第三話――姉の場合――
「それで、どうしてお前たちは城壁の外に居た?」
今、私と夕凪は大理石で出来た床の上に立たされていた。
私達が連れてこられた部屋は、その一部屋だけで私の家よりも広そうなほどの面積を伴った大部屋だった。
しかし、この建物の中ではこのくらいのサイズの部屋は珍しくないようなのは、ここに入る前に予測できている。
目の前には、先程ファングという名のボスモンスターから助けてくれた金髪の騎士が鋭い視線を投げかけていた。
彼だけではない、事情を聞いた他の兵士たちも一様に揃って、私達を見咎めている。
ここは、城壁の内側にある城下町、そしてその中心に位置している大きな城の中である。
そして、雰囲気や言葉の節々に見受けられる棘から、どうやら私達は今怒られているんだろうなぁ、とはすぐに思いいたった。
なぜこんな事になったのか、至極簡単な理由だが少し時を遡りたい。
紅い霧と称される気体が立ち込め始めたその後、私と夕凪は二人ともこの騎士に手を引かれて城下町まで連れてこられた。
紅い霧というのは、その効果こそ恐るべきものなのだが、広がるスピードは大したことが無い上に、空気よりも重いので地上にしかただ寄らず、なおかつすぐにその効力を失ってしまうため、万全に備えていれば特に問題は無いらしい。
だが、平原に出てしまうと、身を守るものが全く無いので、もろにその紅い霧を吸い込んでしまう。
そのため、普通の人々は、よっぽどの急用、たとえば外にしかない薬草を取りに行くような用事でもない限り、外に出ることは許されない。
門番が、許可しない。
そして、ようやく安全な城下町にたどり着いた後にその男の人は焦りを消し、安堵の息を一つ漏らしたかと思うと、次の瞬間にはもう別の表情になっていた。
そこには、いかにも機嫌の悪そうな表情が浮かんでおり、今にもこちらを叱り飛ばそうとしていた。
しかし、そこで彼はここでは目立つと思ったのか、別の理由からか場所を移すぞとこっちに告げた。
どうにも理解がいかない展開だったが、まあ良いかと思った私は着いていくことにした。
そうでもしないと、話が絶対に進まない。
そう、それだけだ。
そう言う訳で城に連れて来られて、こんな所で怒られそうになっている。
しかも、ここまで来る時に彼と同じ王宮勤務隊の連中が話を聞きつけたために、大所帯になっている。
いや、大所帯になるのは別に構わないのだが、かなりの人数に一斉に怒鳴られるとゲームだと分かっていても木が滅入る。
どうせなら、多少キツくても構わないから一人の叱責だけで終わらせて欲しいものだ。
「どうしてって……。気付いたらあそこにいたんですよ」
「ふざけた事を言うな! 気付いたらとはどういう事だ、名乗れ!」
何か応答しようと思った訳ではないのだが、口を突いて反射的に返答してしまった。
何事かと思ったが、おそらくストーリー進行上必要なセリフなのだろう。
これからは、同じようなことが起きても気にせずにいようと、私は脳裏に刻み込んだ。
「イザナミ、と言います」
「イザナミ? そんな奴この街にいたか?」
集まっていた勤務隊の中からざわめきがいくつも漏れる。
皆が頭を寄せ合って話しこんでいるが、「知ってるか」という声と「知らん」というものばかりが聞こえてくる。
それはそうなのだろう、私だって彼らのことは誰一人知らないのだから。
「だとすると、一体こいつは誰だ? お前ら名前は良いから顔に見覚えがある奴は……」
平原で助けてくれた騎士がそこまで言っただけなのに、あちこちから「知らん」という声ばかりが上がる。
そうか……と呟いて彼はやけに神妙そうな顔つきになった。
ふとその時、隣の夕凪が私の方に顔を寄せて耳打ちした。
「勤務隊は城下町の色んな所から集められているから、基本的に町民はこの中の誰かとご近所さんなはずなんだ。それなのに、知り合いがいないという点でおかしいと思ったあの人は、ああいう険しい顔をしてる、って訳」
ゲームをやりこんでいる夕凪の、ここぞという時の解説はかなりありがたい。
最初から今の今まで、それが無いとさっぱり分からないポイントばかりだった。
まあ、夕凪がいなかったらガイド役のキャラクターが活躍するだけなのだが。
突然、場の空気が一変した。
何事かと思ったら、急に騎士団が後ろを、つまりは私達とは反対の方向を見て狼狽していた。
視線の先には誰がいるのだろうか、そう思っても甲冑が大量なのでまったく見通せない。
「下がれ、何事だ」
威厳のある重たい声音がその場に響いた。
低く響くようなその声には、圧倒的な力を携えた者と共にある凄まじい威圧感みたいなものを放っている。
不意に、それに気圧された彼らは左右にはけて、私達の方へと道を開けた。
甲冑の花道のその向こう側、そこには外郎の一人の男性が立っていた。
黄金の鞘を帯に差し、そこには白銀の剣が収められている。
わずかに顔には皺が窺えるが、そこには老いが全く感じられず、貫禄だけが滲み出ていた。
やけに豪勢な装飾を身に付けていることから、国王じゃないかと私は思い、その想像は簡単に当たった。
「陛下、どうなされました?」
長い、長い沈黙が続いていた。
しかし、その沈黙に耐えかねた一人の騎士が静寂を破り、止まっていたかのように思われた時をもう一度進めさせた。
陛下と呼ばれた彼の人物は声のした方に一瞥っをしてから、重々しく語りだした。
「部屋にこもっていたら、廊下の方から騒ぎがした。何事かと思ったら、お前たちが若い二人組を部屋に閉じ込めていた。様子を見にここに来た訳だが……」
そこで彼は一旦言葉を切った。
そして次の瞬間、押さえ込んでいた威圧感の全てを一気に放出した。
先程まで発せられていたものでさえ、押さえ込んだ末の威圧感だと思うと、寒気が止まらない。
現に今放たれている方の威圧感の中では、指一本ピクリと動かすのさえ、三十キロのバーベルを持ち上げるぐらいの重労働だ。
「何をしているんだ? 何が起こったのか最初から話してみろ」
王様がそう言うと、勤務隊の身が竦んでいくのが手に取るように見えた。
だがしかし、ただ唯一例外として一番最初に私が出逢ったあの騎士だけは、堂々としている。
どうやら、この中でも有数の実力者はこの人なのだろうなと、一発で検討がついた。
「私から説明しましょう、陛下」
「そうか。では話せ、リースよ」
そうか、この人はリースという名前だったのかと、私は一人頷く。
いつしか、先程まで溢れていた威圧感は息を潜めていた。
最初に現れた時ぐらいの威厳に満ちた、ぐらいのものへと弱まっている。
「彼らが、平原にいたのです。ですから私は彼らを街へと連れ戻し、何をしていたのかと……」
「お前の目は節穴か」
陛下がそう言うと、リースは驚いた。
一体どういう事かと、もう一度私達を確認しようとしたのか振りかえる。
しかし、やはり何も分からないという意志表示のために首を横に振ったその時、陛下の喝が飛んだ。
「首筋の星型の痣が目に入らんか?」
その一言を聞いたその瞬間、彼ら全員の血相が変わった。
「まさか」という呟きのような声は、この上ない驚きを含んだ叫び声のように聞こえた。
「そう、彼らは旅人だ」
何の事か分からないと首を捻ったのは、今度は私の方だった。




