第54話 ファシール共和国へ
○175日目
◇◇◆???side◆◇◇
ファシール共和国の東方に霊山とされるルリスト山がある。
この山が霊山と言われるのは、武術の神・真武大帝が祀られた霊廟があるからだ。
もう1年近く、ある男がそこで修行を積んでいた。
ファシール共和国最大の武術大会、天頂武練大会で優勝するためである。
その男は修行の仕上げとしてSSクラス上位の魔物、古代竜に戦いを挑んだ。
天頂武練大会は平等を期すため、素手かグローブと布製の服で戦うルールである。
だから彼は無謀なことだが、素手であり拳法着しか身に着けていなかった。
古代竜の住処はルリスト山の奥地に有る。
男は気配を完全に消して奥地に忍び込み、捕まえた獲物を食べている古代竜を見つけた。
古代竜はまだ男に気が付いておらず、先手必勝とばかりに背後から奇襲をかけた。
右腕に全身の気を凝縮させ、奥義・剛覇雷神擊を古代竜の後ろ足に叩き込んだのだ。
両足から股関節、腰から肩へと力が伝達し、肘から手先へと全身の筋肉を総動員した一撃が通った。
古代竜の強固な鱗を突き抜けて剛覇雷神擊のエネルギーが足の関節を破壊する。
数十トンの体重に耐える強固な後ろ足の関節が完全に砕け散り、足がありえない方向にひん曲がった。
身体を貫く痛みと共に敵襲に気がついた古代竜は、すぐさま尻尾を振り回した。
怒り狂う古代竜の樹齢1000年の大木のような尻尾の攻撃はコンクリート製の家を容易く粉砕するほどの破壊力を秘めている。
全力の剛覇雷神擊を放った直後の男の動きは遅く、防御しながらも尻尾が直撃し、空高く打ち上げられた。
この男は魔法が使えない。
空中では無防備に落下する以外の行動はできないのだ。
その回避不能の隙を永き時を生きる古代竜は見逃さない。
古代竜は竜魔法の1つ、絶対零度の嵐を放った。
周囲数百mに渡って吹雪が巻き起こり、空も見えないほど多くの白き雪が周囲を覆い隠した。
万物を凍りつかせ死の眠りへと誘う白き死神が男を襲った。
直撃すれば死を免れぬ攻撃を、朱雀真炎波を放ち灼熱の大炎を生み出して防ぎ切った。
男と古代竜の激闘は続いた。
古代竜の足が破壊されていなければおそらくこの時点で決着は着いていただろう。
人間に比べれば無限に近い体力と魔力を持つ古代竜の攻撃を、速度で勝る男は躱していく。
それは数十回目の古代竜の突撃のときだった。
なかなか倒せぬ男に苛立った古代竜の迂闊な攻撃が僅かな隙を作ったのだ。
厚い鉄板を容易く切り裂く牙が男の目前へと迫るが、紙一重で身体をひねって躱した男はそのまま古代竜の首元へと距離を詰めた。
手刀に気を集中させ、名刀にも劣らぬ切れ味へと達した刃は古代竜の首を切り裂いた。
並の剣では傷一つつかぬ古代竜の鱗を手刀で切り裂いたのは、男の弛まぬ努力の結果である。
だが手刀の長さでは頸動脈には届かず、あと少しで致命傷を与えることは出来なかった。
千載一遇のチャンスを逃してしまったのだ。
男は悔しそうに顔を歪ませる。
この男相手に接近戦は危険すぎると感じた古代竜は、空を飛んで男と距離を取りながら、ブレスと竜魔法で遠距離攻撃に絞る作戦に出た。
古代竜の竜魔法の射程は500mを超える。
直撃すれば即死するような威力を秘めた攻撃が次々と撃たれた。
森が焼け、地面にはいくつものクレーターが出来ていた。
男は回避を続けて生き延びてはいるが、ジリジリと体力が奪われていった。
首への攻撃で死の危険を感じた古代竜に一片の油断もなく、絶対に男の攻撃可能な範囲には入ろうとしなかった。
このままでは死ぬしかないと感じた男は乾坤一擲の攻撃を決意した。
