第16話 悪魔の国
○29日目
「……大変じゃ。
これは大変なことになるぞ」
ギルドマスターは震えていた。
「よほどのことがあるようですね。
教えて貰えませんか?」
「だが、うむどうするかのう…。
勇者である君には言うべきじゃろうな。
下級悪魔はAランクの魔物の中でも上位の魔物じゃ。
じゃが、その上が居るのじゃ。
大型悪魔はSランクの魔物とされる。
下級悪魔を数匹倒すよりこいつ1匹を倒す方が困難じゃろう。
そして上級悪魔はSSランクの魔物なのじゃ。
おそらく今の君がこいつと出会えば瞬殺されるじゃろう。
それほどの化け物じゃ。
その上…」
「…その上、何ですか?」
「その上に悪魔王がおる。
化け物中の化け物でな。
ランクが分からないのじゃ」
「ランクが分からない?」
「そうじゃ。
今まで悪魔王を倒した記録はない。
じゃから、強さの底が分からずランクを定めることができん。
確実に言えるのは、SSランク冒険者より強い、ということじゃ」
「SSランク冒険者より…。
確かにそれは脅威ですが、下級悪魔1匹が居たからって他の悪魔が居るとは限らないでしょう。
実際、マジックサーチで周囲を調べても他の悪魔は見付からなかったのですから」
「だと良いんじゃが。
下級悪魔を見つけた位置はどこじゃな?」
「アラドから北東に40kmの山の中です」
「アラドは王都から西に500kmほどの場所にある町じゃったな。
西の国境からはそう離れておらん。
西の…アスタナ共和国から」
「アスタナ共和国は確かSSランク冒険者のドラゴンライダーが居る国だそうですね」
「いや、今はおらん」
「今はいない…ってまさか」
「悪魔の国、悪魔に支配された国とはアスタナ共和国じゃ。
たった1週間。
先月、たった1週間でアスタナ共和国は悪魔に敗北し支配されてしまったのじゃ。
数十匹の悪魔どもとその配下の数千の魔物の攻撃によってな。
SSランク冒険者のドラゴンライダーもその時に死んだそうじゃ」
「本当に死んだのですか?」
「う~む、正確には悪魔王の大魔法を受け、消えてしまったそうじゃ。
骨も残らんかったというぞ」
「(プレイヤーならログアウトした可能性があるな。飽くまで可能性だが)
そうですか。
とにかく、SSランク冒険者でもかなわないというのは事実のようですね」
「そうじゃ。
そして絶望的なことにわが国の戦力はアスタナよりも数段劣るのじゃ。
SSランク冒険者はおらんし、Sランク冒険者が3人居るだけじゃ。
アスタナはSSランクが2人、Sランクも10人を超えておったんじゃぞ。
スラティナは兵士の中にも……いや、1人だけおるかもしれん。
あの男ならSSランクに匹敵する強さを持っておるだろう。
まあ、それでも国の総合的な戦力ではアスタナに劣るのは事実じゃが」
「あの男?」
「ドンムント将軍じゃ」
「ドンムント将軍はスラティナ王国最強の戦士と聞きましたが」
「そうじゃな。
冒険者でいえばSSクラス相当じゃろう」
「将軍以外の兵士の戦力はどうなっているのですか?」
「大隊長はA~Sクラス、中隊長はBクラス、小隊長はCクラスが目安じゃ。
大隊長は5人しかおらんぞ」
将軍ブルゴス・ドンムントは軍事の最高責任者であり、スラティナ王国最強の戦士である。
質実剛健の武人であり、その強さはSSクラス冒険者に匹敵する。
その下に、大隊長・中隊長・小隊長がいる。
平均的な強さの目安は大隊長がA~Sクラス相当、中隊長がBクラス相当、小隊長がCクラス相当と言える。
この国の常備軍は約10000人であり、有事の際には国民から招集されるのである。
「となると、スラティナの全戦力はアスタナの半分かそれ以下でしょうね」
「う~む、そんなところじゃろうな。
それに今の国王様では戦争時に国を束ねていくことはできん。
宰相は将軍の足を引っ張るばかりじゃろう。
あの、出しゃばりめが。
悪魔から本格的な攻撃があれば、3日ともつまい」
「3日と言われますが、国は広大です。
流石にそこまでは…。
いや、王都だけを狙えば…可能なのか」
「強大なアスタナ共和国がたった1週間で敗北した理由、それはテレポートにあるのじゃ。
一般に他国からの侵略は国境線から段階的に内部に侵攻する。
じゃから、ある程度時間がかかるしこちらも準備しやすい。
じゃが、悪魔たちは大型悪魔以上は皆テレポートが使えるらしい。
そのため、アスタナは首都に突然の集中攻撃を受け、1週間で滅びたのだ。
首都の大半の人が亡くなったという。
首都以外の町の人は皆奴隷にされたそうじゃ」
時空魔法は魔力の密度を高めることで時空の歪みを作り出し、コントロールする魔法である。
必要な魔力量、魔力の操作精度共に、精霊魔法とは桁違いに高度な魔法だ。
