第8話 鬼教官
○5日目
「念のため確認します。
真剣で良いですね」
「無論だ。
俺も真剣を使う。
気を抜くと死ぬぞ」
雄介は剣を中段に構え、アルタの隙を窺う。
アルタは右手に大剣を持ち自然体で立っているが、隙などどこにも無かった。
左足を狙い、雄介は薙ぎ払いを放つ。
アルタは必要最小限の動きで避けるのだった。
雄介は袈裟切りから左切り上げに繋げ、唐竹割り、刺突などを次々と放つがアルタにはかすりもしない。
そのまま10分以上も避け続けた。
息が切れ、ふらつく雄介。
アルタが横薙ぎの一撃を放った。
雄介は何とか防ぐがそのまま吹っ飛ばされてしまった。
雄介が立ち上がるよりも早く、アルタの大剣が首筋に突き付けられるのだった。
「……参りました」
「基本が全く出来ていないな。
人にならったことがないのだろう。
だが、修羅場は潜ってるようだ。
本能的にどこを狙うべきか分かるようだな」
「瞬間に相手の苦手そうな場所を狙ってるだけです」
「筋力・体力はまあまあ、敏捷はそこそこだが、動きに無駄が多く読みやすい。
それにスキルを使わなかったな。
覚えていないのか?」
「(自動翻訳以外)スキルは覚えてないです」
「これから10日間で剣の基本を叩き込み、いくつかのスキルを教えてやろう。
まあ、身に付くのはもっと後になるだろうが、自己練習で磨き上げろ」
アルタは付与魔法で雄介の体力や回復力を上昇させた。
訓練の効果を引き上げるためである。
初日は剣術の型をひたすら振り続けた。
何百回も振っていれば、疲れで動きが崩れてくる。
正しい型から1cmでも狂えばぶん殴られた。
「自分の筋肉の1つ1つの動きを意識しろ。
限られた筋力で最大限の威力を出せ。
無駄なく足腰の力を剣に乗せろ。
常に相手をイメージしろ。
一撃一撃に殺気を込めろ。
剣を自分の体の一部と思え。
疲れたときこそ正しい型を実行しろ。
それが一番無駄なくエネルギーを使える」
3時間の訓練が終わった時には雄介はボロボロに疲労困憊していた。
うつ伏せになり、もう指一本動かせそうになかった。
「今日はここまでとする。
明日までに教えた型の素振りを各1000本やっておけ。
やってなかったら、分かるだろうな」
「わかり、ました」
体力回復効果のあるダークテンペストの血を飲むと、雄介は夕方まで泥のように眠った。
起きると全身が筋肉痛の塊りであった。
それでも何とか素振り各1000本をやり遂げたのだった。
2日目、3日目も訓練内容は同様であった。
もっとも、素振りの回数が2日目は各2000本、3日目は各3000本だったが。
手には豆ができ、豆が潰れ、回復させてはまた豆が出来た。
3日目には夕方6時になるとティアナを迎えに行った。
「雄介さん、来てくれたんやね。
スペシャルハードコースは流石にきつそうやなあ。
もう上がるから、ちょい待っといてな」
ティアナと仲良さそうな様子から、他の冒険者から睨まれていたが雄介はどこ吹く風だった。
アルタの鉄拳に比べれば、並の冒険者の嫉妬のこもった視線など物の数ではなかった。
絡まれたいわけではないので、視線は合わせないようにしていたが。
雄介とティアナはレストランに向かった。
雄介にとっては見たことの無い料理ばかりだったが、どれも美味しかった。
アラドの地酒もあり、意外と飲みやすい物だった。
美味しい料理とお酒があると会話もはずむものである。
「雄介さんはこの町の人とちゃうんやろ?
