第45話 美鈴
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○89日目
◇◇◆美鈴side◆◇◇
美鈴は困惑していた。
この病室にはもう雄介以外は来ないと思っていた。
入院した当初は高校の友人も見舞いに来ていた。
親戚のおじさんやおばさんが来たこともあった。
だが、入院生活が何ヶ月も続くうちに見舞い客は1人減り2人減り、やがて雄介以外誰も来なくなった。
花のような乙女だった美鈴が、骨と皮ばかりにやつれていく姿に衝撃を受け、来る人は減っていった。
そして美鈴自身がこんな姿になった自分を見せたくはなく、見舞いを断るようになっていったからだ。
雄介はそのことを承知している。
その雄介が態々連れて来た人が居るというだけでも、美鈴にとっては驚きだったのだ。
病室のドアから現れた人は金髪碧眼の若い女性だった。
美鈴にとってはまったく見知らぬ女性である。
美鈴は驚愕し、声も出なかった。
TVか映画でなければ見たことがないような、容姿端麗なすらりとした美人だった。
男だけでなく女でもすれ違えば振り返って見てしまうような人目を引く姿だ。
それでも日本人であればそこまでの驚きはなかったであろうが、明らかに外国人であり、困惑に拍車をかけた。
雄介とはどんな関係なのだろうか、一体どのようにして知り合ったのだろうと考えずにおれなかった。
雄介にとって特別な女性であることは、すぐに分かった。
女性は病室に入り美鈴に挨拶すると、雄介と目で会話したのだ。
その様子は慣れ親しんだ恋人に対する態度であった。
美鈴は知らなかったが、ほんの2ヶ月とはいえ寝食を共にし身命をかけて共に戦った雄介とカサンドラは何年も付き合っている恋人同士のような阿吽の呼吸が身に付いているのである。
美鈴は胸に嫉妬の心が広がるのを抑えることができなかった。
両親が事故死してからずっと兄妹2人で支えあって生きてきた。
自分が亡くなった後なら他の女性と付き合っても良いだろう、いやいつかは恋人を作ってほしいと思う。
だが、自分が病気で苦しんでいるときに恋人を作るとはどういう了見だろうか。
雄介にとっても苦しい状況で恋人を求めるのは理解はできるが、感情は別だった。
その女性が色々と話しかけてくるが、美鈴は返事をするのが億劫で仕方なかった。
条件反射的に返事をしているだけだ。
自分は妹に過ぎないのだから雄介を責めるのは筋違いだと理解はしているのだが、カサンドラの一言が切っ掛けとなり、ささくれ立った心は涙と絶叫となって迸り出てきた。
「……取らないでよ。
もう兄さんしか残ってないんだから、私の兄さんを取らないでよおおお」
◇◇◆カサンドラside◆◇◇
カサンドラが緊張した面持ちで病室のドアを開けた。
ドアを開けるとすえたような臭いがした。
ベットの病人の様子を見て衝撃を受ける。
自分より年下の少女が、80歳の老人よりも年老いて見えた。
本当に死が近いことも、この姿を見て雄介がGWOであれほど無茶な戦いを続けた理由も実感として知らされる。
必死に動揺を表情に出さないようにして日本語で話しかけた。
「あの、美鈴さん、初めまして。
カサンドラ・ディアノと言います。
雄介さんの彼女です」
言葉はぎこちなく発音は不自然だったが、記憶力増強薬を使ったとはいえ一夜漬けなら充分だろう。
カサンドラは昨晩は一睡もせず日本語の勉強をしていたのだ。
美鈴は驚きと困惑が入り混じった表情をしており、返事はなかった。
カサンドラはこのまま話しかけてよいのか分からず、雄介の顔を見た。
雄介が頷いて、会話を続けるよう促した。
「雄介さんから美鈴さんのことを聴いて、会いたいと思っていました。
雄介さんは美鈴さんを助けるために、ずっと頑張ってきたんですよ。
私も自分なりに協力していました」
「そうですか。
それは大変だったでしょうね」
「はい、(雄介さん)本当に大変でしたよ。
なので、(病気の治る)この良き日に一緒に居たいとイギリスから来たんですよ」
「は? この良き日って皮肉ですか?
