第36話 迷宮 (2)
○68日目
「雄介さん、折角の魔法具が手に入らず、残念でしたね」
「いつの間にやら勇者の名前に甘えてたみたいだね。
それに、日本との感覚の違いが分かってなかった。
反省すべき点だね」
「帝国の人たちはまだ休戦中の認識なんですね。
スラティナの人たちはもう終わったことだと思っているのに。
魔法具の入手が難しくなりましたけど、どうします?」
「まずはLV上げと魔石集めで良いよ。
そして他の迷宮都市で魔法具への加工を頼むよ。
最悪の場合、皇帝と交渉して手に入れるかな。
昨日の魔石は王都のギルドマスターに渡して研究してもらうことにした。
まあ、魔石をスラティナ王国に持って帰っても魔法具にするノウハウがないから当分は研究中だろうけどね」
「じゃあ、今日も迷宮探索を頑張りましょう」
スラティナ王国とハッセルト帝国との戦争は120年前、63年前そして12年前に行われている。
毎回、ハッセルト帝国からの布告で始まっており、12年前の戦争は半年続いて休戦協定が結ばれたが、平和条約締結には進んでいない。
スラティナ王国の人々の大半は、いつかは攻めてくるだろうが12年前の戦争はもう終わったという認識を持っている。
だが、ハッセルト帝国の人々は飽くまでも休戦中に過ぎないと思っているようである。
少なくとも雄介が会話したエリスタの人々はそうであった。
昨日雄介は魔法具専門店に行ったあと、酒場に行きエリスタの人々の戦争認識について情報収集に努めていたのである。
雄介達は迷宮1階層奥へとテレポートした。
雄介の火球が辺りを照らしていたが、少し離れれば真っ暗だった。
近くに魔物は居なかったが、迷宮はまぎれもなく魔物の世界であった。
ここで気を抜けば容易く命が失われる、そう迷宮の空気が告げていた。
「2階層に進むぞ。
俺とリセナスが前衛、トゥリアとクラノスは中衛、カサンドラさんとロベリアは後衛のまま進むよ。
クラノスは罠の警戒を頼むよ」
2階層に降りると、魔物の発する気配が一段と強くなったことが肌で感じられた。
雄介がマジックサーチを使い、魔物の位置を把握する。
「拙い!
トレイン状態の冒険者が居るぞ。
こっちに向かってる。
魔物が数十匹だ。気をつけろ」
迷宮の奥から足音が聞こえてきた。
松明の明かりが見え、やがて5人の冒険者が走ってくるのが分かった。
冒険者は皆傷を負っており、ボロボロの防具を身に纏っていた。
その後ろから続々と魔物が追ってきている。
Cクラスのウッドゴーレムが15匹、Bクラスのストーンゴーレムが8匹、Aクラスのメタルゴーレムが5匹であった。
更にその奥にはSクラス並の魔力を放つリッチが居た。
どうやらこのリッチが錬金術を使い、ゴーレムを作り出していたらしい。
リッチは知能が高く、冒険者たちが何かその逆鱗に触れたのだろう。
「あいつらを助けるぞ。
弟子たちでウッドゴーレムとストーンゴーレムを担当。
俺がメタルゴーレムを受け持つから、カサンドラさんはリッチの相手を頼む」
「「「「「はい」」」」」
雄介が逃げてきた冒険者たちに声を掛ける。
「お前たち、いま助けにはいるぞ。
その様子じゃ戦力にはならないだろう。
逃げても1階層で他の魔物につかまる。
後ろで休んでろ」
「マジか。恩にきるぞ」
「しかし、あの数の魔物相手に大丈夫なのか?」
「まあ、見ていたら良いさ」
雄介が韋駄天を使うと、冒険者たちの目には消えたようにしか見えなかった。
一瞬後メタルゴーレムの頭上に現れると、金剛力を発動させ真・天竜落撃でゴーレムの頭から股間に至るまで真っ二つにした。
それを見たリッチが愕然とする。
「バカな。そのゴーレムはミスリルでコーティングしているのだぞ。
並の剣では傷1つ付かぬはず」
「水晶竜牙の太刀を並の剣と一緒にするな」
「余所見をして隙だらけですよ」
カサンドラがリッチへの距離を詰め、ホーリーヒールをかけた。
アンデットであるリッチには回復魔法はマイナスの効果を発揮する。
ホーリーヒールを受けた左腕の骨にヒビが入り、やがて砕け散った。
その時リッチは右手に漆黒の魔力を集め、ブラックエクスプロージョンを使った。
黒き爆炎がカサンドラを襲い、辺りに爆音が響き渡った。
「わっはっは。
やったぞおおお」
「この程度で倒したつもりですか?」
爆炎がかき消されると、その向こうに無傷のカサンドラが現れた。
複合魔法を覚えたことで、同時に2つの魔法を発動できるようになっていたのである。
ホーリーヒールと同時にガイアシールドで身を護っていたのだ。
「これで止めです」
「待て。そのリッチは殺すな。
利用価値がある」
「え? ええ、分かりました」
カサンドラはリッチが死なない程度に攻撃するのだった。
リッチが敗れ、指示する者が居なくなったゴーレムは1匹また1匹と倒されていった。
ゴーレムは全滅させ、リッチは拘束した。
「……わしをどうするつもりだ?」
「リッチよ。
ゴーレムを作る技術があるなら、魔法具も作れるのではないのか?」
「魔法具だと!?
