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100万ポイントの勇者(旧版)  作者: ダオ
第8章 スラティナ王国
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第53話 王位簒奪 (2)

○165日目


◇◇◆エイラスside◆◇◇


 エイラスは犯人の可能性の高い相手のリストを書き上げた後雄介邸で休んでいたが、すっかり回復したように感じベッドから起き上がった。

周囲に誰も居なかったため、部屋から出るとふと美味しそうな料理の香りが漂っているのに気がついた。

その香りに釣られて台所に向かうと、アルジェが何か料理を作っているのが見えた。

思わずエイラスは声をかけた。


「アルジェさん、もう起き上がって大丈夫なのか?」


「え? あ、王子、起きられたんですね。

ええ、もう私は元気ですよ。

毒を食べた量も少なかったようですし。

消化の良い料理を作っているので食べて下さいね」


「ああ、そうだったね。

毒はオレの料理に入っていたのだろう。

すまない。アルジェさんを巻き添えにしてしまった。

雄介が間に合わなかったら助からなかっただろう。

本当に申し訳ない」


 エイラスは深々と頭を下げた。

その姿にはアルジェへの真摯な謝罪の気持ちが溢れていた。

アルジェはその様子を見て、胸に暖かな気持ちが湧き上がるのを感じた。


 毒物はエイラス王子の注文した料理に入っていたのだが、アルジェにも取り分けていたため2人共が倒れたのだった。

アルジェの食べた量が少なかったため、症状も軽く回復も早かったのである。


「目の前で王子が血を吐いて倒れる姿を見たときは心臓が止まりそうでしたよ。

私も苦しかったですけど、雄介さんに助けを呼ぶのが間に合って良かったです。

2人だったからこそ助かったんですから、今度また誘って下さいね」


 エイラスはその言葉を聞いて目を丸くした。

自分の巻き添えで命を落としかけたのだ。

平手打ちでもされて二度と顔も見たくないと言われるくらいはされるかもしれないと思っていた。

少なくとももうデートに誘うことは出来ないと覚悟していた。


「いやしかし、いつまた同じようなことが起きるか」


「ええ、もう二度とあんなことが無い様に気を付けてくださいね。

王子にもしものことが有ったら私は……」


 アルジェの目元に涙が滲み、ごしごしと手の甲でぬぐった。

それを見てエイラスはそっとアルジェの肩に手を置くと引き寄せた。


「アルジェ……」


 そして優しくアルジェを抱きしめたのだった。



◇◇◆美鈴side◆◇◇


 美鈴と空幻はカナット・マスカーニを探して王都を歩き回っていた。

探し始めて3時間が過ぎ、夕暮れも迫っているというのにカナットの行方はようとして知れなかった。


「見つからないわねぇ。

可能性のある貴族の屋敷も調べたはずなんだけど」


「ブルーダインが周囲を監視してるから、王都からは逃げられないはずなのですが」


「どこかに匿われているのかしら。

何か方法を変えないとダメね」


「ううん、何か……」


「あ、そうだわ。

ねえ、空幻の鼻ってどうなの?」


「その手がありましたね。

狐ですからね、犬ほどではないですがかなりのものですよ。

カナットの衣服があれば探せると思います」


「わあ、カナットの住所をメモっておいて良かったわ。

なら行ってみましょ」


 カナットは弟との2人暮らしで、アパートには今は誰も居なかったが、管理人から魅了をつかって鍵を借りて潜入した。

アパートの部屋は散らかっており、ここ暫くは掃除した様子はなかった。

弟が誘拐されていたため、掃除するような余裕はなかったのである。


「随分散らかっているわね。

あ、服見っけ」


「では、あのレストランからの足取りを探してみますね。

すぐに移動しましょう」



 それから1時間後、2人はトスカニーニ侯爵の別邸の前にいた。

貴族年鑑に登録されている本邸のほうは既に調べていたのだが、別邸のことは調べていなかったのだ。

本邸に比べるとこじんまりとしていたが、見上げるような壁に囲まれていた。

美鈴は2人だけで潜入するのは危険すぎると思い、雄介に念話で連絡した。


「ここで匂いが途切れているのね。

兄さんはもうすぐ来るって。

到着したら、潜入しましょ」


「マスターは潜入はしないほうが良いのでは?

