第49話 王国の変化 (1)
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○96日目
◇◇◆美鈴side◆◇◇
美鈴はスラティナ王国について1通り調べて回った。
その上で深く考えてみた。
この国の未来はどうしたら良いのかしら。
平和で穏やかな国になると良いな。
魔物の危険がない国、貴族の横暴で平民が苦しめられることがないようにしたい。
民主的な立憲君主国が望ましいのかな。
医療水準も低いし、衛生って概念すらないみたいだし。
トイレの汚さにはホントびっくりしたわ。
兄さんの屋敷のは綺麗だったけど。
社会全体を色々改善するにはお金もかかるし、そうなると経済の活性化もしないとね。
となると、社会インフラから必要そう。
科学の知識を伝えることで兵器に使われたら、逆に勇者ポイント減るかも。
うーん、知識を知らせるのはかなり気を付けないとね。
あとは兄さんと相談して具体的にどうするか決めたら良いわね。
その後、雄介・カサンドラ・美鈴・空幻がGWOの雄介の屋敷で会議を行った。
この会議がスラティナ王国の将来を大きく変えることになる。
「兄さん、王国について改めて説明をお願い」
「この国は総人口約300万人であり、大陸では中堅程度の国だな。
爵位を与えられた者は約200名で、その家族を含めて貴族は1500名に満たない。
その総人口の0.1%に満たない貴族がこの国の全てを決めているんだ」
「じゃあ、政策の決定の流れはどうなっているの?」
「国王と宰相と15人の大臣の合議制で政策をきめているんだ。
だけど、国王は政治に関心がないし、大臣の過半数が宰相の取り巻きなんだよ。
だから実質的には宰相の決めたことが政策になってしまう。
そして、宰相の意見は賄賂で決まっているらしい。
貴族の多くが宰相に賄賂を贈り、賄賂の額が高い者の意見が通るってわけだ。
結局、宰相がやりたい放題すき放題に国政を私物化しているってことだね」
「呆れた話ね。
じゃあ、どうすれば良いか私の意見を言うわね。
まず、私たち3人には武力・地球の知識・空幻による諜報は出来るけれど、政治のノウハウが無いわ。
だから直接的に政治を務めるには経験が足りなすぎる。
実際に政治を行うのはその適正のある人に任せてしまって、それに協力するのが良いと思う」
「貴族の中から適正のある人を見つけて、その人が上手く政治を動かせるように協力するってことで良いのかな?」
「そういうことね。
そのために必要なのは、適正のある貴族を見つけること、宰相派の大臣たちを失脚させること、適正のある人を大臣にすることね。
あと、出来ればその国王を退位させて、もう少しまともな国王を据えることかしら」
「そういうのは多少は考えたことも有ったんだが、俺とカサンドラさんだけではどうしても血が流れるんだよね。
死刑相当犯罪者以外を切ると、プレイヤーのペナルティ対象になるから手を出さなかったんだよ。
個人的にも選びたくない手段だしね。
適正がある貴族といえば、以前ダルムシュタット伯爵という人と知り合ったけど、なかなかの好人物だったよ」
ダルムシュタット伯爵は、馬車に乗っていた娘が盗賊に襲われていたのを助けたことがあり、その屋敷に招待されたことがあるのだ。
「その点は大丈夫よ。
空幻、自分の能力を説明してくれる?」
「私には狐火・変化・魅了の3つの能力が有ります。
狐火は火炎系の攻撃です。
変化は見て覚えた人や想像上の人物でも誰にでも化けることが出来ます。
見た目、声や匂いがその人と同じになりますが、戦闘力などの能力は自分のままです。
変化を続けられるのは、今なら半日が精一杯ですね。
魅了は、同性異性問わず誘惑して精神操作をする能力です。
精神操作により秘密を話させたり、記憶を忘れさせたり出来ます。
ただし、相手の精神力のステータスが高いと操作できませんし、一緒に居るときしか操作はできません。
あと、どうしてもしたくないことはやらせられないですね。
長期間かければ、好意値を上げまくって何でも言うことをきかせることも出来ます。
この場合は一緒に居ないときでも、言うことに従いますね」
