第10話 オーガとの戦い (1)
○15日目
「ティアナのお姉さんが見つかった」
その一声を聴いたとたん、ティアナは暫し茫然とし、やがて感極まって涙を流した。
「ほんま? ほんまに見つかったん?
ううぅ、お姉ちゃん……。
ねえ、今どこに居んの?
お姉ちゃんは元気にしてるん?」
「マシュハドという町に居るそうだが…元気とは言えない。
頭のケガで昏睡状態が続いてるそうだ」
「昏睡状態……。
マシュハドって、うちが住んでた町の隣の町やん。
何でそんなところに…。
お母ちゃんのことは分からへんの?」
「お母さんは見つかってないんだ。
詳しい話はまだ分からないから、まずマシュハドに行こう。
直ぐに移動するから、町の外に出るよ」
「マシュハドまでは馬で…3日くらいや。
ギルドに休みを申請して、荷物の準備せな」
「1時間足らずで移動できる方法があるから。
明日の仕事が始まるまでに戻ってくるから、準備はいらないよ」
「どんな方法か分からんけど、雄介が言うことやもんね。
町の外に出たらええんやね」
2人は町から離れ、ダークテンペストが戻ってくるのを待った。
待っているあいだに、雄介はダークテンペストが幻獣のパートナーであり、黒鷲は仮の姿であることを明かした。
「幻獣の不死鳥の亜種の黒不死鳥の王をパートナーにしてるやなんて。
雄介には何度驚かされたか知れんなあ」
「ティアナが受け入れてくれて良かったよ。
このことはまだ人には言わないでくれよ。
いつかは世間に知られるだろうけど、今はまだ早いから」
「知られたら確実に王様に召集されるやろなあ。
でも、うちが雄介のこと受け入れへんはず無いて。
雄介、うちにまだ隠してること有るんやろ。
話したくなったら話してな。
いつまででも待ってるから」
「(女の勘って怖いなあ)
ああ、いつか話すよ」
そうこうしてる間にダークテンペストが戻った。
ディアナは初めて見る黒不死鳥王の尊容に驚きの声を上げた。
「うわあ、大きいなあ。
こんな立派で大きな鳥初めて見たで」
「ティアナよ。
何度も会っているがこうして話すのは初めてだな。
余の背中に乗るがいい」
「幻獣って話すんやね。
おおきに、お願いするわ」
ダークテンペストの背に雄介とティアナが乗った。
ティアナを前に座らせ、雄介が後ろから抱きかかえる形である。
「うぅ、なんや恥ずかしいわ」
「この形が安定するから我慢してよ。
ダークテンペスト、エアロガードで風を防げばスピードアップできるんじゃないか?
今日は一刻も早く着きたい。」
「ふむ、確かに汝を乗せているときは速度を落としていた。
試してみよう」
「そういえば雄介、幻獣って言えば、隣のアスタナ共和国にドラゴンライダーが居るんやて。
SSクラス冒険者らしいよ」
「へ~そうなんだ。
お仲間なのかもしれないな」
「お仲間って?」
「俺と同じ立場ってこと。
それもいつか話すよ」
ダークテンペストが最高速度を出して飛ぶ。
いつもなら振り落とされていたが、エアロガードが上手く機能し安定して飛ぶことができた。
矢のように速く、いや、矢よりも速くダークテンペストは飛ぶのだった。
30分ほどでマシュハドの町が見えてきた。
町から見付からないように降りると、2人と1匹は町に入った。
目指すは治療院のベットである。
治療院の受付で妹とその付き添いだと伝えると素直に入れて貰えた。
昏睡中の姉、アルジェ・アーレンはそこに居た。
アルジェは165cmの20歳だ。
白い肌と黒い髪はティアナとよく似ている。
髪は肩下程度である。
今はやつれているが、健康なときはさぞ美人であったろう。