どこから来はったん?」
「王都からだよ。
王都からかなりあちこちの町を回ってきたんだ」
「王都か、ええなあ。
うち一遍行ってみたいと思っててん。
王都の話聞かせてな」
「そうだなあ。
王都はアラドの10倍くらいの大きさなんだ。
中央に王城が有ってね、領主様のお屋敷の5倍くらいの大きさかなあ。
と言っても、入ったことはないんだけどね」
「そりゃそやろな。
王城に入ろ思ったら貴族様か、お付きの人くらいじゃないと入れないはずやん。
あ、でも高位クラス冒険者が大きな依頼をこなして国から表彰されるときは入れるらしいで」
「まだまだ先の話だね。
まあ、話の種に一度くらいは入ってみたいと思うけどさ。
(異世界の城ってぜひ見てみたいな)」
雄介は王都の情報をダークテンペストに調べさせていたため、話すことができるのだ。
とはいえ、実生活の経験がないため、知らないことも多いのだが。
ぼろが出ないよう、今度はティアナに質問した。
「そういえば、ティアナはどこの出身なの?
アラドの人とは言葉が違うみたいなんだけど」
ティアナの表情が硬くなった。
雄介は話題を変えようとしたが、ティアナが先に答えてしまった。
「あ~、うちなあ1年ほど前に西の町から来てん。
せっかくやし、聞いてもらえへん?」
「大事な話みたいだね。
俺で良かったらいくらでも聞くよ」
「うちのお父ちゃん冒険者やってん。Cクラスやったわ。
お母ちゃんもお姉ちゃんも優しい4人家族やったんや」
「そうなんだ。
良い家族だね」
「うん、ほんま幸せで楽しい日々が続くと思ってたんやけどね。
ある晩のことやった、オーガの群れがうちらの町を襲ったんや。
もう20匹以上も居たらしい。
うちは家に隠れてたからわからへんのやけどね。
お父ちゃんは家族を護るために戦ったんやけど、多勢に無勢で…。
そして家は壊されて、お母ちゃんとお姉ちゃんはオーガに連れて行かれてしもうたそうや。
うちは…家の瓦礫の下で気絶してたんや。
全部終わって生き残った町の人に助け出されるまで、ずっと」
「……そうか。
家族を失うのは本当に辛いね」
「家族も家も失って、それでアラドに来たんや。
アラドは冒険者が多いし、お母ちゃんとお姉ちゃんのこと何か分かるかもしれんからギルドで働くことにしたんや。
……そういえば、この話、ギルドマスターに最初にして以来、誰にも話したことなかったわ。
雄介さん、なんか受け止めてくれそうな感じするからかも」
「まあ、それは光栄だね。
じゃあ、俺も家族の話をしようか」
「ええよ、何でも話して」
「俺も両親と俺と妹の4人家族だったんだ。
それが4年前に両親が事故で亡くなってね。
妹は半年前から重い病なんだ」
「……そうなんや。
うちら、似たもの同士やね。
でも、妹さんに付いてなくてええの?」
「妹の病気、治す薬が有るそうなんだ。
神の造った万病を癒す薬というのが。
それを手に入れるために冒険者になったんだ」
「それってもう神話的な難易度のアイテムやね。
そういうのを探してでも……って気持ち、うち分かるな。
雄介さん、うちに出来ることあったら何でも言ってや」
「ティアナさんこそ、俺に出来ることがあったら言ってくれよ。
お母さんとお姉さんのこと、何か分かったことって無いの?」
「町を襲ったオーガ達がどこから来たのかは分かったんや。
うちが居た町から徒歩で丸2日くらいの所にオーガの住処が有るんやて。
でも、お母ちゃんとお姉ちゃんの情報は何も……」
「分かったよ。
オーガの住処は近いうちに何とかしよう。
お母さんとお姉さんのことはその時調べてみるから」
「ちょっと待ってな。
オーガはCクラスの魔物やで。
調べるってどんだけ危険なことか」
「今の俺じゃ無理だけど、もっと強くなるから。
勝算がなかったら挑んだりしないよ」
