第55話 首都シャエリド
○176日目
◇◇◆雄介side◆◇◇
ムルアリの宿屋に泊まった翌日のことである。
雄介達は宿屋で朝食を取っていた。
胃に優しいメニューで、豆と白ゴマらしき物がたっぷり入ったお粥、温かい卵と野菜のスープ、イノシシ肉と野菜の味噌炒めであった。
「雄介様、美味しいですね」
「ああ、美味いなぁ。
ロベリアはどんな料理が好きなんだ?」
「私ですか?
好き嫌いは無いですよ。
強いて言えばお肉より野菜料理が好きですね」
「へえ、そうなんだ。
ファシール共和国にはスラティナ王国には無い野菜が有りそうだね」
「そうですね。
そういえば朝市をやっているそうなんですが、一緒に見に行きませんか?」
「朝市か。面白そうだな。
時間には余裕が有るし、変わった物が見れそうだ。
行ってみるか」
朝食を食べ終わるとパーティみんなで朝市を見に行くことになった。
カサンドラが右手を握り、ロベリアが雄介の左手を握っていた。
両手に花の姿だが、他のメンバーが微笑ましげに眺めている。
朝市は宿屋からしばらく歩いた所にあり、賑やかで雄介達が見たことがない物で溢れていた。
揚げパンや肉そばの屋台、紹興酒らしき酒や蛙や芋虫などが売られていた。
蛙や芋虫はどうやら食用らしい。
豚の生首がデーンと置いてあったため、ロベリアが目を丸くしていた。
雄介がふと気になったことを店番のおばさんに尋ねた。
「豚の頭ってどうやって食べるんです?」
「煮込みが良いねえ。3時間ほど煮込むと柔らかくなって美味しいよ。
腕に自信があるなら焼いて食べても旨いねえ。
何なら食べていくかい?」
カサンドラとロベリアがぶんぶんと首を横に振った。
それを見た雄介はこう言った。
「いやー、しばらくしたらシャエリドに出発しますから」
「そうかい。残念だね。
また機会があったら寄っていきな」
カサンドラとロベリアがほっとした顔を見せる。
穏やかな日常の景色だったが、そこへ野太い声が響いた。
「あぁあー! カサンドラさんじゃないですか!
なんでこんな所に!?」
「うおお、これこそ運命の出会い。
オレは今猛烈に感動しているー」
「カサンドラ殿、せ、拙者にぜひサインをどうか」
カサンドラは悪寒を感じながら恐る恐る振り向くと、頭を抱えてしまった。
雄介達が一体どうしたんだと後ろを見ると、奇抜な格好をした3人の男が立っていた。
1人は黒髪黒目の中肉中背でどうやら日本人らしい。
20代前半らしく、派手な真っ赤なローブを着ており、ボサボサの髪が肩下まで伸びている。
服装の趣味が悪くもう少し見た目に気を使ったら良いのにと、雄介は思った。
2人目の男は背の高いがっしりした体格で、茶髪を短く切り揃えていた。
20代後半のようで、巨大なメイスと鎧を着込んでいる。
その鎧は華美な装飾が施されており、値段は高いのだろうが、実戦では使い難そうであった。
後で知ったのだが彼はアルゼンチン人だった。
最後の男は10代後半で黒髪で灰色の瞳をしており、髪が長く後ろで束ねていた。
どこかおかしな着物と袴らしい服装をしており、剣を腰に指している。
後で聞いたのだが日系ブラジル人であった。
拙者とか言っていたし、まさか侍のコスプレなのではと雄介は軽く頭痛がした。
どう見てもこの格好で歩き回れるのは日本の恥としか思えなかった。
カサンドラが困っているようなので、雄介は前に進み出て3人に声をかけた。
社会人だったため、どんな見た目であれ初対面の人には基本的に礼儀正しくすることを心がけている。
「初めまして、滝城雄介と言います。
あなた方はプレイヤーでしょうか?」
どうやらカサンドラ以外は目に入ってなかったようだ。
今初めて気がついた様子で雄介を見る。
「ん? 何か用?
僕は今カサンドラさんと話しかけてるんだから後にしてくれない?」
「この運命の出会いを邪魔しようとするとは。
今ならまだ見逃してやるぞ。
ケガをしない内に立ち去ったらどうだ?」
「む、お主の武器は日本刀ではないか?