雄介は治療院の人からアルジェについての話を聴き、ティアナは姉の手を握り話しかけた。
1年前、アーレン一家の住んでいたサマルカンドの町は20匹以上のオーガに襲われた。
冒険者が少なかったため被害は甚大で、ティアナの父はそこで殺された。
母と姉はオーガに誘拐され、ティアナは家の倒壊に巻き込まれて気絶していたが、見付からなかったため難を逃れることが出来た。
数日後、ティアナはサマルカンドを離れアラドの町に引っ越したのだった。
情報の集まるアラドの町で母と姉の情報を調べるためとサマルカンドは思い出が多すぎて耐えられなかったためである。
オーガ達はその後、隣のマシュハドの町を襲撃した。
幸いマシュハドは冒険者が多かったため、比較的被害は少なかった。
連れられていた母と姉は、その戦いに巻き込まれ母は死亡、姉は頭部に損傷を負い昏睡状態に陥った。
昏睡状態のため姉がどこの誰か分からず、身元が判明してサマルカンドの町に連絡が届いたのは大分たってからのことだ。
その時にはティアナは既に引っ越していた。
GWOの世界では郵便は発達しておらず、馬でとばしても3日かかるアラドまで知らせてくれるほど余裕のある人は居なかった。
昏睡状態の姉の生命維持が精一杯の親切であり幸運だったといえる。
ちなみにアラドは比較的大規模の町、マシュハドは中規模、サマルカンドは小規模の町だ。
回復魔法は肉体の回復能力の促進であるため、回復能力のない脳の損傷は治らないのである。(子供の場合回復能力が有るそうです)
生命維持はドロドロの食物を念動魔法で胃に流し込む方法で行われる。
点滴や生命維持装置は勿論存在しない。
「ティアナ、出来るかどうか分からないけどお姉さんの回復やってみるから任せて」
「出来なくても責めへんから、頼むで」
「ティアナは手を握って呼びかけて、ダークテンペストは血をお願い」
「うむ、良かろう」
雄介は治療院の医者に事情を説明し、協力を求めた。
ダークテンペストの血が医者の念動魔法によってアルジェの胃に流し込まれる。
雄介は強化魔法(付与魔法)をアルジェに使い、胃腸の機能を強化する。
アルジェの体が不死鳥の血を吸収し、活性化し、ベストな状態に回復していく。
ダークテンペストの血の効果は回復能力の促進ではなく、その血自体に回復能力があるため、脳の損傷も回復する。
雄介はアルジェの頭部に強化魔法を使い、脳機能の強化、脳損傷の回復の強化を行った。
GWOの世界には人体解剖学の知識がないため、このような高度な強化魔法の使い方は通常は出来ない。
アルジェの意識は闇の中で眠っていた。
誰かが眠りを妨げようとしている。
誰かの声が聞こえる。
アルジェの良く知っている人の声だ。
誰だろうか、思い出せない。
思い出したい。
どこか懐かしい感じがする。
泣き声だ。
泣かせたままでいい訳が無い。
大事な…大事な……妹なのだから。
あの声は…ティアナだ。
ティアナが泣いてる。
起きないと、起きないと。
早く起きないと。
アルジェの目蓋がピクンと動いた。
ゆっくりと目を覚ましていく。
眩しそうにしていたが、やがて意識がはっきりした。
「お姉ちゃん!」
「ティアナ?」
「ふう、成功か。
ダークテンペスト、ありがとな」
「ふん、余の血が必要ならいつでも言うが良い」
「雄介、ダークテンペスト、ほんまにほんまにありがとうな。
うち、雄介のためやったら何でもするで」
「半分はティアナが呼びかけたからだよ。
俺達だけだったら、目を覚まさなかったかもしれない」
「何があったのか分かりませんが、皆さんのお陰で助かったことは分かります。
オーガに襲われたことまでは覚えていますので。
