第1話 選択のとき
初投稿作品です。
読んで下さって有り難うございます。
滝城雄介は運の良くない男だった。
22歳にして、両親も友人も恋人もおらず、たった1人の家族ですらもうすぐ失おうとしていた。
絶望の淵にあったのだ。
中学からサッカー部に入っていた。
高校でもサッカー部に入り、一生懸命頑張って3年になってやっとレギュラーを取ったところだった。
交通事故に遭い、サッカーを辞めることになったのだ。
いや、両親を亡くしたのだから、部活を辞める程度の問題ではないだろう。
家族4人、両親と妹と一緒にドライブに行ったときのことだった。
山の中のRのきついカーブで、対向車線のクルマが飛び出てきて正面衝突した。
運転席の父と助手席の母は即死状態だった。
雄介と妹の美鈴は骨折数本で済んでいたが、美鈴はショックを受けていて逃げることが考えられなかった。
雄介は精神を落ち着けて美鈴を助け、冷静に避難し救助を呼んだのだった。
雄介までが茫然としていたら、もしくは両親を助けることにこだわっていたら、2人は助からなかったかもしれない。
その時のケガでサッカー部は辞めざるを得なかった。
後遺症はなかったが、骨折の治療に数ヶ月かかり、その後のリハビリを含めたら、夏の大会までの復帰は絶望的だったからだ。
それに美鈴の落ち込みは激しく、少しでも一緒にしてやりたかったからだ。
雄介と美鈴はたった2人の兄妹として身を寄せ合って生きてきた。
高校を卒業して雄介は働き始めた。
雄介は進学校で成績もそれなりに良かったため、元々は大学進学の予定だった。
しかし両親が亡くなったため、進学を諦め働かざるを得なかった。
両親の遺産と生命保険などはある程度はあったが、妹の進学のため残しておくことにしたのだ。
結果的に、残したお金は妹の進学ではなく、治療のために使われることになる。
雄介は必死に働き、高校までの友人は皆大学か専門学校に進学していたため話題が合わず、いつしか連絡を取らなくなっていた。
それから4年後、雄介は病室に立っていた。
雄介は22歳になっており、紺色のスーツを着ていた。
スーツは上質な物とは言えず、金銭的な苦労をしていることが伺える。
それなりに鍛えられた体格をしており、外回りが多い仕事なのかもしれない。
目の前にはベットが在り、妹の美鈴が泣き疲れた顔で休んでいる。
その顔を見ながら、雄介は半年前の医師の言葉を思い出していた。
「美鈴さんの精密検査の結果をお知らせします。
大変厳しい内容ですが、よく聴いて下さい。
悪性腫瘍の転移が発見されました。
進行ガンであり、ステージⅢまで進んでいます。
放射線治療の結果次第ではありますが、手術等によって完治する可能性は極めて難しいと思われます。」
その後、放射線治療と抗癌剤の投与が行われ、美鈴の容姿は大きく変わってしまった。
抗癌剤の副作用で骨と皮ばかりに体はやせ衰え、美しかった黒髪は抜け落ちてしまった。
食欲が落ち、吐き気や体の痛みやだるさが続いている。
18歳の美鈴だが、初対面でその年齢を見抜ける人はいないだろう。
この半年で40年以上も歳を取ってしまったようだ。
そんな苦しみに耐えていた美鈴だったが、運命は味方をしなかった。
今日、ガンがステージⅣ、即ち末期ガンまで進行したことが伝えられたのだ。
余命は数ヶ月、長くて1年に満たないという話だった。
雄介が両親の遺産と生命保険を残していなかったら、今までの治療すら出来なかったかもしれない。
「あと1年か……。
俺は美鈴のために、何をしたら良いんだろうな」
雄介と美鈴は交通事故以来親戚を頼りながらも、2人で支え合いながら生きてきたのだ。
最近になってようやく事故の心の傷が少し埋まってきたと感じていた矢先に、美鈴がガンであることが明らかになった。
「何で美鈴がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
一体どうしたら良いんだよ。
誰か教えてくれよ。
誰か俺たちを……助けてくれ」
その日の晩、雄介は不思議な夢を見た。
果てしなく広い荒野にいて、頭上には満天の星空が広がっていた。
前を見ると、見知らぬ老人が立っていた。
威厳のある顔をして白いローブを纏っていた。
体が薄く光っているような様子で、夜だというのによく見えるのだった。
「おぬし、こんな所までよく来たのう。
よほど強い願いがあるのじゃろう。
名前は……雄介か」
「こんばんは、お爺さん。
私を知っておられるようですが、お会いしたことが有りましたでしょうか」
「ワシはあらゆる時空に遍在しておるから会ったことがあるとも言えるし、この姿でおぬしと会ったことはないから無いとも言えるな。
どちらにせよ、ワシはおぬしのことをよく知っとるよ」
「あらゆる時空に遍在……?