まだLV6なんですし」


「兄さんが居れば大丈夫よ。

それに退院して2ヶ月過ぎたし、体力はそれなりに戻ったんだけどな。

地球でもランニングで1000m走れるようになったのよ」


「わあ、大分体力が付いてきましたね。

おめでとうございます、マスター」


 2人がお喋りして時間を過ごしていると雄介とカサンドラがやってきた。

雄介とカサンドラが仲良さそうにダークテンペストに乗っているのを見て、美鈴はモヤモヤした思いを感じるのだった。



◇◇◆雄介side◆◇◇


「お待たせ。

さあ、突入しようか」


「やっと来たのね。

遅いわよ、兄さん」


「ん? 連絡が有ってから10分もたってないはずなんだが」


「そ、そう? それなら良いけど。

ところで、どこから入るの?」


「正門からで良いだろう。

黒王は逃げる者が居ないか監視を頼むよ」


「うむ、良かろう」


「シルフィードソナーを使いましたけど、カナットさんらしき人は地下牢に居るようですよ。

トスカニーニ侯爵はその近くに居ます」


「トスカニーニ侯爵が黒幕で確定だな。

カサンドラさんと美鈴はカナットに行って、無理やり言う事を聞かせられていたなら救出して。

協力者なら処罰する所だけど、地下牢に閉じ込められているならそれはないだろう。

俺はトスカニーニ侯爵に向かうから」



 正門の扉には当然ながら鍵がかけられていた。

分厚い鋼鉄で出来た頑丈な門扉である。

雄介は自然体で正門前に立ち、金剛鉄(アダマンタイト)の太刀を握ると鯉口を切った。

鞘走りの音が響くと同時に閃光が煌めき、気がつくと太刀は鞘に収まっていた。

その動きは美しく流麗で隙が無く、抜刀術の完成形に限りなく近かった。

一見すると正門の扉には何の変化もなかった。

数秒後、ゆっくりと門扉は後ろへ倒れていった。

美鈴とカサンドラから感嘆の声が上がった。


「雄介さん、太刀の使い方が更に上手くなってません?

私にも斬ったのがほとんど見えませんでしたよ」


「私には音が鳴ったことしか分からなかったわ」


「美鈴を治してからはLVは上がってないけど、鍛練は欠かしてないからな。

技術は506まで上がってるよ」


 雄介はこの2ヶ月、毎日数千回もの抜刀術などの剣術の鍛練を続けている。

当然のことだが、技術以外のステータスも上昇しているのだ。


「そういえばステータスが550以上になったらSSSの上ですね。

どんな評価になるんでしょう?

SSSSでしょうか?」


「さてね。楽しみにしていよう」


 4人は悠々とトスカニーニ侯爵の別邸を進んだ。

次々と護衛の者たちが現れるのだが、近づいた瞬間に気絶して倒れていった。

雄介の手刀である。

護衛の者たちは美鈴に感謝すべきだろう。

雄介は美鈴の前であるため、気絶で済ませていたのだ。



 その頃、トスカニーニ侯爵には緊急の連絡が伝わっていた。

目は驚愕に見開かれ、身体はガタガタと震えていた。

腹心の部下が必死に逃げることを促した。


「そ、そんなバカな話が有るか。

一体どうやってこの別邸を見つけたというんだ」


「それは分かりませんが、勇者達がもうやってきているんです。

もう逃げるしか有りませんよ」


「くっ仕方ない。

アレを使ったら隠し通路から逃げるぞ」


「え! アレを使うんですか?