「雄介さんってええカッコしいやね。
でも、ホンマに危険なことはしたらあかんで」
「妹にも言われてるからな。
気をつけるよ。
さて、もう夜だし家まで送るから」
「そやね。
そろそろ帰ろ」
雄介とティアナは並んで歩く。
いつしか自然と手を繋いでいた。
ティアナの頬が赤く染まっている。
「ここがうちの下宿なんや。
お茶でも飲んでいく?」
「いや、明日も訓練があるからもう帰らないと」
雄介は不意にティアナを引き寄せた。
ティアナは少し驚くが、雄介に任せている。
雄介はティアナを優しく抱きしめるとキスをした。
「ティアナ、お休み。また明日な」
「…雄介、お休みなさい。また明日」
「(ダークテンペスト、オーガの住処のことを調べておいてくれ。
勝算が立ち次第、殲滅させるぞ。
あと、囚われている人が居ないかどうかも頼む)」
「(承知した。
だが、囚われている人は難しいであろうな。
特に1年も前であれば)」
「(ティアナの家族だ。
できる限りのことはしておこう)」
4日目の訓練は少し今までと変わっていた。
型の素振りはいつもの半分で、残り半分の時間はアルタとの戦いだった。
少しでも気を抜けば重傷を負う、真剣での模擬戦である。
「一撃一撃を分けて考えるな。
攻撃の繋ぎを意識しろ。
相手の剣だけを見るな。
相手の身体全体を見て、動きを予測しろ。
相手の動きを予測したら、自分の動きを想像しろ。
常にベストの動きを想像するんだ。
無駄な動きを消し、最小限の動きでかわせ。
距離感を大事にしろ。
有利な間合いに持ち込むんだ。
自分の立ち位置を有利な位置に、相手を不利な位置に誘導せよ。
相手の体勢を崩し、自分の体勢を崩すな。
フェイントを使って相手を誘導するんだ」
運動量は以前と同じくらいだったが、雄介は少し慣れてきていた。
疲労困憊し、動けない時間が短くなっていた。
訓練後の素振りの回数は各3000本である。
素振りを夕方までに終わらせ、余った時間はダークテンペストに乗り、狩りに出かけるのだった。
オーガを倒すためのLV上げである。
「ティアナ、魔物討伐したから報奨金貰えるかな?」
「雄介、いらっしゃい。
訓練の上に討伐依頼までこなすなんて。
無茶したらあかんていうてるのに」
「まあ、そう言わないでよ。
オークとオークラージ倒してきたんだ」
討伐確認部位の耳、16個を渡す。
「Eクラスのオーク5匹とDクラスのオークラージ3匹やね。
オークは銀貨1枚、オークラージは銀貨4枚やから、合計銀貨17枚や」
「エリートゴブリンよりオークラージの方が報奨金少ないんだ。
まあ、オークラージは力は強いけど、バカだし攻撃が単純だしね」
「まあ、そやね。
同じDクラスの魔物でも色々違いはあるんよ」
5日目、6日目も訓練内容は4日目と同様であった。
もっともアルタの攻撃は段々激しさを増していたが。
雄介の狩りの結果も増えていた。
「雄介、ええニュースや。
ここ数日Dクラスの魔物を倒してるから、クラス昇格を認定やて。
クラスがDクラスになったで」
「へえ、もうクラスアップか。早いなあ」
冒険者証明書
名前:滝城雄介
種族:普人族
性別:男
年齢:22歳
クラス:Dクラス
技能:読み書き・計算・火風闇系魔法・剣術
7日目から10日目はまた訓練内容が変わった。
型の素振りは自分で行うだけになり、半分の時間は模擬戦、残り半分の時間はスキルの練習になった。
アルタの模擬戦の指示も高度になっていた。
「瞬時に考え、瞬時に決断しろ。
行動の一つ一つに意図を持て。
直感と思考を両立させろ。
闘志を燃やしつつも、頭の一部は冷静であれ。
相手に自分の情報を与えるな。
相手を理解し、戦術を組み立てろ。
相手の行動をコントロールしろ」
「剣術スキルは基本的な2つを教える。
速度優先のスキル疾風覇斬と、威力優先のスキル天竜落撃だ。