態々イギリスからってどれだけ仲が良いんですか。
……取らないでよ。
もう兄さんしか残ってないんだから、私の兄さんを取らないでよおおお」
◇◇◆雄介side◆◇◇
雄介は美鈴に、万病薬が手に入ったこともカサンドラが来ることも話していなかった。
冷静なときなら予め美鈴に伝えるべきことを伝えて準備をさせていただろう。
少し考えれば、病気で苦しんでいる美鈴にとって何の準備もなしに見知らぬ人と会うのが迷惑なのはすぐ分かることだった。
だが、万病薬が手に入ったことで有頂天になった雄介はそういったことを失念していたのだ。
泣きながらの美鈴の絶叫が病室に響いた。
カサンドラは吃驚していた。
雄介はすぐさま、美鈴を優しく抱きしめる。
「ごめん。
俺が悪かった。
分かったから、泣かないでくれ。
大丈夫だ。これからも俺は美鈴のそばに居る。
あのな、前に言っていたどんな病気を治す薬、手に入ったんだ。
だからもうガンは治るんだよ」
「兄さん…………もう一度言ってくれる?」
「だから、薬が手に入ったからガンは治るって。
美鈴は助かるってことだよ」
「ホント?
嘘じゃないよね?
いま嘘つかれたら、兄さん殺して私も死ぬよ?」
「本当だ。
怖いこというなよ」
「ホントのホント?」
「本当の本当だ」
「ホントのホントのホント?」
「本当の本当の本当だ。
切りがないから薬を見せるぞ。
良いな。絶対に落とすなよ。
絶対だからな」
雄介は持ってきたバッグから慎重に万病薬を取り出した。
美鈴はその小瓶を凝視していた。
「これが万病薬だ。
普通に口から飲むだけで良いからな。
落ち着いて飲めそうか?」
「……無理。
手が震えてる。
絶対こぼすと思う」
「そうみたいだな。
口を開けてたら飲ませてやる」
「口移し?」
「冗談が言えるならもう大丈夫だな。
ほれ、キャップ開けたぞ」
「うん、えっと冗談。(半分くらいね)
あ~ん」
雄介が美鈴の口に万病薬を流し込んだ。
慎重にゆっくりと一口ずつ飲み込ませていく。
小瓶の液体すべて飲み終わったとたん、美鈴の心臓が力強く鼓動を打った。
まるで時間がさかのぼるように、やせ衰えていた身体が若く肉付きのよい肉体へと変化していく。
ひび割れていた肌が瑞々しい肌へと変わっていく。
つるつるだった頭皮から緑なす黒髪が生えてきた。
骸骨に似た容姿が、18歳相当の健康的美少女へと変貌した。
雄介は美鈴の様子を息が詰まるほどの思いを込めて、凝然として見つめていた。
カサンドラは心臓がドキドキして痛いほどだった。
そして数分で美鈴の治癒は終わった。
髪の毛は30cmほどまで伸びていた。
美鈴はじっと自分の手を見ている。
「兄さん、鏡はない?」
「ああ、ここだ」
美鈴のガン治療が始まってから身近な鏡はすべて片付けていた。
雄介はバッグから手鏡を取り出す。
美鈴は恐る恐る手鏡を自分に向けた。
それを一目見たとたん、ベットに突っ伏して号泣し始めた。
雄介もカサンドラも溢れ出る涙が止まらなかった。
美鈴は泣き終わると、ベットから立ち上がった。
身体が軽く、自由に動いた。
病室を歩き回ってみる。
ガンにかかっていた時は精神的にも追い詰められていたが、今はすっきりした顔をしていた。
精神的にも健康を取り戻したようだ。
「おい、いきなり動いて大丈夫なのか?」
「ちょっとバランス感覚がおかしいけど、ちゃんと動くよ。
健康な体ってこんなに軽いんだ。
えへへ、自由に歩けるってだけで涙が出てくる」
「まったく、美鈴は泣き虫だなあ」
「そういう兄さんも泣いてるじゃない」
「こ、これは目に汗が入っただけだ」
「雄介さんが泣いたの初めて見たかも」
「む、そうだな。
GWOを始めてから泣いたことはなかったはずだ」
「私が知ってるのは、父さんと母さんが亡くなったとき以来ね。
私がガンだって分かったときも、私の前じゃ絶対泣こうとしなかったし」
「男はそうそう泣くもんじゃないさ」
「雄介さん、私の前ならいつ泣いても良いですからね」
「それもどうかと思うんだがな」
「兄さん、薬を手に入れてくれて、本当に有り難う。
それに今まで支えてくれて、本当に感謝してる。