全身の気を練り上げ両手に集中させると、その両腕は金剛石の如く、いやそれ以上の光を放った。
古代竜の攻撃を躱し続けながら、チャンスを待つ。
そしてその時は来た。
古代竜が奥の手である雷神の槍を使ったのだ。
落雷数十発分の電気エネルギーが古代竜へと集まり、古代竜の魔力により10億ボルトを超える雷神の槍が形作られ男へと落下した。
男は失敗すればこの攻撃で即死することを知りながら、ニヤリと笑った。
一撃で古代竜を殺せるほどの攻撃が来るのを待っていたのだ。
雷神の槍を正面から弾き返す、そのことだけを考えた。
神速という言葉でも足りない速さで男の両腕が動いた。
1000分の1秒の狂いもない最適のタイミングで男の右拳が突き出され、雷神の槍の先に神技・閃光断魔衝が直撃した。
男の右拳が破壊されると同時に雷神の槍が停止した。
古代竜の竜魔法が解けて雷神の槍が電流へと変化するよりも速く、男の左拳によりもう一度閃光断魔衝が放たれ、雷神の槍にぶつかる。
男の左拳が砕けると同時に雷神の槍がまっすぐに打ち上げられた。
そして狙いすましたように、いや、明らかに男の狙い通りに雷神の槍は古代竜へと向かっていく。
奥の手を使った直後の古代竜の動きは鈍く、雷神の槍は直撃すると蓄えられた電気エネルギーを開放した。
ルリスト山を揺るがす轟音が鳴り響き、黒こげとなった古代竜は墜落したのだった。
両拳が破壊された男は、古代竜が死んだことを確認すると倒れこんだ。
全身傷だらけであり、特にその手をもはや箸を持つことも難しいほどに損傷し、疲労困憊していたのだ。
そこへ、男に死を告げる叫び声が聞こえた。
そこはルリスト山の奥地にある古代竜の住処である。
その住処には…………6匹の古代竜が住んでいたのだ。
群れの主である先ほどの古代竜が1対1で戦っているときは、まさか1人の人間に負けるとは思わず群れの主に任せていた。
実際、古代竜の方が優勢だったのだ。
だが、群れの主が負けたとなれば話は別である。
復讐に燃える5匹の古代竜が男へと走り出した。
先ほどの古代竜よりは少し小型とはいえ5匹を相手にして、今の満身創痍の姿で勝ち目が有るはずがなかった。
立ち上がる程度の体力も残っておらず、ああ、ここが己の死に場所かと思い目を閉じようとしたその時、聞き覚えのない声が聞こえた。
それは威厳に満ちた老人の声であった。
「(ふむ、ここで死なせるには惜しい漢よのう)」
「誰……だ?」
「(余は真武大帝である。
汝は余の加護を受ける資格があるぞ。
まこと見事な戦いであった。
褒めて遣わす)」
「武術の神・真武大帝に褒められるとはなぁ。
死ぬ前に良い夢を見たぜ」
「(ほう、夢と申すか。
ならば、汝の手を見てみるが良い)」
男が腕を見ると、目を見張った。
破壊されたはずの両拳に何の傷も無かったのだ。
いや、体中の傷が回復していた。
そして両手の甲に梵字のような見たことが無い文字が浮き出ていた。
「(余の加護を示す神代文字であるぞ。
ほれ、古代竜が迫っておる。
その拳の力、存分に試すが良い)」
男は直ぐに立ち上がった。
身体が軽く、全身に力が満ちていた。
明らかに古代竜と戦う前よりステータスが上がっていた。
5匹の古代竜が注意深く男を取り囲もうとした。
先ほどまで怪我をしていたはずの男が完治しているため、警戒をしているのだ。
先の戦いを見る限り、無傷の男でも5匹でかかれば確実に勝てるはずだった。
そう、真武大帝の加護さえなければ。
それから数分後、ことごとく一撃で倒された古代竜の死骸3つが地に横たわっていた。
残った2匹は逃げ散ったのである。
この男は後に『神拳』の二つ名を持つようになる。