魔物であるわしに作れというのか?」
「作れるなら、その命助けてやるぞ」
「………わかった。
作ってやろう」
「ああ、今日からお前は俺の下僕だ」
「な、それは話が違う」
「違わない。
命は助けるし、今後ずっと作らせるだけだ」
「くそっ」
「(あのう、魔物と約束しても大丈夫ですか?)」
「(ああ、魔法具専門店で隷属の首輪があったからな。
昨日以外の店で弟子の誰かに頼んだら買えるはずだ)」
「(隷属の首輪……ですか。
うぅ、あまり良いとは思えませんが魔物相手なら仕方ないですね)」
隷属の首輪とは、相手に奴隷契約をさせる首輪である。
人間か言葉が通用する程度以上の知能のある魔物に効果がある。
相手の合意がなければ付けることはできないが、付けたものには絶対服従・主への攻撃不可・自殺不可・首輪除去行為不可が強制される。
ただし、強力な魔物には相応の強力な魔力を持った者でなければ契約はできない。
人間相手に脅して隷属の首輪を付けることは当然犯罪であるが、使用する人攫いは後を絶たない。
カサンドラとリセナスがテレポートで町に戻り、リセナスが銀貨30枚で隷属の首輪を買ってきた。
冒険者達は名前と宿泊場所を確認して町へと戻った。
あとで助けた報酬として何らかの情報を提供してもらう予定である。
「では、奴隷契約をするぞ」
「頼む。何とか奴隷契約は許してもらえないか?」
「リッチよ、お前は今まで多くの人の生命を奪ってきた魔物だろう。
魔物の世界は弱肉強食だ。
負けたものがガタガタ抜かすな」
雄介は目に殺気を込め全身から闘気を立ち上らせ、リッチを威圧した。
断れば殺されると実感したリッチは頷いたのだった。
雄介はリッチに首輪を付け、命令した。
「リッチよ、この滝城雄介が名前を授ける。
お前の名はレギルだ」
「ははっ」
「レギルよ、今後一切の人間への攻撃を禁ずる。
ゴーレムなどの間接的手段によるものも当然禁止だ。
また、俺達に関する情報は口外してはならない。
まずは遠距離との通信ができる魔法具を作れ。
どの程度の距離までの物ができる?」
「魔石次第です。
Aクラスの魔物が持つ魔石ならいくつかストックがありますが、600kmほどまでです」
「良いだろう。
Sクラス以上の魔石は俺達が取ってくる。
お前はAクラスの魔石で連絡用の魔法具を作っておけ」
「はい」
レギルの住処を確認し、雄介達は迷宮探索を続けるのだった。
レギルの住処では溜め込んでいたミスリルを受け取った。
あとでステータスを確認してみると、雄介の称号に「レギルの主」が追加されていた。
そして3日後、雄介達は5階層を歩いていた。
武器1つと3つの防具が見付かり、迷宮での戦いにも慣れてきた頃だった。
前方から重たい足音が地響きとともに聞こえてきた。
Sクラスのギガンテス2匹が現れたのだ。
ギガンテスはフォレスト・ジャイアントと同じ巨人である。
緑色の1つ目をした蒼い身体をしており、高さは12mほどだった。
肩幅の広い逆三角形の体型で、その腕力は容易くマンションでも破壊するだろう。
長さ6mほどの金属性のハンマーを持っていた。
そのハンマーはどう見てもトンに至る重さを持っているだろう。
ギガンテスは叫び声を上げハンマーを振りかざし、地面に叩きつけた。
地響きが起き、地面が3mほども陥没していた。
全員が避けることができたが、万一直撃していたらリセナスでも潰れていたはずだ。
2匹のギガンテスがむやみやたらにハンマーを振り回していた。
それはまるで小型の台風のようで、近寄ることさえも出来なかった。
だが、危険を冒してまで近寄らずとも他の手段があった。