拙者、日本刀を探しておったのだ。
銀貨2枚(約2万円)で売ってもらえぬか?」
人の話を聞いてないな、それに銀貨2枚じゃあ並の剣も買えないだろう、と雄介は思った。
カサンドラさんが頭を抱えてしまった理由が分かった気がした。
会話が成り立たないため、カサンドラに話しかける。
「カサンドラさん、この人達は?」
「お恥ずかしながら、3人ともプレイヤーです。
狭間の世界には出入り禁止になっている人たちと言えば分かります?」
「へえ、出禁の人なんて初めて会ったよ」
「そうそう滅多に出入り禁止なんてことはならないんですけどね」
2人の距離は肩が当たりそうなほど近かった。
雄介とカサンドラが親しく話している様子を見て、3人の血相が変わった。
雄介に食ってかかる。
「お前、プレイヤーだな。
ファンクラブの規約を知らんのか。
カサンドラファンクラブ規約第3条、カサンドラさんには節度を持って接すること。
誰の許しを得て話しかけている」
「きっさまー、規約を無視してカサンドラさんと会話するとは。
もう許せん。
伝説の勇者の力、見せてくれる」
「拙者は寛容だからな。
カサンドラ殿に二度と近寄らず、その刀を献上するなら見逃してやっても良いんだぞ」
「……まさかと思うんだけど、カサンドラさんのファンクラブの人たち?」
「その通りだ。
聞いて驚け。
ファンクラブナンバー8番、朝井元基とは僕のことだ。
どうだ、シングルナンバーなんだぞ」
「オレはファンクラブナンバー14番、アストル・フェランドだ。
もう謝っても遅いんだからな」
「拙者はファンクラブナンバー28番、マルシオ・ヤマダでござる。
ファシールの蒼い雷とは拙者のことだ」
カサンドラはそれを聞くと蒼白になり、ひどく落ち込んでしまった。
こんな人たちがファンクラブのメンバーで、しかも28人以上も居ることにショックを受けているのだ。
雄介はカサンドラに同情の視線を向けている。
「それでお前のファンクラブナンバーは何番なんだ?
僕達を知らないということは新入りなんだろう。
だが、新入りでも規約はきちんと守らねばいけないぞ」
「節度のある行動が出来なくて出入り禁止になった人達が何を言っているんですか。
第一、雄介さんはちゃんと節度ある行動をしてますよ(女性関係はちょっとあれだけど)」
「この3人は一体何をしたの?」
「テレポートを覚えたら毎日毎日やって来たんですよ。
ひたすら自分のことばかり話してるし。
もういい加減にして下さいと言っても変わらなかったので、15日目に出入り禁止にしました」
「うわー、それは酷いな。
下手するとストーカーじゃないか」
「何てことを言うんだ!
僕たちはただちょっと逢いに行く回数が多かっただけだ」
「オレ達はカサンドラさんを護る愛の勇者だぞ」
「拙者の命はカサンドラ殿を護るためのものでござる」
3人は次々と自己陶酔したセリフを言い続けた。
自分たちでは恰好良いと思っているらしい。
雄介はもはや真面目に相手をするのも馬鹿馬鹿しいという気持ちだったが、カサンドラの意向に沿うべきだと思い、念話で話しかけた。
「(この3人はどうしたら良いかな?
きっぱりと撥ねつける方針で良いの?)」
「(何を言っても会話にならなくて出入り禁止にした人たちですから、そうしてください。
でも、それなりに長く続けている人たちですから気を付けて下さいね)」
「(りょーかい)
まず言っておくが、俺はファンクラブには入ってないぞ。
何しろ入る必要が無いからな」
「なんだと?
