第3話 雄介のステータス
○1日目
雄介はまた恐ろしく広い荒野に立っていた。
しかし、頭上を見ると前回と違い雲一つない青空が広がっているのだった。
老人も他の人も見えず、雄介は周囲を歩き回ってみた。
「契約して早々、もう来たのですか。
随分とまあ、早いことですね」
雄介は突然声を掛けられ後ろを見ると、黒いローブを身に纏った女性が立っていた。
芸能人でも珍しいほどの美貌を持つ、肩下までの金髪碧眼の妙齢の女であった。
眼鏡の奥の瞳は冷たい光を放っており、雄介はうかつに近づけば火傷で済まないという印象を受けるのだった。
年齢は同世代に見えるのだが、どうにもタメ口は使えそうに無かった。
「あなたは昨晩……というより今朝契約したばかりの滝城さんですね。
私は神の従者を務めます、カサンドラ・ディアノです」
「あ、はい。
ディアノさん、とお呼びすれば良いでしょうか」
「ええ、それで良いでしょう。
早速ですが、ゴッズ・ワールド・オンラインのチュートリアルを始めますか?」
「あの、それがですね。
まず試しにログインしてみただけで、先に片付けなければならない用事があるのです。
すみませんが、一端ログアウトしても良いでしょうか?」
「あら、ログインして3分でログアウトですか。
最短記録更新ですよ。
次はもう少し余裕を持ってログインして下さいね。
私も暇ではないのですから」
カサンドラの皮肉が雄介の胸に突き刺さる。
「本当にすみません。
今日中にもう一度ログインできると思います。
その時はチュートリアルお願いしますね。
ゴッズ・ワールド・オンライン ログアウト」
そうして雄介はまた自分の部屋に戻ってきたのだった。
ログインした位置と同じ場所に立っていた。
雄介はスーツに着替え、出社した。
退職届を提出するためである。
本来、退職届を提出した当日に退職するのは無茶な話なのだが、強引に押し切った。
妹が末期ガンになり、余命幾ばくも無いため一緒に居てやりたいと説明すると何とか納得してくれたのである。
一日で仕事の引継ぎを終わらせて、夕方には病院に向かった。
雄介が病室に入ると、ベットに横たわっていた美鈴は驚いた顔をした。
いつもの見舞いの時刻より随分早かったためだ。
そして美鈴は雄介の様子を見て、敏感に何か大きな出来事があったことを感じ取った。
それは何かしら喜ばしいことであったようだが、どこか不安や恐怖を感じていることまで見抜くのだった。
「兄さん、いつもは仕事が終わってから来るのに、今日はまた随分と早いのね。
何か私に話したいニュースがあるのかしら」
「美鈴には直ぐに見抜かれてしまうみたいだね。
とても大事な、良い知らせが有るんだ。
でも、かなり突拍子も無い話だから、落ち着いて聴いて欲しい」
「ええ、分かったわ。
さあ、どうぞ」
「昨晩、俺は不思議な夢を見たんだ。
その夢のなかで、老人に出会った。
見た感じ80代くらいで、元気そうな見知らぬお爺さんだった」
「夢に見知らぬ人が出てくるのって珍しいわね。
夢は記憶の組み合わせで見るものだから」
「そうだね。
そのお爺さんが、自分は神様だって名乗ったんだ。
俺は驚いてしまってね、もし神様なら妹を助けて欲しいって頼み込んだんだ。
夢の中とはいえ、土下座までしたんだぞ」
雄介がちょっとおどけた調子で言った。
「くすっ面白い話ね。
兄さんのそんな姿、私も見てみたかったわ」
「美鈴の前で、土下座姿はあまり見せたくないなあ。
お爺さんは、ワシの言うことを聞くならどんな病気でも治す薬をやっても良いって言うんだよ」
「もう、兄さんってばそんな夢を見るなんて…。
恥ずかしい人ね。
都合が良いにも程があるでしょうに」
「まあまあ、最後まで話は聴いてくれよ。
それでお爺さんに、俺は何をしたら良いのか聞いたらさ。
お爺さんが自分でゲームを作ったから、そのゲームをテスターとしてやってみて欲しいって言うんだよ。
そして、そのゲームで1万ポイントの得点を集めたら、その薬をくれるってわけさ。
(ガンの治療薬以外の報酬については今の時点で話す必要はないだろうな)」
「ゲームをするだけで、そんな貴重な薬をくれるなんて良い人ね。
というか、どれだけ詳しい夢なのよ。
兄さんの創作話じゃないの?」
「いやー、本当にそういう夢を見たんだよ。
ところでそのゲームはMMORPGなんだけど、MMOって知ってる?」
「RPGってドラ○エやFFとか、そういうのでしょ?
