反射でそこから飛び退く。

 数瞬の後に、地面の亀裂から、緑色の塊が飛び出した。

 モコモコとした、巨大な綿のような丸い塊にしか見えない。


「緑男とは……」


 ふと、今まで黙っていたガイド役の妖精が口を開いた。

 どうやら、何かしらの解説をくれるらしい。


「一つの巨大な苔の塊から発生する。昔、この苔は群生しているコロニーのようなものだと考えられていたが、じつは苔自身が緑男を製造するモンスターであり、親玉を叩かない限り何度でも緑男は現れる。天敵を追い払うための臭気ガスや、獲物の動きを止める毒ガスに注意。非常時にはスライムのようになり、機動性を確保する」


 説明ありがとよ、とかは言っている暇が無かった。

次回は初めてのボスバトル、のような感じです。

視点は藤村英明でお送りします。

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