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第二話――親友の場合――

お久しぶりです。

今回の主人公は藤村英明です。

では、参ります。


「ちょっと待て待て待て! 何だあのバカデカいの!?」


 それは、ゲームを始めた瞬間にいきなり襲い掛かってきた狼どもを、ゲームのナビゲーターの指示に従って薙ぎ倒した直後の話だ。

 いきなり職業能力というものを一度だけ使えると言われて、十体以上をいっぺんに蹴散らしたのは覚えている。

 思った以上に凄いエフェクトが出るものだなぁと感嘆していると、そいつは不意に現れた。

 地平線まで広がっている草原、その遥か彼方の奥の方から、疾風のような勢いでそいつは駆けてきた。

 数百メートル離れた地点で一旦そいつは立ち止まった。


 そして今まさにそのモンスターをじっくりと観察しているところだ。

 見かけとしてはさっきのモンスターとは変わらない狼だった。

 灰色と青を混ぜたような濁った色の毛皮に身を包み、真っ黒な眼球に黄色い三日月形の瞳が浮かんでいる。

 牙と歯茎を剥き出しにして、敵がい心を顕にしているその姿は、現実世界のどんな猛獣よりも恐ろしい。

 爪は返り血に染まって赤黒くなっており、全身の毛は逆立ってその獰猛さを表していた。


「あれはさっきの(ウルフ)の群れのボスで、ファングっていう名前なんだ。仲間の血の臭いを嗅ぎ付けてきたみたいだ」


 俺のゲーム内でのガイド役は、小人の男の子だった。

 まあ、世にいう草食系男子だからこっちの方が助かったというのも真実だが。

 名前はガイダンスという単語の一部をとって、イダというらしい。


「不味いね、向かってくるよ」

「マジかよ……」


 どうやらイダの言葉は本当のようで、砂煙を巻き上げながら例のボスモンスターが疾走し始める。

 さっきまでも速かったというのに、獲物を見つけてからのスピードはより増したようだ。

 無論、自分の体力的なポテンシャルがもろに反映されるこのゲームで、乗用車のような勢いで走ってくる獣から逃げ切るのは不可能だ。


「あいつのステータス的な強さは大体狼(ウルフ)十体分ってところだよ」

「じゃあさっきのやつが使えたら倒せるんじゃ……」

「だから、もう使えないんだよ」


 くそっ、だったらあんな化け物相手にどうやって勝てと言うんだ。

 単純に体力が十倍とすると、さっきのモンスター一体を倒すのに二発攻撃しないといけなかったから単純に二十発。

 いや、防御力も上昇していると考慮すると与えられるダメージは十分の一。

 つまり、二百回攻撃してようやく倒せるという訳だけど……。


 あれ、案外いけそうな数字じゃね?