MMOは知らないけど……そういえばクラスの男子がそんな話をしてたかも」
美鈴は高校生であり、今は休学中である。
「RPGが分かるなら、それで良いか。
そのゲームは限りなく現実に近いRPGなんだよ。
そしてテスターの契約をした後で、夢から覚めたんだ。
さて、ここからが本題だ」
急に雄介の雰囲気が変わった。
にこやかな笑顔で話していたのが、真剣な表情を浮かべていた。
「……兄さん?
どうしたの?」
「俺は目が覚めると、その限りなく現実に近いRPGが出来ないか試してみた。
すると、実際にそのゲームの世界に入ることが出来たんだ。
明らかにそこは地球とは異なる世界だった」
「うーん……兄さんがふざけて言ってるんじゃないことは、私分かるわ。
それでもちょっと……寝ぼけていたとかじゃないのよね?」
「勿論だよ。
100%本気の話だ」
「そういえば、そのゲームの名前って何ていうの?」
「(契約でゴッズ・ワールド・オンラインって言えないんだよね)
えっと、GWOって言うんだよ」
「GWOなんてゲーム、全然聞いたことないし、明らかに略称ね。
私の前でゲームをすることは出来ないの?」
「契約内容に接触するから出来ないんだ。
ゲーム内容もごくごく基本的なことしか話せないしね。
それに、向こうの物を持ってくることも出来ないようになっている」
「それって、まともに説明する気が無いって言ってるように感じるんだけど。
う~ん、半信半疑というか、二信八疑という感じだけど……兄さんの言うことだからとりあえず信じてみる。
というか、一旦信じたことにしないと話が進まなそうだし」
「俺の話だけでこんな話を全面的に信じられたらその方が不安だし、それで良いよ。
それで、美鈴に了承しておいてほしいのは、そのゲームで1万ポイントを取るまでは美鈴の見舞いに来るのが少なくなるってことなんだ。
(デスゲームや仕事を辞めたことは今の時点じゃ話せそうにないなあ)」
「兄さんが私の見舞いよりも優先するなんて、そのゲームによっぽど入れ込んでるのね。
はあ、大丈夫なのかしら」
少し大げさにため息をつく美鈴だった。
「俺ってそんなに信用ないのかな。
ちょっと落ち込むよ」
「兄さんって冷静なことが多いけれど、一度何かに熱中したら突っ走るタイプでしょう。
冷静なときは信頼できるけど、突っ走ってる時は心配が絶えないわよ」
「う、思い当たることが色々と…」
雄介のこの性格は、戦闘で危険な時でもなかなか逃げようとしないという形で現れるのである。
「兄さん、話せる範囲で良いから、いつかちゃんと話してね。」
「ああ、それは約束する」
その後、雄介はたわいのない日常の話をして病室を後にした。
雄介が立ち去ったのを確認した後、美鈴はこらえていた涙が出てくるのを感じた。
タオルで顔を隠し、しばらくの間、泣き続けるのだった。
どんな病気でも治る薬、限りなく現実に近いRPG、地球とは異なる世界、非常識そのものの話だったが、おそらくはその全てが本当の話だと美鈴は感じ取っていた。
あの優しい兄が今の状況で自分に嘘をつくことは考えられなかった。
どう考えても、何が起こるか分からない危険な世界だとしか思えなかった。
縋りついて止められるものなら、美鈴は雄介に抱きついていただろう。
だが、雄介の態度の裏には強固な決意を感じていた。
それなら、何も知らない振りをして雄介を送り出したほうが良いと美鈴は考えたのだった。
雄介はしばらくの間、家を空ける準備をした上で、夕食後再び例の台詞を唱えた。