護衛たちはどうするんです?」


「時間稼ぎに決まってるだろう」


「……分かりました」


 2人は書斎に走って鍵をかけると本棚を動かした。

その裏には隠し通路の入口がぽっかりと開いていた。

そして入口の横に設置していたスイッチを入れると隠し通路に飛び込んだ。

スイッチを入れた直後、別邸のあちこちから猛烈な火の手が上がった。

あらかじめ油を仕込んでいたトスカニーニ侯爵の奥の手であり、別邸ごとそして護衛ごと雄介達を焼き殺すつもりなのである。



 だがしかし、トスカニーニ侯爵の悪あがきはすべて無駄なことであった。

火事が起きたことを知ったカサンドラはコキュートスアラウンドを使った。

屋敷全体の温度がみるみるうちに下がっていき、氷に覆われていく。

火は消してしまうが、人間は凍死しない程度の冷気に調整していた。

そして屋敷全てを灰にするかと思われた火事は1分もたたずに消火されたのであった。


 カサンドラと美鈴は消火が終わると地下牢へと向かった。

そこにはカナットと弟が憔悴しきった様子で捉えられていた。

カサンドラが優しく声をかける。


「あなたがカナットさんとその弟さんですか?」


「ええ、そうですが。あのう、御二方は?

冒険者のように見えますが、何がどうなっているのでしょう?」


「私達はエイラス王子の友人です」


 その言葉を聞くと驚きの声を上げ、姉弟揃ってさめざめと泣きながら土下座をして頼み込んだ。


「私がしたことは到底許されぬ大罪であることはよく分かっております。

ですがどうか、どうか弟の命だけは助けて頂けないでしょうか?」


「お姉ちゃんは悪くないんです。

僕が人質に取られたから。

僕はどうなっても良いですから、お姉ちゃんの命だけはお願いします」


「もう大丈夫ですよ。

雄介さんに頼めば何とかなりますから」


 こうして姉弟は助け出されたのだった。



 そんなこととは露知らずトスカニーニ侯爵と腹心の部下は隠し通路をひた走っていた。

少々冷気を感じたかもしれないが、死に物狂いで走る2人は気がつかない。

まして気配を消して後を追う雄介のことなど気がつくはずはなかった。


「ふう、ここまで来れば逃げ切れたはずだ。

あれだけの火事が起きれば、いくら勇者といえども焼け死んだはず」


「勇者なら逃げられたかもしれませんが、火に包まれて少なくとも追いかけてくる余裕はないでしょう」


「いやー、そうでもないけどな」


 明かりの少ない隠し通路の中では姿は見えず、されど雄介の声が響いた。

2人には、その声は冥土へと導く死神の呼び声のように聞こえた。


「まったく、俺の家族と友人に手を出すとは愚かにもほどがあるだろう。

トスカニーニ侯爵、あなたは王族殺害未遂の罪により死刑相当犯罪者になった。

悪いけど、楽には死ねないよ。

背後関係は全部吐いてもらう必要があるしね」


「「ひいいっ」」


 その後、トスカニーニ侯爵とその部下を見た人はどこにも居ない。

ただ本来王族殺害未遂の罪であればトスカニーニ侯爵の家族や一族郎党に及ぶまで財産没収の上、奴隷の身分に落とされても当然なのだが、今回は家族や親戚にまで塁が及ぶことはなかった。

大貴族の会合に出席した者以外は家族であってもトスカニーニ侯爵の行状を知らなかったため、雄介とエイラス王子の温情によるものである。



 それからスラティナ王国は大きく変わることになる。

トスカニーニ侯爵に協力していた貴族達はことの顛末を知って震え上がり、一も二もなく雄介に従った。

彼らが雄介に批判的な貴族の急先鋒だったため、その結果全貴族の約3割がエイラス王子支持を回った。

更に清廉派と言われる2割の貴族がエイラス王子支持を表明した。

全体の5割が立場を明確にすると、今までどうするか迷っていた貴族達も従うようになった。

国王はタンボフが死んでからは出来れば国王を辞めたいと思っていたため、エイラスが過半数の支持を得ると退位をほのめかすようになった。

そして事件から3ヶ月後、エイラス王子が次の国王に即位したのである。

また新しい宰相と大臣は清廉派の中から特に有能な者が選ばれた。

こうしてスラティナ王国は新しい時代へと進むことになる。

貴族中心の封建主義的な国家から、民主的な立憲君主国へと徐々に変わって行くのであった。



次回の投稿は数日後の0時となります。

サブタイトルは「ファシール共和国へ」です。

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