と言いますと?」
「人間にとって分かりやすい言葉で言えば、神ということになるのう」
「神様……!?」
それを聞いた雄介は、土下座をして頼み込んだ。
本物なのか、ただの夢の産物なのか分からなかったが、ごく僅かでも可能性がある以上、頼まないという選択肢はなかった。
「僭越ながら申し上げます。
私に出来ることなら、どんなことでも致します。
妹の美鈴が病床で苦しんでおります。
どうか妹を助けて頂けないでしょうか。
お願い致します……お願い致します」
「ふむ、おぬしにしてほしいことが有ってのう。
報酬は払うつもりじゃ。
じゃから、おぬしの努力次第で助けてやってもよいぞ」
「有り難うございます。
詳しい話を聞かせて頂けますでしょうか」
ここまで話したところ、老人は威厳のあった様子が崩れ、ただの好々爺という印象に変わってしまった。
口調も親しげなものに変わっていた。
「実はワシは……MMORPGが好きでのう」
「え?
MMORPGと言いますと……オンラインゲームのアレでしょうか?」
「そうじゃそれじゃ。
まさか人間が新しい世界を創造してしまうとはのう。
ほんの1万年ほど前には考えられんことじゃったよ」
「そ、そうですか。
(ほんの1万年ってどんな時間感覚してるのだろう)」
「それでのう、5000時間ほど続けてログインしていたら周りの者から神様神様と呼ばれるようになってのう」
「それは……そうでしょうね。
(そりゃ神は神でも、廃神じゃないですか!?)」
「一体どこから神じゃと知られたのかのう。
神がMMORPGがやっとると知れたら、神としての面子に差しさわりが出てくるのじゃ。
MMOを辞めてしまえば良いのじゃろうが、辞めるのは嫌なんじゃよ」
「好きな物でしたら、そうでしょうね。
(神がネトゲ依存症になるとは……世界は大丈夫なのだろうか)」
「そういう訳で、どうしたら良いか考えたところ、いっそ自分でMMORPGを作ってしまえば良いと思ったんじゃ」
「なるほど。
運営側になってしまえば、あらゆることが出来ますからね。
(神なんだから、他にも選択肢はいくらでも有るだろうに)」
「ワシはリアルなMMOが好みじゃから、出来るだけリアルな方向で作ったんじゃ。
限りなく現実に近い、世界初のVRMMORPGを創造したのじゃ」
「へえ、それは凄いですね。
VR技術はまだまだ発展途上ですのに、流石は神様ですね」
「しかし、まだ出来たばかりでゲームバランスが悪くてな。
今はβテスターを集めているところなのじゃ。
さて、ここまで話せば用件は分かるかの?」
「私はそのβテスターを務めれば良いということですね。
(しかし、ゲームをするだけで妹の命を助けてもらえるとは話が旨過ぎるような)」
「そうじゃ、その通りじゃ。
さて、これがβテスターの契約書じゃ」
そう言って老人は分厚い書類を手渡してきた。
契約書と言われて、よく読まなければとんでもないことになりかねないと直感した雄介は時間をかけ隅々まで目を通すのだった。
その上で老人にいくつかの質問をぶつけてみた。
「まず確認したいのですが、契約書に書かれた内容は必ず守られるのですね?」
「勿論じゃ。
神であるワシの作成した契約書である以上、人間であるおぬしだけでなく、ワシに対しても強制力を持っておる」
「クエストをクリアすれば、勇者ポイントというものを取得でき、集めた勇者ポイントと引き換えに報酬が貰えるというシステムですね?」
「そうじゃ」
「報酬の一覧表が契約書に載っていますが、詳細を確認します。
まず、妹の末期ガンを治すにはどれほどのポイントが必要なのでしょうか?」
「あらゆる病を治す薬1つは1万ポイントじゃな」
「妹は元々が病弱ですし、病気のためやせ衰えています。
健康になり、二度と病気にならなくなるということは可能でしょうか?」
「完全健康体という報酬がある。
生涯に渡って完全に健康が続くというもので、15万ポイントじゃよ」
「次に、私たち兄妹の両親は交通事故で若くして亡くなりました。
長生きできるという報酬はどれが良いでしょうか?」
「白寿の定命というのはどうじゃ?