カサンドラがアイシクルディザスターを放ったのだ。
数百本の氷の柱が、しかも1つ1つが破城槌のような大きさで飛び出し、極寒の冷気を纏ってギガンテスに突き刺さっていった。
最初のうちはギガンテスもそのハンマーで氷を打ち砕いていたが、やがては全身が傷だらけになり凍りつき動かなくなっていた。
「やったのでしょうか?」
「……いや、まだ魔力を感じる!」
ギガンテスを覆っていた氷にヒビが入っていく。
「GIGAAAAAAAAA」
怒りに燃えるギガンテスが絶叫し、氷が砕け散った。
だが凍りついていた隙を見逃すような弟子たちではなかった。
リセナスが金剛力を使い、魔斧ロードオブアックスでギガンテスの右腕を切り落とした。
トゥリアは双撃影隠斬でもう1匹の目を真っ二つにした。
クラノスは数十本の矢で全身を射抜いていた。
ロベリアはギガンテスの攻撃があれば、いつでもゾディアックウォールを使える準備をしている。
そして雄介がギガンテスの首を切り落として決着した。
このギガンテスからは特大の魔石が見付かった。
レギルの住処に行くと、これなら1500kmほども届く連絡用の魔法具が作れるということだった。
3日前に頼んだ魔法具は完成しており、これは帝国に居るあいだはレギルとの連絡用に使うことになった。
連絡用の魔法具は2つがセットになっており、お互いに会話することができるトランシーバーのような物だ。
セットになっている物以外では会話は不可能であり、盗聴の危険性はかなり低い。
「今日はここまでにしようか。
今日のステータスは、と」
滝城雄介
LV48
HP:SS MP:SS 筋力:SS 体力:SS 敏捷:SS 技術:SS 魔力:SS 精神:SS 運のよさ:評価不能
カサンドラ・ディアノ
LV33
HP:A MP:SS 筋力:D 体力:S 敏捷:S 技術:S 魔力:SS 精神:SS 運のよさ:S
盾戦士のリセナス・ペンフィールド
LV:43
HP:S MP:B 筋力:S 体力:S 敏捷:B 技術:A 魔力:B 精神:B 運のよさ:C
双剣士のトゥリア・カスカベル
LV:46
HP:A MP:B 筋力:A 体力:A 敏捷:S 技術:S 魔力:B 精神:B 運のよさ:B
弓兵のクラノス・アリケメス
LV:43
HP:B MP:A 筋力:B 体力:B 敏捷:A 技術:S 魔力:A 精神:A 運のよさ:B
司祭のロベリア・アルベナル
LV:42
HP:C MP:S 筋力:E 体力:B 敏捷:B 技術:B 魔力:S 精神:S 運のよさ:A
「ふむふむ。
この4日間で、俺はLV2UPでMPと精神がSSに、カサンドラさんが3UPで技術がSに上がったね。
それからリセナスが4UPでHPがSで体力がSに、運のよさがCに上がり、トゥリアが3UPでMPがBで精神がBに、クラノスが4UPで精神がAに、ロベリアは4UPで敏捷がBで運のよさがAに上がってるよ」
「雄介さんが遂に運のよさ以外がオールSSになりましたね」
「まあ、SSの下級だけどね」
「わしの前衛としての力量はまあまあになりましたな」
「まあまあどころか、あたしやリセナスは上手く戦えばSクラスとも渡り合えるようになってきてるわね」
「僕の魔法の付与の威力も段々上がってきていますよ」
「私はあまり目立たないですね。
それなりに体力は付いてきましたけど」
「ロベリアはヒーラーだから強敵と戦うときの生命線だよ。
5階層からはSクラスの魔物が多く出てきそうだから、気をつけてね」
「はい、雄介様」
次回の投稿は明後日0時となります。
サブタイトルは「SSクラスの魔物」です。