「ゴッズ・ワールド・オンライン ログイン」
荒野に立つと、辺りは夜だった。
どうやら昼にログインするとGWOの世界も昼であり、夜にログインするとGWOの世界も夜のようだった。
星空を眺めてみると、雄介が知っている星座は何一つなかった。
改めて、異世界に来たのだなあと感じた雄介は、ふとこの世界にも北極星はあるのだろうかと思いついた。
冒険をする上で方角の確認は必須事項だからである。
「星が好きなのですか?」と、美しい声が響いた。
雄介が声の方を向くと、今朝よりも機嫌の良さそうなカサンドラがそこに居た。
「こちらの世界は、一般に地球より星が良く見えるんです。
滝城さんは日本の人でしたね。
日本は特に星が見づらい場所ですから」
「確かに、満天の星空ですね。
日本でこれほどの多くの星々を見たことは無いですよ」
GWOの世界は精々ガス灯までの明かりしかないため、全体的に暗く、星は良く見えるのだった。
「ところで、ディアノさん、こちらの世界での北極星は分かります?」
「方角を知るため、ですね。
GWOの世界でも星々が北極星を中心に東から西に回るのは同じなんですよ。
もっとも星座は違いますけどね。
後で北極星の見つけ方を紙に書いて渡しますよ」
「有り難うございます。
えらく機嫌が良さそうですけれど、何か良いことが有ったのですか?」
今のカサンドラは朝とは別人のように親切である。
少し恥ずかしそうに答えた。
「実は私は低血圧でして、寝起きはいつもああなるのです。
朝の7時にログインして3分で落ちるなんてひどいですよ、もう」
「あ、ひょっとして俺がログインしたせいで起こしてしまったとか?
申し訳ありません、気が付かなくて」
「いえ、一応起きてたんですけれど、朝の身だしなみもまだでして。
仕方がないので、魔法で片付けたんですよ」
「魔法ですか、便利ですね。
俺もLVUPしたら、魔法覚えるんですよね?」
「身だしなみの魔法はどうか分かりませんが、何かしらは覚えますよ。
こちらだと、10歳の子供でも、マッチの火程度の魔法は普通ですから。
それにチュートリアルでいくつかの魔法は覚えられますから」
「へー、それは楽しみです。
そろそろ、チュートリアルお願いできますか」
「分かりました。
こちらをご覧下さい」
そう言いながらカサンドラは、ローブの中からA4サイズ程度の本を取り出した。
収納魔法のようなものも有りそうだと感じた雄介だったが、何も言わず本を受け取るのだった。
最初のページを開くと「第1章 自己のステータスの確認」と書かれていた。
「最初に現時点の強さは把握し、成長の方向性を見ます。
次のページを開いて、『ステータス』と唱えてみて下さい」
次のページを開くと、全くの白紙だった。
しかし、雄介が「ステータス」と唱えると、そこに文字が浮かび上がってくるのだった。
滝城雄介
LV:1
年齢:22
職業:無職
HP:185 (E)
MP:48 (E)
筋力:31 (E)
体力:41 (E)
敏捷:34 (E)
技術:12 (E)
魔力:0 (F)
精神:24 (E)
運のよさ:-666 (評価不能)
BP:20
称号:プレイヤー・βテスター
特性:なし
スキル:自動翻訳
魔法:なし
装備:綿の服
所持勇者ポイント:0
累計勇者ポイント:0
それを見た2人は叫び声を上げた。
「は? なんじゃこりゃーーー!!」
「え? え? ええーー!!」
「運のよさ:-666って何?