有り難うございます。
…でも、雄介さんでしたね。
妹との関係、後できっちり聴かせてもらいますよ」
「はは、お手柔らかに」
雄介がステータスを確認してみたところ、勇者ポイントが1ポイント増えていた。
「(これならアルジェさんはもう大丈夫だね。
でも、クエストが表示されなかったのはなぜだろう。
クエストの意識が無かったからかもしれないな。
とにかく、クエストでなくても人助けしたらポイントが貰えるのは確定だな)」
ティアナとアルジェの嬉し涙を流しながらの話は、医者に止められるまで続いた。
ティアナは翌朝、ギルドの仕事に間にあうよう、雄介とダークテンペストが送った。
アルジェは1年の昏睡で筋力が落ちてるため、しばらくはリハビリである。
アラドでリハビリが出来る環境が整えば、アルジェはアラドに引っ越す予定である。
雄介は医者に尋ねた。
「念動魔法はとても便利なものですね。
対価は出しますので、基本的な使い方を教えて貰えませんか?」
「良いでしょう。
自分の魔力を変化させて命令を与えます。
どの方向にどの程度の速度で動くのか、どれだけの距離を動かすのかといった命令です。
そしてその魔力を物体に付与し、発動させます。
すると、物体を自由に動かすことが出来るわけです。
魔力の変化と付与がポイントですね」
「付与魔法は他人だけでなく、物体にも可能なのですね。
色々と試してみたいと思います。
感謝します」
「強化魔法の応用範囲は思ってたよりずっと大きいな。
脳機能の強化ができるなら、記憶力増強が出来るんじゃないかな」
「ふむ、確かにそういう使い方はできそうだの」
「あと、思考加速はどうだろう?
もし思考が2倍速になったら、相手が半分の速さに感じられないだろうか?」
「集中力を上げることで体感時間が遅くなることは、戦闘上級者では良くあることだ。
そのときは相手がひどく遅く見えるものだ。
それが魔法でいつでも発動できるようになれば、効果は大きいであろう」
「攻撃の瞬間だけ筋力UPや、移動の瞬間だけ敏捷UPなどを使えば、強化魔法は大幅に効率が上がるだろうな。
物体への付与魔法が使えるなら、自分の武器を一瞬だけ強化して攻撃したり、防具の硬度をその時だけ強化して防いだりも出来るかもね」
「創意工夫によって可能性は広がっていくものだ。
雄介よ、既成概念を打ち破れ」
「頭を柔らかく、発想を豊かに、だな。
さて、アルジェさんの方はもう大丈夫だろう。
オーガについて調べたことを教えてくれ」
「オーガはマシュハドから西南に約80kmの所に住処を持っている。
かなり大型の洞窟で、出入口は3つだ。
1番大きな出入口からは余も入れるが、最後まで進むことは難しいだろう。
黒鷲になれば問題ないがな。
推定だが、100匹以上が住んでいるようだ。
体長2mを超える巨体で、力が強く棍棒を多用する。
金属の武器を持つ者は、ある程度武術が使える場合がある。
肉食で、他の魔物を狩って食べるが、特に人間の女を好む。
最近連れ去られた女たちが居るそうだ。
オーガはCクラスの魔物で、上位種としてBクラスのハイオーガやオーガメイジ、ボスとしてAクラスのオーガヘッドがいるそうだ。
オーガの討伐確認部位は角だ。
オーガの角は1本、ハイオーガとオーガメイジは2本、オーガヘッドは3本の角を持っている。
それぞれがどれほどいるかは流石に分からん」
「最近連れ去られたなら、助けられるかもしれないな。
ゴブリンキングがCクラスだから、それと同等以上が100匹以上か。
力押しは無理がある。
何回かに分けて数を減らすか。
狩りに出るのなら、そこを奇襲しよう。
