第二話――姉の場合(2)――
コクーンの中に入った直後に、睡眠剤の霧を吸い込んだ私の意識が闇の中へと沈んだ次の瞬間、眼前に眩い光が差し込んだ。
さっきまで静かな自分の部屋にいたはずなのに、いつしか周りはとても騒々しくなっていた。
人々が会話するような声や、喧嘩するような怒鳴り声、そして甲冑が揺れて鳴るガチャガチャと五月蠅い金属音。
まぶしさに目が慣れてきて周りの風景を見ようとしてみると、そこには突き抜ける空以外何も無かった。
驚いた私が色々と周囲を確信してみると、真下にたくさんの人がひしめいているのが見えた。
ふと、誰かの気配を背後から感じたので私は後ろを振り向いて見た。
そこには、奇抜な格好をした一人の男がいつしかその姿を現している。
この人は一体誰なのであろうかと、驚きながらも冷静に振る舞って、よく観察してみる。
頭には緑色のテンガロンハット、右目には髑髏マークの眼帯をつけて、その他は全体的に中世ヨーロッパの紳士のような服装をしていた。
眼帯をつけていない左目は青い瞳が光っていて、帽子から溢れる髪の毛は金髪だった。
顔立ちは整っているが、少々老けこんでいて、かっこいいと言うよりも胡散臭い雰囲気である。
「ようこそ、我がQuest Onlineへ! 新規冒険者よ初めまして。私の名前は明かせませんがどうか、悪しからず」
「どうせゲームの説明役でしょ。名前がないから言えないだけじゃないの?」
「いえいえ、そんな事は……」
陽気な声、話し方からしても胡散臭さは抜群に出ている。
相手がゲームのキャラだと分かり切っていても、嫌悪感を隠しきれなかった私は冷ややかな目であしらった。
どうせ入力された言葉しか喋らないのだろうと思っていたがそれは間違いで、彼は普通に会話を続けてきたのには少々驚く。
だが、説明役を否定しなかったあたり、こいつはやっぱりそういう役割を担っているのだ。
そこは予想通り。
「まあ、お嬢さん! 細かいことは一旦抜きにしてまずは初期設定を決めて頂きましょう! 後から変更できるものとできないものがありますが、どうか、お気になさらずに!」
相手が面倒というよりも、さっさと先に進みたかった私は黙って頷いた。
無愛想だと突っ込んでくるのかと思ったが、そんな事はなく話を続けてくれる。
「まずは、ユーザーネームから。これは変更できませんので、納得の上で」
「……イザナミ」
夕凪がちょっと前に教えてくれたのだが、あいつの名前はイザナギになっているらしい。
なぜか問いただしてみたところ、名字に神という文字が入っていて、下の名前に“なぎ”ってあったから、それが名前に含まれている日本神話の神様、『イザナギ』の名前をもらったらしい。
だったら私も、もう一人の神様、『イザナミ』から貰ってやろう、という訳である。
「その名前の使用者は……他にはいませんね! では決定です」
ゲーム内でトラブルが生じることがあるらしいので、極力名前は被らないようにしているらしい。
運営側も大変なんだろうな、と思いをはせる。
「次に、あなたが使う武器を決めて下さいませ! これは後々変えようと思えば変えられますが、あまりお勧めいたしません! 自分に一番しっくりとするものをお選びくださいませ」
「弓矢」
了解です、そのように返事した彼は次の質問にうつった。
「次に、職業をお選びください。これは後から変更できません。ただし、職業ならあらゆるものを取り揃えております。教師に警察、軍人に騎士、果てにはハッカーまでも! ただ、序盤では全然職業関係無いんですけどね!」
職業か……一体どうしたものか。
逆に選択肢の幅が広いと何を選んだものなのか分からない。
一応、この職業というものがどのように役に立つのかは聞いている。
ストーリーが進み、自分自身のレベルが上がってくると、いつしか『職業能力』が使えるようになるらしい。
職業能力はもちろん職業ごとに全く違う能力を宿している上に、一つの職につき三つの能力が割り当てられているということだ。
「なーに、こんなもの適当で良いんです。悩む必要は無いんですよ。自分がこんな格好で闘いたいと思う服装からお選びください」
ふと、私の脳裏をよぎったのは数年前に目にした漫画だ。
ゆかりと仲良くなったきっかけを与えてくれた、妖怪退治のあの漫画を思い出したのだ。
悩んでいた私の表情が勢いよく変わったのが簡単に分かったようで、案内役の彼は聞く体勢になった。
「巫女で」
「了解です。これ選ぶ人中々少ないんですけどね、結構スキルは良いんですよ。さてと、設定はこんなものでしょう。チュートリアル表示のナビゲーターキャラクター、フェアリーは必要でしょうか?」
「いえ、弟に教えてもらうので良いです」
「了解です。では、いくつか渡すアイテムがあります」
私が来ている服が変化する。
さっきまで気にも留めていなかったのだが、今まで私は真っ白な布で全身を覆われるような形になっていた。
それがいきなり白い光に包まれたかと思うと、身に触れる布の質が変わった。
上の服は真っ白な着物となり、下の方は深紅の袴になる。
さっきまで手ぶらだったのに、いつの間にか空っぽの矢倉を背負っていた。
「それは気弓というゲーム内独特の弓です。遠距離武器のほとんどは弾切れにならないようにそのような仕様になっております」
この腕時計をお付け下さい、そう言われて手渡された時計には三本のゲージが表示されていた。
ここから受けた説明をまとめるとこうだ。
緑色のゲージは自分のHP、体力を表わしていてこれがなくなったらゲームオーバーとなる。
次に青色のゲージで、MP、スキルを使ったり技を使う時にはこれを消費するらしいのだが、これはもう少し進んでから必要になるらしい。
最後に、黄色いゲージがあり、これは遠距離武器使用者特有のものらしい。
これは時間と共に回復し、弓やボウガンならば矢、銃ならば弾を撃つたびに消費していく。
この三つのゲージの最大値はレベルが上がるにつれて増えるようだ。
「黄色ゲージが長く残っている方が、弾の威力は強くなるという仕様にもなっております」
時間をかければ矢は無尽蔵に撃てるという訳か。
万が一の弾切れの考慮に納得した私は黒板の晩所をノートに写すように頭の中に今の説明を書きこんだ。
「では、これが貴方の弓です。矢を錬成する時はその矢倉に手をつっこんでください。ただちに錬成されますから。ちょっと銃と比べると弓の方がその辺面倒ですがお許しを」
そこまで言うと、彼は足で地面を二回蹴った。
正確には地面ではなく、空中に出来ている透明な足場なのだが。
するといきなり、私達の目の前に木製のドアが出現した。
いたって簡素なドアだが、そこを開けると虹色の異空間が広がっていた。
「弟さんがこの先で待っているようですので、ここから出てください。すぐさまここから飛ばしますとも」
全ての準備が整った私は、勇んでその扉の中へと足を踏み入れた。