「ふむふむ、それなら変化で使用人に化けて、大臣たちの屋敷の人たちから情報を聞き出すこともできるね。
聞き出した後は記憶を忘れさせれば良いわけだし」
「そういうことよ。
私の慧眼の瞳があれば、面談して適正のある貴族を見つけることは出来るはず。
空幻なら、宰相ズの失脚の材料は見付かるでしょう。
問題は適正のある貴族を大臣にすることね。
国王を魅了で操る?」
「宰相ズって、宰相派の大臣たちのことか。
いや、それは無理だ。
国王や宰相などの立場にある者は精神操作の魔法がかけられていないか定期的にチェックされるらしい。
そんなあからさまに不自然な行動をやらせたらすぐにばれるぞ」
「なるほど。
流石にそこまでバカじゃないか。
それならどうしたら良いかしら」
そこでカサンドラが口を挟んだ。
「雄介さんが貴族になって、強力に後押ししたらどうですか?」
「それ良さそうね。
兄さんが貴族になった場合の発言力はどれくらい有るの?」
「この国で初めて上級悪魔を倒した功績により伯爵を与えるって話が出てるらしい。
ただ普通の伯爵より発言力は強いだろうな」
スラティナ王国に於いて貴族は高い方から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の5階級ある。
公爵は王家の血を引く者にしか与えられないため、雄介に与えられる範囲では伯爵は2番目の地位である。
「伯爵か、かなりのものね。
それで行きましょう」
その後20日が過ぎた。
雄介はカサンドラと美鈴を連れて何人もの貴族たちと面会した。
ダルムシュタット伯爵に相談して、比較的まともな貴族を紹介してもらったのである。
会った貴族が信用できそうな人であれば、その貴族にまた友人を紹介してもらうという形で次々と面会を繰り返した。
そうして大臣として適正のありそうな貴族を何人か見つけることが出来たのである。
本当に適正があるかどうかは実際に大臣として仕事をやらせてみなければ分からないだろう。
空幻は宰相派の大臣の屋敷の女中に変化して屋敷に潜入した。
機会を見て大臣やその執事などに魅了を使い、過去に行った犯罪を聞き出し、証拠を探した。
その結果を報告書にまとめ、美鈴が夕方にログインすると読むのだった。
そうしているうちに、やがて物的証拠も集まっていった。
そして宰相に長年仕えていた執事に魅了を使って情報を引き出し、公金横領の記録を調べ上げた。
公金横領罪は当然法律が充分に発達していない王国に於いても犯罪である。
金貨数千枚(約数十億円)もの横領が明らかになったのである。
「宰相がまさか裏帳簿を持ってたとはね。
これで長年の公金横領が立証できるはずよ」
「よくこんなのを見つけられたもんだ。
空幻、よくやったぞ」
「大事な物は身近な場所に隠されてることが多いんです。
書斎を調べたら、隠し金庫が見付かったんです。
この世界の金庫はあまり複雑じゃないので、開けられましたよ。
……3時間かかりましたけど」
「へ? 3時間って人に見付からなかったの?」
「書斎に入ってきた人には魅了をかけて記憶を消しておきましたよ」
「ほお、なるほど」
「この裏帳簿や他の証拠をどう使うかだけど、宰相を恨んでる貴族に売ってしまおうと思うの。
ただで渡しても良いけど、それだときっと信用しないと思うから」
「ああ、それが良いだろうな」
「空幻、いかにも犯罪者っぽい人に変化してプリマヴェーラ子爵という人に売ってきて。
いくらで売っても良いけれど、高値で売りたい振りをしてね」
「分かりました、マスター」
プリマヴェーラ子爵はこれらの証拠を公表し、満天下へと知らしめたのである。
こうして宰相とその取り巻きが長年続けてきた犯罪の数々が明らかになった。
公金横領・賄賂・婦女暴行・拉致監禁・脅迫・恐喝などの犯罪を犯していたのだ。
プリマヴェーラ子爵には美しい娘が居たのだが、宰相の手下が誘拐し、拉致監禁し、暴行を加えて戻ってきたときには鬱病になっており、後に自殺したため心底宰相を恨んでいるのだ。
貴族の娘でさえこうなのだから、町娘など何人がその毒牙にかかったか見当もつかないほどである。
これだけの犯罪が明らかになれば、流石の国王も庇い切ることは出来ず、宰相と大臣の職を失ったのである。