評価不能ってどういうこと?」
「私もこんなの見たこと無いですよ。
ステータスって本来0から始まるんですよ。
評価不能ってことは……前代未聞という意味のはずです。
神様の作ったシステムで前代未聞ってことは、歴史上唯一ってことです。
つまり、滝城さんは世界一の不運者ってことです」
その時、ステータスの表示が変更されたのだった。
称号:プレイヤー・βテスター・世界一の不運者
「滝城さん……世界一の不運者だって、公式に認定されたみたいです」
「そんなバカな話があるかよ。
何とか認定取り消しとか出来ないの?」
「うーん、BPを全部運のよさに割り振っても-646ですからね。
焼け石に水だと思います。
当分の間LVUPのBPを全部運のよさに振ったら何とかなるかもしれませんけど……。
LVは中級者になってもステータスは初級者のままってことになりますね」
BPとはBonus Pointのことで、ステータスを上げることが出来るのである。
LV1UPのたびに20のBPが得られるのだ。
「もしそんなことしたら、8ヶ月で勇者ポイント1万って無理だよね?」
「え、8ヶ月で勇者ポイント1万ってどういうことです?
普通にプレイしても、相当難易度の高いポイントですからね。
BPの運のよさ全振りなんてしたら、達成は絶対不可能です」
「うわー、マジかよ。
俺どうしたら良いんだ。
美鈴を助ける方法って何かないのか」
「ミスズ?
何か事情がありそうですね?」
雄介はカサンドラにGWOの契約をしたいきさつを説明するのだった。
雄介はパニックに近い状態だったが、話しているうちに気持ちを落ち着かせた。
「そういう訳で8ヶ月で勇者ポイント1万を集めないといけないんです」
「雄介さん、さっきはタメ口だったのに、また敬語に戻ってますよ。
タメ口で良いですよ、雄介さんの方が年上ですし。(一つだけですけどね)
呼び方もカサンドラで。
私、決めました。協力します。
勿論管理者補助の立場が許す範囲では有りますけど、それなりに力になれると思います」
「えっ、それは凄く嬉しいよ。
他のプレイヤーの協力者は簡単には見つからないそうだし、困ってたんだ。
カサンドラさんが手伝ってくれるなら、凄く助かるよ。
でも、どうしてそんな急に協力する気になったの?
(雄介って呼んでるよ、おい)」
カサンドラは雄介に言われて顔を赤く染めていた。
「こう言っては何ですが、プレイヤーの皆さんって欲の強い人が多いんですよ。
命の危険が有るのにそれを承知で契約する人って、そうまでして欲しい物があるわけでしょう。
それに、管理者補助の私と仲良くなったら有利だって思ったのか、あの、ナンパする人が多くて……。
あ、でも、神様が面接して契約してますから、おかしな人は居ないんですよ。」
ある程度条件を満たした人しか夢の中で神と会うことは出来ないのだ。
条件とは、①命をかけても叶えたい願いがあること ②悪人(平気で犯罪を犯すような人)ではないことである。
その上で神が面接をして、気に入った人だけが契約できるのだ。
「まあ、それは確かに」
「そんな中で、妹さんのために命がけで頑張ろうなんて人は初めてで。
雄介さんは絶対無事に妹さんの元に帰さないとって思ったんです。
雄介さんの運のわるさ、普通にプレイしていたら確実に死にますから。
(それに、私のこと全然嫌らしい目で見なかったし)」
雄介は初めて会った時、不機嫌極まりないカサンドラを見て下心を持つ余裕はなかったのだ。
「一応ステータスの確認は終わりましたし、次に進みましょうか。
その本の次のページを見て下さい」
雄介が本をめくってみると「第2章 幻獣の選択」と書かれていた。
「次は自分の幻獣を選びますよ」
次回の投稿は明日0時となります。
サブタイトルは「幻獣の誕生」です。
雄介のパートナーの初披露です。