その両拳に宿った破壊力はSSSクラスの域を超え、EXクラスの境地へと到達していた。
◇◇◆雄介side◆◇◇
雄介はスラティナ王国からファシール共和国に入った所にある町、ムルアリに居た。
カサンドラと弟子たち4人と一緒である。
ダークテンペストとブルーダインは黒鷲と蒼鷹の姿だ。
美鈴はログイン時間が短いため、王都に残っている。
天頂武練大会が行われるファシール共和国の首都シャエリドに到着すれば、美鈴もテレポートで連れて来る予定である。
ファシール共和国の街並みは東洋風な印象が強かった。
瓦ぶきの家が並んでいた。
スラティナ王国に比べ、黒髪の人が多いようである。
中国服に似た服装を着ており、拳法着の姿もちらほら見られた。
ムルアリは交通の要所にあり、多くの旅人で賑わっていた。
天頂武練大会は年に1回開催されるため、毎年この時期になるとシャエリドに向かう旅人で一杯になるのだ。
その余りに多い人出を見て、雄介が呟いた。
「これじゃあ宿屋で部屋が取れるか分からないなぁ」
「早めに予約した方が良さそうですね。
それでも無理だったら私がクリエイトハウスの魔法で町の外に家を造りますから」
「そいつは便利だな。
ん? ロベリア、どうした?」
ロベリアが雄介の袖を引いている。
久しぶりの雄介との旅行が嬉しくてたまらないらしい。
雄介の爵位授与式のときにあったロベリアの告白以来、二人の距離は縮まっていた。
「雄介様、何とかって武術大会にはどうして参加しようと思ったんですか?」
「天頂武練大会な。
ハッセルト帝国の榎木秋生ってプレイヤーは覚えてるか?」
「勿論ですよ。
たった2人であの古代竜を倒したんですから」
「そうだったな。
あれ以来、榎木とは時々念話で話をしてるんだ。
それで榎木が今年の天頂武練大会に参加するって聞いてな。
折角の機会だからその時に会おうって話になったわけ」
雄介は秋生とは時々雑談をしているのだが、用事がない限りラナ・エマーソンには念話をしていない。
秋生とラナの間に友達以上の空気があるため、連絡を控えているのである。
いい加減付き合ったらいいのにと、他人事ながら雄介は思っている。
「ええっ!
じゃあ、雄介様と榎木さんの戦いが見られるかもしれないってことですね。
それならラナさんも来るでしょうね。
大会は魔法禁止だから出場は無理でしょうか」
「そういえばラナさんは応援に行くって言ってましたよ」
横で聞いていたカサンドラが口を挟んだ。
「カサンドラさんはラナさんと連絡取り合ってるみたいだね。
どんな話題が多いの?」
「えっと、スイーツのことや服のこととか?」
「なぜに疑問形なんだよ」
「だって……(お互いに恋愛の話が多いし)」
秋生が鈍くてなかなか関係が進展しないとラナが愚痴をこぼしていたのを思い出すカサンドラ。
雄介さんにはライバルが多いとカサンドラもラナに話していたりする。
ファシール共和国で更にライバルが増えることになるとは知る由もないカサンドラだった。
「あ、あそこに宿屋があるな。
行ってみるか」
そうして宿屋を探しまわったところ、8軒目にして漸く空室が見つかった。
もう夕方も近かったため、少し休憩して夕飯を食べに行く予定である。
雄介は部屋に入るとベッドに腰掛け、ステータスを開いた。
滝城雄介
LV:59
年齢:22
職業:冒険者LV46・精霊魔法使いLV43・強化魔法使いLV36・念動魔法使いLV28・時空魔法使いLV26
HP:2335 (SSS)
MP:2024 (SS)
筋力:461 (SSS)
体力:471 (SSS)
敏捷:490 (SSS)
技術:506 (SSS)
魔力:408 (SS)
精神:400 (SS)