しかし、それでも国王が庇った効果は大きく、爵位を1段階下げただけで爵位を失うことは無かったのだ。
つまり、宰相派の力を削ぐだけで決定的なとどめにはならなかったのである。
これは雄介達にも予想外な出来事であった。
宰相であったタンボフ・ビンスク・マンハイムは血眼になってプリマヴェーラ子爵に犯罪の証拠を売った犯人を捜した。
それはどうしても見つけることが出来なかった。
空幻が変化した想像上の人物だったからである。
しかし、予想外のことから雄介達に目がつけられた。
1つは最近雄介達が何人もの貴族と面会しているという情報が入ったのだ。
しかもその貴族たちが清廉派と呼ばれる宰相になびかない貴族たちであった。
もう1つは証拠を集めた手口があまりにも人間離れしており、不思議な力を持つ勇者ではないかと推測したためである。
結局雄介達が犯人である証拠は見付からなかったが、怒り狂っていたタンボフとその取り巻きは、疑わしきは罰するの論理で雄介達への復讐を決意したのだ。
タンボフは雇える限り凄腕の殺し屋たち100人ほどを集め、雄介、カサンドラ、美鈴に30数人ずつ差し向けたのである。
冒険者は魔物相手に戦えば強いが、対人戦に特化した殺し屋相手に奇襲されれば比較的弱いため、この戦力で何とかなるはずだと考えたのだ。
また、もし雄介とカサンドラが倒せなかったときは、美鈴を捕えて人質に使う計画であった。
◇◇◆雄介side◆◇◇
雄介が王都を歩いていると、周囲に妙な気配があることに気がついた。
わざとひと気のない所に移動する。
移動しながら人数を数えていたのだ。
野原に着くと、声をかける。
「俺に何か用かな?」
どうみても誘いであるため、殺し屋たちは隠れたまま様子を見ていた。
このことが殺し屋たちの命を助けることになった。
「なんだ。見てるだけか。
それなら、こっちから行くぞ」
雄介の姿が忽然と消え、4秒間突風が吹き荒れた。
それを見ていた殺し屋たちは、消えた雄介を探す間も無く次々と倒れて行った。
雄介が掌底でアゴを打ち抜き、脳震盪を起こしたのである。
傷を残さず、数分間眠らせるだけの絶妙の力加減であった。
「やれやれ、36人に4秒もかかったか。
あと1秒は縮められそうだな」
相手が攻撃しなかったため、気絶で済ませた雄介だった。
この後、全員を拘束し衛兵へと突き出したのだった。
◇◇◆カサンドラside◆◇◇
カサンドラは隠れている殺し屋たちの気配を察知することは出来なかった。
隙を見て、何本もの毒矢が射掛けられた。
矢を射た後、突撃する計画なのだ。
殺し屋が矢を射る直前、殺気が漏れ出た。
カサンドラは殺気を感知すると、咄嗟にエアロガードを発動させた。
すべての毒矢がエアロガードで弾かれる。
そしてシルフィードソナーで居場所を掴むと、アイスストームを使った。
殺し屋33人の足元が凍りつき、一歩も歩けなくなった。
そこで巨大な火球を作り上げると尋ねた。
「灰になるか、拘束されるか、どっちが良いですか?」
全員が拘束を選んだことは言うまでもない。
◇◇◆美鈴side◆◇◇
美鈴には気配や殺気を察知するような技術はない。
殺し屋たちは風下から毒矢を射かけた。
何本もの毒矢が突き刺さった。
並みの人間ならば数秒でしびれてしまい、動けなくなる毒である。
暗殺者たちは依頼の成功を確信した。
だが――
「マスターにこんなことするなんて、許せません」
そこには怒りに燃える空幻の姿があった。
美鈴は慧眼の瞳により、隠れている者を見付けるのは容易なのだ。
家を出て一目見ただけで誰かが隠れていることに気付いた。
隠れている者が居た時点で、美鈴の姿に変化した空幻と入れ替わり、自分はログアウトしたのである。
ちなみに美鈴は危険性を少しでも感じたら、すぐログアウトすることにしている。
10mを超える九尾の狐である空幻には、人間用の毒など大したダメージを与えられない。
それ以前に攻撃を警戒している状態なら、普通の弓矢では傷付かないのだ。
空幻は殺し屋たちを狐火で焼き尽くすのだった。
次回の投稿は熱が下がったら上げます。
サブタイトルは「王国の変化 (2)」です。