疾風覇斬は斬撃が早く、連発がきくが威力が弱めだ。
天竜落撃は威力が大きく、通常の約2倍のダメージだがモーションが大きく隙ができる。
この2つは基本技で、応用は自分で開発していくなり人に習うなりすれば良い」
「魔法が使えるのだから強化魔法と魔法剣を教えておこう。
強化魔法は、自分の身体機能を魔力を使って強化する魔法だ。
筋力UP・体力UP・敏捷UP・硬度UP・回復力UPなどが可能だ。
やみくもに魔力を流すのではなく、何を上げたいのか、どうしたら上がるのかを明確に想像することが大事だ。
魔法剣は火属性はフレアブレード、風雷属性はサンダーレイジ、闇属性はブラッドブレイクだ。
常に武器に宿らせるわけではなく、攻撃の瞬間に魔法を発動させる訳だ。
タイミングと魔力のコントロールが命だな」
雄介は習ったスキルを時間の許す限り練習し、魔物狩りで実践して行った。
10日目には強化魔法は使用できるようになり、疾風覇斬と天竜落撃は成功率50%になっていた。
魔法剣はまだほとんど使えず、特にサンダーレイジは風雷属性中級魔法の雷撃魔法を覚えなければ使用できないため、当分かかりそうだった。
そして、10日目の訓練終了後アルタは言った。
「雄介、よく10日間のスペシャルハードコースを文句一つ言わずに耐え抜いた。
教えたスキルや魔法剣はまだまだ成功率が低いが、今後も経験を積めば必ず使いこなせるようになるだろう。
俺は今まで新人冒険者の訓練は何人もしてきたが、これだけ成長の早い奴は初めてだ。
だが、世界には上には上が居る。
決して油断せず、努力を続けろ。
今後、相談があればいつでも会いに来い」
「はい、有り難うございました。
この御恩は忘れません。
また機会があれば、宜しくお願いします」
滝城雄介
LV:12
年齢:22
職業:冒険者LV8・精霊魔法使いLV7・強化魔法使いLV1
HP:712 (C)
MP:592 (C)
筋力:101 (D)
体力:171 (C)
敏捷:174 (B)
技術:131 (C)
魔力:124 (C)
精神:110 (D)
運のよさ:-999 (評価不能)
BP:80
称号:プレイヤー・βテスター・三千世界一の不運者・黒不死鳥王の加護
特性:火炎属性絶対耐性・水冷属性至弱・風雷属性弱耐性・聖光属性至弱・暗黒属性絶対耐性
スキル:自動翻訳・疾風覇斬(50%)・天竜落撃(50%)
魔法:ファイアーアロー(3)・フレイム(10)・ファイアーバースト(40)・エアスライサー(5)・ブラインドハイディング(5)・シャドウファング(20)・マジックサーチ(5)・強化魔法(任意)
装備:エリートゴブリンの剣・革の鎧・黒のマント
所持勇者ポイント:5
累計勇者ポイント:5
「この10日間でLVが4つ上がったな。
勇者ポイントは2だけか。
小物の狩りではあまり上がらないみたいだね」
「技術が100も上がっておるな。
筋力20・体力30・敏捷20・魔力10・精神10の上昇か。
良い教官に着き、よく頑張ったものだ」
「ところで、強化魔法(任意)とはどういう意味だろうな?」
「強化魔法の消費MPには決まった数がなく、自由に決められるということだろう。
雄介よ、BPの使い道はどうする?」
「そうだなあ。
筋力だけが低いから、筋力に回そうと思うがどうかな?」
「技術は有っても筋力が無ければダメージは少ないからの。
良いと思うぞ」
雄介は、筋力:181 (B) まで上げた。
「さて、訓練の力試しだ。
この10日でどれだけ強くなったか確かめるぞ。
初クエストのゴブリンの森に行こう」
再び、雄介の頭にクエストが浮かんだ。
クエスト:ゴブリン討伐
獲得勇者ポイント:討伐数次第
次回の投稿は明日0時となります。
サブタイトルは「ゴブリン殲滅戦」です。