運のよさ:-999 (評価不能)
BP:0
称号:プレイヤー・βテスター・三千世界一の不運者・黒不死鳥王の加護・黒不死鳥王の寵愛・スラティナ王国の勇者・スラティナ王国武術指南役・スラティナ王国情報管理指南役・竜殺し・スラティナ王国最強の男・レギルの主・一万ポイント突破最短記録保持者・スラティナ王国伯爵位
特性:火炎属性絶対耐性・水冷属性至弱・風雷属性中耐性・聖光属性至弱・暗黒属性絶対耐性
スキル:自動翻訳・疾風覇斬(100%)・天竜落撃(100%)・フレアブレード(100%)・サンダーレイジ(100%)・ブラッドブレイク(100%)・思考加速(100%)・流水(100%)・韋駄天(100%)・記憶力上昇(100%)・金剛力(100%)・真 疾風覇斬(100%)・真 天竜落撃(100%)・ディメンションエッジ(100%)・超回復(100%)・神移(100%)・飛燕五連突き(100%)・抜刀術(50%)
魔法:ファイアーアロー(3)・フレイム(10)・ファイアーバースト(40)・クリムゾンフレア(150)・エアスライサー(5)・エアロガード(20)・プラズマブレイカー(50)・ルシフェンウイング(80)・ライトニングインパクト(120)・ブラインドハイディング(5)・シャドウファング(20)・マジックサーチ(5)・ブラックエクスプロージョン(80)・アビスグラビティ(220)・強化魔法(任意)・複合魔法(魔法次第)・クロックアップ(150)・クロックダウン(150)・シルバーゾーン(200)・テレポート(距離次第)
装備:金剛鉄の太刀・水晶竜鱗の鎧・水晶竜鱗の兜・武人の小手・水晶竜鱗の具足・スフィンクスのマント
所持勇者ポイント:3309
累計勇者ポイント:13309
雄介はステータスを見ながら、政治や医療などの改善によって得られる勇者ポイントについて考えていた。
最近は毎日大体17ポイントが入っている。
カサンドラさんは15ポイントで、美鈴は8ポイントらしい。
意外と少ないなと思った。
それでも少しずつ増えているのだからこれからも頑張っていこうと、改めて決意するのだった。
統計が発達していないため雄介も気が付いていないことだが、3人の合計が毎日40ポイントというのは実はかなり優秀な数字である。
スラティナ王国の人口は約300万で、昨年の年間死亡数は約75000人だった。
従って1日の平均死亡数は208人であり、雄介達は2割近くの死亡者数を減らしているのである。
1国の死亡者数を2割減らすというのは本当に凄いことだ。
なぜこれ程多くの命を助ける事ができたのか。
それは乳幼児死亡率を下げたことが大きい。
スラティナ王国の年間出産数は約80000人だが、乳幼児死亡率が20%を超えていたのだ。
つまり80000人の赤ん坊の内、5歳までに16000人以上が亡くなっていたのである。
しかし雄介達が産婆や医療関係者などに衛生や出産に関する知識を徹底した結果大幅に低下したのだ。
科学技術を使った医療器具は無かったが、知識さえあれば魔法で代用できたのである。
その結果、スラティナ王国の平均寿命は40歳に満たなかったのだが、5年以上伸びることになる。
次回の投稿は数日後の0時となります。
サブタイトルは「首都シャエリド」です。
乳幼児死亡率の話はファンタジー小説としては載せても楽しくない話だと思います。
ですが、現代でも乳幼児死亡率が20%以上の国があり、本当に基礎的な医療や衛生の知識と道具があれば助かる命が多いことを知って頂きたいと思い、あえて載せた次第です。
ちなみに中世ヨーロッパはもっと酷かったそうです。