カサンドラさんも協力してくれたんですよね。
有り難うございます」
美鈴は深く頭を下げた、雄介に向けて。そしてカサンドラに向けて。
「まあ、これくらい当然だ。
家族なんだからさ」
「いえいえ、頑張ったのは雄介さんですから」
「でも、カサンドラさん、兄さんとの交際認めたわけじゃないですからね」
美鈴がにっこりと笑って宣戦布告をした。
「美鈴さん、結婚式には出席して下さいね」
カサンドラもにこにこ笑って返事をした。
「ちょ、カサンドラさん、結婚の話はまだ決まってないはず」
「へえ、まだ、なんだ」
美鈴の視線が零下200度の冷気を帯びている。
「む、決まってはいないが、いつかはしたいと思ってるぞ」
雄介が美鈴の冷気に押されながらも答えた。
カサンドラは内心飛び上がって喜んでいるが、美鈴の手前、抑えている。
だが、口元が緩むのは抑えようがなかった。
「私は認めないんだからね!」
こうして美鈴がガンになって以来の兄妹喧嘩が始まったのだった。
雄介はこうして兄妹喧嘩ができることすら嬉しくて仕方がなかった。
カサンドラは兄妹喧嘩を微笑んで見守っていた。
「兄さん、この薬を手に入れるまでどんなことが有ったのか教えて」
「その薬を飲んだ以上、美鈴もGWOの関係者扱いになるらしい。
だから話すのは構わないが、人には言うなよ」
「勿論。それに言っても信じる人は居ないでしょ」
「まあね。
美鈴の回復が証拠になるんだけど、それは対策されてるしね」
雄介はこの3ヶ月に有ったことを順番に話していった。
神との契約、カサンドラとの出会い、ダークテンペストとの契約、アラドの町での出来事、王都での王たちとの謁見、カサンドラとの再会、弟子ができたこと、アスタナ共和国とハッセルト帝国の話、そして10000ポイントを突破したことを述べた。
ちなみにティアナやルカ、ロベリアのことは名前は出したが、関係については特に触れなかった。
特にロベリアとの関係は仲間なのか、恋人になりうるのかまだ雄介自身答えは出ていなかった。
今後、万一グランデ教と対立する状況に陥った場合にロベリアがどちらにつくのか現状では判断ができない。
ロベリアの優先順位が決定するまでは、深い関係にはならないよう気をつけている。
話が一段落すると、美鈴がため息をついた。
「兄さんが段々逞しくなっていたから薄々感じていたけれど、本当に危険な戦いをしていたのね。
ビル並みの巨人とか鉄より堅いドラゴンとか、一体どんな世界なのよ。
兄さんってどれくらい強いの?」
「地球上だと魔法が使えないし体力的にも弱体化してるからなあ。
剣があれば2mくらいの熊なら倒せる自信があるぞ。
ライオンや虎はちょっと自信ないかな。
1対1で予想勝率70%くらい。
金剛鉄の太刀とかこっちじゃ手に入らないしね。
向こうの世界なら、鉄より堅いドラゴンを一刀両断するくらいになってる」
美鈴はそれを聞いて唖然としていた。
カサンドラは、それくらいやりそうだなあと思っているが口を出さなかった。
「自分の兄が熊殺しなんて……。
そんな怖いことしないでね」
「銃刀法違反になるから剣を持って森に入ったりできないだろう」
「そういう問題じゃないでしょ。
はあ、普通のサラリーマンだった兄さんがある意味別人になってる」
「別人ってそこまでじゃないぞ。
まあでも、色々変わったとは思うけどな」
「ええ、私から見ても雄介さんは変わりましたよ」
「え? どの辺が変わったかな?」
「凄くかっこよくなりましたよ。
単純に強くなっただけじゃなくて、精神的にもずっと逞しくなってます」
イギリス人、というか西洋人は一般に日本人より率直に意見を述べる。
褒めるときはストレートに褒めるのである。
カサンドラの言葉に雄介も美鈴も照れてしまった。
「そ、そうなんだ。自信が付く言葉だね」
「もう、惚気話は2人のときにしてよ。
ねえ、100万ポイント貯まるまでは続けるのよね?」
「ああ、そうだな。
(100万ポイント貯まった後はのんびりプレイで続けるだろうけど)」
「じゃあ、私もGWOのプレイヤーになれない?」
次回の投稿は明後日0時となります。
サブタイトルは「美鈴の希望」です。