99歳まで生きられるようになるから、人間ならこれでかなりの長生きじゃろ。
これは20万ポイントじゃ」
「それから、健康で長生きできても、他に不幸が続くかもしれません。
どう考えても妹は不運なタイプです。
幸運になるという報酬は有りますでしょうか?」
「幸運の加護という報酬があるぞ。
過去の不運を消去し、万人に1人の幸運に恵まれるようになる。
これも15万ポイントじゃな」
「この3つで50万ポイントですね。
健康で長生きで幸運に恵まれるなら、他のことは努力で何とかできるでしょう」
「多くの報酬の中で3つに絞るとは、思い切りが良いのう。
だが、おぬし大事なことを見逃しておるぞ」
「え? 大事なことと言いますと?」
「おぬしと妹はたった2人の家族じゃろう。
妹に幸福な人生を望むなら、おぬし自身が幸せにならねばならぬ。
だが、おぬしの不運もこりゃもう酷いもんじゃ。
完全健康体・白寿の定命・幸運の加護はおぬしも求めた方が良いの」
「そうなりますと、2人分で100万ポイントということですね?」
「その通りじゃな」
「それでは100万ポイントを集めるのはどの程度大変なのでしょう?
勇者ポイントというのはどういう設定なのです?」
「それはな……1人の生命を助ければ1ポイントじゃ。
だから、100万人の命を救うことになるのう」
「……は?
ゲームの中とはいえ、100万人の命を救うのは相当に、いや物凄く大変なはずです。
まして、それ以前に妹の命はあと数ヶ月です。
間にあうはずが無いですよ!」
「そんなことはないぞ。
1万ポイントを集めた時点で、病気を治してしまえば良い。
おぬしの妹の命は…………ふむ、あと8ヶ月じゃな。
8ヶ月で1万ポイントは充分可能な範囲じゃな。
しかし、おぬし仕事は辞めなければ時間が足りんじゃろうな」
「あと……8ヶ月ですか。
仕事を辞めるのは構いません。
まだ22歳ですし、退職してもやり直しが出来るはずです」
「そうじゃな。
特に幸運の加護が得られれば、全く問題ないじゃろう。
他に聞きたいことは有るかのう?」
「そういえば、契約書のここに『このゲームの使用によるプレイヤーの病気・傷害・死亡・その他の損害に対し、ゲーム管理者は一切の責任を持ちません』という一文があるのですがどういうことです?
ゲームを続けることによる過労や視力の低下などは自己責任ということでしょうか?」
「限りなく現実に近いVRMMORPGと言ったじゃろう。
ゲーム中に病気になれば現実に病気になるし、怪我をすれば実際に血が出るし、死亡すれば生き返らないということじゃ。
そういった損害に対し、ワシからの保障はないという意味じゃの」
「えっと……まさかと思うのですが、デスゲーム?」
「その通りじゃ。
死んだ者は生き返らないというのが道理じゃぞ。
勇者ポイントの報酬にも、蘇生アイテムは無いしのう。
神としてそこは譲れんところじゃ。
その代わり、戦闘中でも危なくなったらログアウトできるようにしておる。
致命傷さえ負わなければ、じゃがのう」
「命がけ、ですか。
契約についてしばらく、考えさせてもらえますか?」
「そりゃ構わんがな。
契約しないままおぬしが目が覚めてしまえば、わしとの話はほとんど忘れてしまうぞ。
夢の中の出来事じゃからな。
目覚めるまでは……あと3時間か。
良く考えて決めるが良い」
雄介は深く考え込むのだった。
今晩の選択が、雄介の、そして美鈴の人生を左右することは明らかだった。
次回の投稿は明日0時となります。
サブタイトルは「雄介の答え」です。