魔力・精神が少なくともAランクが必要であり、出来ればSランク以上が望ましいとされる。
時空魔法のテレポートは自分の行ったことのある場所でよく覚えている場所ならどこでも移動できる。
魔力の消費が激しく、あまり大人数を連れての移動はできないから大量移動には向かない。
大人数、遠距離ほど大量の魔力が必要になるのだ。
「それなら隣国のアスタナが滅びたという情報を、Aクラス冒険者の俺やアラドのギルドマスターですら知らなかったというのは無茶苦茶じゃありませんか。
もし悪魔の危険性が認識されていれば、下級悪魔を見つけた時点で王都に至急の連絡をしていましたよ」
雄介は憤懣やるかたないといった調子でギルドマスターに抗議した。
ギルドマスターは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「会議の席で将軍は各地のギルドマスターに知らせ、ギルドマスターの判断で各地の冒険者に知らせるよう主張したのじゃ。
じゃが、宰相が無用の混乱を招くから知っている者は最小限の方が良いと主張したんじゃ。
どうせ本格的な侵攻があればどうにもならんし、混乱が起きれば暴走した者が悪魔を刺激しかねないと言ってな。
そして、国王は宰相の意見を採用した。
今知っておるのは大臣以上の人間と兵士なら大隊長以上、王都ギルドの幹部だけじゃ」
「なんという、バカなことを」
人間は情報に基づいて判断する。
情報化社会に生きてきた雄介は、その重要性を当然のこととしてよく知っている。
だが、GWOの人々は情報を軽んずる傾向がある。
とはいえ、これはあまりに酷すぎた。
敵の攻撃発見の情報が1日遅れれば、戦闘準備をする時間が1日短くなるのである。
そして戦闘準備が不十分なら戦力は大幅に低下するのだ。
「悪魔がスラティナを攻めるのはいつになると思いますか?
下級悪魔を倒したのは…6日前です」
「6日前…。
なら下級悪魔は本当に単独で来ていたようじゃな。
となると、本格的な侵攻はしばらく先になるはずじゃ。
アスタナを落としたのは先月のことじゃからな。
それでも来月かもしれんし、1年後かもしれん。
悪魔の思考回路は人間と違うため、読みにくいのじゃ。
じゃが、遅くても数年以内にはあると思うぞ」
「数年以内…か。
ドンムント将軍と話し合う必要があります。
王との謁見を待っておれません。
何とか場を設けて下さい」
「分かった。
わしの紹介状があれば会ってくれるはずじゃ」
「有り難うございます。
それから、時空魔法を覚えようと思っています。
時空魔法が使える魔術師は知りませんか?」
「時空魔法を使える魔術師は滅多におらんぞ。
だが、宮廷魔術師団の団長が知り合いにおる。
そいつなら使えるはずじゃ。
紹介状を使いなさい」
「分かりました。
まずドンムント将軍に会いに行ってきます」
「うむ、またのう」
雄介は将軍の屋敷を訪ねた。
冒険者証明書と紹介状を見せると執事は将軍に取り次いだ。
ドンムント将軍は40代で筋骨隆々の大男だった。
身長は190cmほどだろう。
歴戦の勇士としての風格を備えている。
将軍はギルドマスターの紹介状を読み終えた。
「初めまして、冒険者の雄介と言います」
「俺が将軍ブルゴス・ドンムントだ。
お前が勇者候補の黒鷲のユースケか。
アスタナ共和国の惨状については聞いている。
悪魔たちによって人が虫けらのように殺されたそうだ。
悪魔の数は少なく、実際に戦った者の証言は貴重なんだ。
下級悪魔との戦いについて教えてくれ」
雄介は下級悪魔との戦闘と悪魔の戦力分析を詳細に話した。
「下級悪魔は体力的にはそれほどじゃないが、予想以上の魔力だな。
軍で戦えば大変な被害が出るだろう」
「ええ、固まった軍隊を上級魔法で狙われたら凄まじいことになるでしょう」
「俺でも悪魔王は拙い相手だ。
大型悪魔までなら何とかなるだろうがな。
雄介なら戦えると思うか?」
「(俺の運の悪さならやがて戦う時が来るはずだ)
現時点では勝ち目はないですが、やがて超えてみせます」
「ふん、良い覇気をしている。
相当修羅場をくぐり抜けているはずだ。
良いだろう。悪魔との戦いでは、勇者として協力してくれ」
「はい、勿論です」
2人は来るべき悪魔との戦争についてどのような対策をすべきか話し合うのだった。
2人の認識の一致点は、宰相が保身ばかりで問題の先送りをしていること。
そして国王がその宰相の意見ばかりに従うこと。
今のままでは悪魔に勝ち目はなく、戦力の増強が必須だということだ。
翌日、雄介は宮廷魔術師団の団長に会いに行った。
ギルドマスターの紹介状と冒険者証明書を見せれば会うことができた。
宮廷魔術師団の団長は年齢不詳の老人だった。
黒いローブを着て、白く長い顎鬚をしていた。
「テレポートを教えて貰えないでしょうか?