 相手の攻撃力は分からないから回避に徹底するとして、たかだか二百回の攻撃で済むなら、昔プレイした携帯ゲームの方がよっぽど時間がかかる。


「だったら、先手必勝だな」


 俺は空中に手を差し伸べて意識を集中させる。

 突然俺の手の平から、絹糸のように光が放射状に幾筋も広がっていく。

 みるみるうちにその光は俺の手の上でその形を構成し始めた。

 下の方から上の方にかけてゆっくりとその形を為していき、数秒後には一つの球体となっていた。

 サイズは丁度良く両腕で抱き抱えられるぐらいで、いつも自分が使い慣れているサイズだ。

 要するに、サッカーボール大の光の球体、それが俺の武器だ。

 スタミナゲージを消費して錬成するボールは、使用者にとってはダメージはないが、他のものにとっては鋼鉄の砲弾のようなものなのだとか。

 つまりこれをシュートの勢いで蹴ると、俺以外の人にとっては鈍器で殴られたような衝撃となる。

 さっきまでは一発の威力を抑えめにしていたから、おもいっきり蹴り飛ばしたらもっと威力は上がるだろう。


 正直に言ってしまうと、こんな武器を選ぶことができるだなんて思ってもいなかった。

 どうせゲームなのだから、剣や槍みたいなのばっかりだろうなと思っていたらこれだ。

 例えばどんな武器があるのか尋ねてみたら、ボールなんていう変わり種もありますよ、そう言われた。


 俺が夕凪と会うためならば、サッカーを介して会いたかった。

 俺たちが出会うきっかけとなったサッカーに間に挟まれてもらわないと、きっと俺たちは、いや、俺はきっと感情的になってしまい、話し合うどころの話じゃないだろう。

 だから俺はこの武器を選び、職業もサッカー選手を選んだ。


 そして、俺はすっかり忘れてしまっていた。

 こんな化け物一匹の相手をするよりも、夕凪に追い付くことの方が、よっぽど無理ゲーだと。

 こいつに手こずっていてはならない、そう思った俺は、錬成したボールを空中に放った。

 手を使っておいて、夕凪からくるクロスよりも精度が悪いというのは考えものだが、そこそこ丁度良いうちにボールは浮き上がった。

 そのままゆっくりと下方向へと向かう速度を上げるボールを目で追う。

 それが胸元まで落ちてきた時、軸として左足を残して右足を後ろに振りかぶるように引いた。


 よし、このタイミングだ。

 声にせずに心の中でそう呟いた俺は、引いた右足を前方におもいっきり降り出した。

 足の甲にボールがぴったりとフィットし、エネルギーが的確に伝わる。

 脚を振り抜くと、光の球体が宙を走った。


 猛スピードで走るファングは、方向転換もできずに、そのまま正面からそのボールの一撃を喰らった。

 前脚の付け根の辺りにもろにヒットしたその瞬間、それなりに距離の開いているこの位置にも聞こえるぐらいの呻き声が聞こえた。

 そのまま奴が立ち止まった際に、良い気になってしまったのが最大のミスだった。

 立ち止まった矢先にそいつは大きな口を開け、ゆっくりと、しかし大量に息を吸い込んだ。


 嫌な予感がするというのは、こういう感覚なのだろうか。

 体の中を、何かがはい回るような気味悪さと、それに対する恐怖が全身を駆け巡った。

 ゾクゾクとした寒気が心の芯を覆い尽くしてしまう。

 一体何が……そう思った瞬間、やつはいきなりその口を閉じて、せつなの後にもう一度口を開いた。


 悪い予感は的中し、牙に取り囲まれたその口からは大音声の方向が放たれた。

 あまりの音圧に、衝撃波が巻き起こり、ファングの周囲の大地が砂塵へと砕け散った。

 草原に生える雑草はその衝撃に荒々しく撫でられ、放射状にそれは広がっていく。

 その特大の咆哮が俺の耳に届いたとき、そのあまりの大きさにとっさに耳を塞いでしまった。

 しかし、そうでもしないと絶対に鼓膜が破れると思ってしまったし、それでも耐え切れるとは思えなかった。

 体中を引っ張られるような衝撃が駆け巡ったかと思うと、いつしか音は止んでいた。


 まずい、そう思った瞬間にはすでに目の前に鋭利な爪が見えた。

 確実に、例のモンスターの前脚から生えているものだろう。

 不気味なまでに黒々としたその爪の色は、先ほど離れていた時に見た色とそっくりだった。


 ああ、もう駄目だ。

 そう覚悟して、固く目を閉じた。

 これがゲームの中だということも忘れて、色々と諦めて目を瞑った。


 数秒ほど、時間が経ったような気がする。

 それなのに、結局自分の身には何も起こっていない。

 これは一体どういうことなのだろうか。

 そう思った俺は、恐る恐る、固く閉じたその目を開いてみた。


 そこには確かに、鋭利な爪があった。

 しかし今にも俺に向かって振り下ろそうとしているその爪は、バリアのようなものに行く手を阻まれている。

 その障壁が自分を護ってくれているのだと気づくのには、少し時間がかかった。


 誰が自分を助けてくれたのだろうか、そう不思議に思っていると、不意に後ろから呼びかけられる。

 落ち着いたたくましさを持った、男性の声だった。


「無事か、君?」


 振り返るとそこには、銀の甲冑を纏った一人の男性が立っていた。

 高身長の男性で、整えられた金髪がさらさらとなびく。

 そして深い海のような濃い青の瞳が、俺を見つめていた。


「さて、王宮勤務隊の出番だぜ」


 蛇が鎌首をもたげるようにして、その男性は銀色に煌く剣の切っ先を、ファングの方へと向けて見せた。

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