どういうことだ?」
雄介はカサンドラの肩を抱き寄せて言った。
「俺がカサンドラさんの婚約者だからだ」
カサンドラは公衆の面前で宣言されたため、一気に頬を赤く染めた。
ロベリアは羨ましそうにそれを見ていた。
3人の顔色は蒼白を超えて土気色になっている。
「…………う、嘘だ。嘘に違いない。
嘘に決まってる。絶対そうだ」
そこでカサンドラが止めを刺してしまった。
恥ずかしそうにしながらも、きっぱりと言った。
「本当ですよ。
私は雄介さんと一緒に暮らしてます」
その言葉を聞いた途端、3人は万雷が落ちたような衝撃を受け、世界が終わったような絶望的な表情でへなへなと座りこんでしまった。
3人ともショックのため石像のように固まっている。
目の前で手を振っても反応がなく、流石に気の毒になり、雄介達は3人を放置して立ち去ったのだった。
それから3日後、雄介達はファシール共和国の首都シャエリドに到着した。
シャエリドはスラティナ王国の王都の約4倍の人口20万人を誇る巨大都市だ。
南北10km、東西8kmの長方形をしており、街路が升目状に整備されていた。
首都を囲む城壁は強固な物となっており、この国がスラティナ王国よりも建築技術が高く経済的にも豊かであることが感じられた。
雄介はハッセルト帝国のプレイヤー、秋生とラナと待ち合わせをしていた。
場所はシャエリドの東門である延興門である。
雄介達が延興門の前で立っていると、向こうから秋生とラナが連れ立ってやってくるのが見えた。
念話を使って連絡したため、待つ時間は殆ど無かったのだ。
「おいっす。3ヶ月ぶりっすね。
妹さんの治療、本当におめでとさんっす」
「皆さん、お久しぶりですね。
美鈴さんのご快復、おめでとうございます」
「いやあ、有り難う。
妹の治療が終わってからはゆっくりしていたよ。
2人とも元気そうで何よりだ」
「雄介さん達はシャエリドに着いたばかりっすよね。
せっかくだから、美味しい店紹介しましょ。
オレ達去年も来てるからそれなりに詳しいんすよ」
「秋生、あんたあの店に連れていくつもり?」
「うっしっし、良いじゃないか。あれくらい」
「あの店って?」
「それはまあ、行ってみてのお楽しみってことで」
そうしてやって来た料理店、中に入ってみると掃除の行き届いる以外は普通の店のようだった。
丸テーブルに着くと美人のウェイトレスがやってきた。
それを見て、雄介が頷いた。
「なるほどねえ。
秋生君はこういうのが好きなんだ」
「えっへっへ、味は旨いし、生のチャイナドレスの女性も見られるし、良い店でしょ」
ウェイトレスは、濃緑色のチャイナドレスによく似た服装だったのだ。
美しい刺繍が施されている。
それから食事が始まり、皆が舌鼓をうち、会話が盛り上がってきた頃のことである。
「うわー、それはまた災難だったっすね」
「あの3人のこと知ってるの?」
「ファシール共和国には4人のプレイヤーが居るんですよ。
武術大会で会ってるから、4人とも知ってます」
「元基たち3人は色々とトラブル起こすんで有名っすよ。
三馬鹿って呼ばれてるっす」
「三馬鹿かー。納得だね。
それじゃあ、残りの1人は?」
「最後の1人は……」
◇◇◆三馬鹿side◆◇◇
3人はようやく再起動を果たしていた。
「カサンドラさんは騙されているんだ!」
「そうだ。そうに違いない!」
「拙者達がカサンドラ殿の目を覚まさせるでござる」
「あの男、雄介と言ったか、清純そうな美少女を連れていたぞ。
女ったらしに違いない。
リア充は爆発しろ」
「オレたちの手で罰を与えるんだ。
今の時期、この国に来たのなら武術大会に出場するはずだ。
ケチョンケチョンにしてやれば、カサンドラさんの気の迷いも晴れるに違いない」
「しかし、どうやってするでござる?
拙者たちはパーティならそれなりに強いが、ソロだと弱点だらけでござるよ」
「武術大会は個人戦だからなぁ。
上手くバトルロイヤルの予選で全員揃って戦えたら3対1で戦えるのだが」
天頂武練大会は予選と本選があり、予選はバトルロイヤルで32名に減らされる。
本選は32名によるトーナメント式の個人戦である。
「あー、そうだ。この手があった!
元基の幻獣を使えば何とかなるんじゃないか?」
「しかし、それは思いっきり不正行為でござるよ」
「これはカサンドラさんを取り戻す聖戦だぞ。
目的のためなら手段は正当化されるのだ」
「カサンドラさんのために必ず勝つんだ。
予選は多数で戦う分、本選よりも審判が甘い。
そこを突けば……」
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