対価は払いますので」
「ギルドマスターのジジイに頼まれたから聞いてやろう。
時空魔法はテレポート以外にも役立つものは多いから教えてやるか。
ワシの修行は厳しいぞ」
「宜しくお願いします」
夕方になると、雄介はタキシードに着替えるとダルムシュタット伯爵家の屋敷に向かった。
伯爵家の屋敷は古めかしく歴史ある美術館のような印象を受けた。
「雄介様、来てくださったのですね」
シャロン・カルッシュ・ダルムシュタットがそこに居た。
ちなみにカルッシュとはカルッシュ地方を領地にしていることを示している。
シャロンの両親と共に晩餐に出席した。
料理は雄介が見たことがない高級レストランのようなものばかりで、正直に言えば舌に合わないという印象だった。
もっと安い食材の方が雄介にとっては楽しめるようだ。
「実は2日後に国王様との謁見があるのです。
私が勇者であるかどうかについて判定するためだそうです」
シャロンは驚いて言った。
「ええっ!
雄介様は冒険者だと聞いておりましたが、勇者様だったのですか?」
「ええ、そうです。
ただ公式に認められたものではないのであまり大っぴらに話さないようにしているのですが。
国王様との謁見は当然ながら初めてのことですので、何か注意点があれば教えて頂きたいのです」
「私もあまり経験がありませんので。
お父様、どんなことに注意したら良いでしょう?」
「雄介殿は勇者様でしたか。
謁見の場にてまず気をつけてほしいのは、宰相閣下に睨まれないようにすることです。
ここだけの話ですが、嫉妬の念が強く、人が目立つのがお嫌いな方ですので、大人しくするのが良いですね。
耳障りの良いことを言って、はいはいと従っていればあまり問題の無い方です。
あと美しい女性は国王様にも宰相閣下にも会わせないことです。
シャロンは国王様や宰相閣下が出席するパーティー等には出席させないことにしているのですよ」
言葉の端々に宰相や国王に対する嫌悪の感情が現れていた。
「勇者だと公表されれば国民の人気は大変なものとなられるでしょう。
本来ならめでたいことなのですが、宰相閣下のねたみの対象とならないと良いのですが。
おそらく様々な嫌がらせをしてくると思います。
雄介殿、ダルムシュタット家で力になれることがあればいつでも仰って下さい」
そして2日が過ぎ、国王との謁見の日がやってきた。
テレポートの取得はまだである。
しかし、ここ数日の時空魔法の修行で魔力と精神はSランクまで上昇している。
更に雄介は宮廷魔術師団の団長の協力を得て、独自魔法の開発に取り組んでいた。
雄介はスラティナ王国の貴公子の服装を着て王城の控え室に居た。
衣装は王城の使用人が用意したものである。
黒鷲を肩に乗せていた。
「仮装でもしてるみたいだなあ」
「そう?雄介かっこええよ」
「雄介様、馬子にも衣装だにゃん」
「ルカ、それ褒めてないから」
「そうなのにゃ?」
ティアナとルカは謁見には出席せず、控え室で待機である。
その時、メイドが雄介を呼びに来た。
「じゃあ、行ってくる」
「雄介、頑張ってな」
「雄介様、いってらっしゃいにゃん」
雄介が大広間に入ると、中央前方に国王、その隣に宰相が居た。
右側には大臣たちが並んでおり、値踏みしているような目で見ていた。
左側にはドンムント将軍と大隊長たちが並んでいた。
国王は玉座に座っており、50代で着ている物は豪華だが、でっぷりと肥え太ったお腹をしており、弛緩した空気を纏っている。
宰相は60代で、国王と同じくらい立派な貴族服を着ている。
猜疑心と敵対心のこもった瞳で雄介を見ていた。
雄介は礼儀正しくひざまずいて言った。
「滝城雄介、参上致しました」
次回の投稿は明日0時となります。
サブタイトルは「王との謁見」です。