1匹だけ逃せば、他の者を連れて復讐しにくる可能性が高い。
連れてきた者を1匹だけ残して倒せば、また連れてくるだろうか。
連れてきたらそれを倒す。
連れてこなかったら、洞窟の出入口を2つ潰して、1番大きいのから突入しよう。
今のマジックサーチなら人間と魔物の区別がつく。
洞窟に突入したら、ボス退治より救出を優先するぞ」
「ふむ、それで良かろう。
だが生き延びるのが第一優先なのは忘れるでないぞ。
死ねば全てが終わるのだからな」
雄介の頭にクエストが浮かんだ。
クエスト:オーガ討伐
獲得勇者ポイント:討伐数次第
注意事項:監禁者の救出によりポイント加算
雄介はオーガの住処に近づくと、マジックサーチを使った。
人は12人いるみたいだ。
オーガヘッドは1匹、ハイオーガやオーガメイジは約20匹、オーガの数は多すぎて分からなかった。
雄介はブラインドハイディングを使い、ダークテンペストは隠密のスキルを使い隠れた。
オーガの住処から出てくる者を待っているのだ。
2時間後、8匹のオーガが出てきた。
5匹は150cmほどの棍棒を握り、2匹は大剣を持っている。
そして1匹は、約3mの身長を持ち斧をもった赤いハイオーガだった。
ハイオーガが先頭に立って移動していく。
住処から2kmほど離れた時点で雄介は奇襲をかけた。
ブラックエクスプロージョンをハイオーガに放ったのだ。
ハイオーガを中心に5mほどの黒色の爆発が起こった。
ハイオーガは斧で防御したようだが、斧は吹っ飛び、左腕を無くしている。
近くに居たオーガ2匹は重傷だ。
ダークテンペストは黒炎を吐き、オーガたちを牽制する。
オーガたちは突然の奇襲に驚き戸惑っていた。
その隙を逃さず、雄介はゴブリンキングの大剣を握って突撃した。
オーガに袈裟切りに切りかかった。
直撃し傷を負わせたが、浅い。
オーガの体は堅く、骨を断つには至らないことを知り、雄介は強化魔法を使った。
自分の筋力を上昇させ、更に大剣にも強化を行う。
右薙ぎにオーガの体を一刀両断したのだった。
慌てているオーガたちは、棍棒や大剣を振り回し力任せに打ち倒そうとした。
一瞬敏捷を強化し余裕を持ってかわす雄介。
ブラックエクスプロージョンで重傷を負っていたオーガ2匹の首を刎ね、止めを刺した。
そのままハイオーガに切りかかった。
残りはハイオーガとオーガ4匹だ。
オーガ3匹はダークテンペストが受け持った。
オーガを視野に入れつつも、雄介はハイオーガと斬りあいを演じる。
一撃の破壊力は斧のハイオーガに分があるが、速度では圧倒的に雄介だ。
筋力強化と敏捷強化を適切に切り替え、ハイオーガを追い詰めていく。
追い詰められ、大振りになったハイオーガの隙を突き、天竜落撃で倒したのだ。
ダークテンペストはオーガ3匹の周囲を飛びながら黒炎を吐き、ダメージを与えていく。
オーガの棍棒の範囲には決して近寄らず、逃がさぬよう的確に攻撃を続けた。
遠距離攻撃の手段を持たないオーガは、ただ炭になるしかなかった。
最後の1匹は適当に傷つけると放っておいた。
他の7匹が倒されたのを見ると、慌てて住処に逃げ帰っていった。
雄介は残された2本の大剣を魔法の布袋に入れるとしばし待つのだった。
それから数分後、逃げ帰ったオーガが30匹ほどのオーガを連れて戻ってきた。
ハイオーガやオーガメイジ数匹の姿があった。
雄介とダークテンペストは気合を入れた。
「さあ、ここからが本番だ」
「先ほどの戦いとは違う。
気を抜くなよ、雄介」
次回の投稿は明日0時となります。
サブタイトルは「オーガとの戦い (2))」です。




