かぐや姫に婚約破棄されたので月まで追いかけてケリつけてきます
「私は、月に帰らねばならないのです」
寝殿造の真ん中には綺麗な池に少しの波が立つ。
そこに月がはっきりと移る。
空を見上げた。
星が満開だった。
藤原家の貴族でありながら、摂政、関白の地位について実質的に朝廷に代わって大和を支配できた。
この国で、「藤原道長」の名を知らないものはいないだろう。
私を主人公とした長編小説「源氏物語」も、もう国民の誰もに行き着いた。
そして私は、一千年に一人の美女とも言える、かぐや姫を正室に迎えようとしていた。これで私は、全てを手に入れた。そう、この世界は、私の世界である。まるで、あの空の、欠けるところもない程に。
しかし。
この女は今確かにそう言った。
「月に帰らねば」と。
この女の要求は高かった。
私はそれをしっかりとのみ、結果を残した。
摂政・関白の地位だってそうさ。
私がここまで来るまでに、どれだけの努力と、困難と、苦しみがあったのだろう。
しかし。
私は今気がついた。
どれだけ有名になったって。国を支配できたとて。
私は、確かに今、かぐや姫に恋をしている。
幸せさ。
あの、満月の、欠けたることもなしと、そう思う程に。
それなのに。
なぜ。
私は。
こんなに。
悲しいのだろうか。
悲しくて、堪らないのだろうか。
かぐや姫は、私にとって、欠けてはいけない存在。かけがえのない、存在だったのだと。
もし、かぐや姫がいなくなったら、私は、何を希望に。
私は、何を希望に、生きていけばいいのだろうか。
そんな私の思いを横目に、かぐや姫を乗せた飛行する船は、月へと向かっていく。
涙が。
涙が止まらない。
「どうしたのですか、道長殿」
阿部晴明……。
「あ、貴方は」
「陰陽寺で、少しだけ有名な男でございます」
その目はキリッと長く伸び、少し不思議で、しかしおしゃれな帽子に扇子。
「この世には、不可思議なことがたくさんございます。例えば……」
晴明は、隣に置いてある箒に、扇子を振り翳した。
なんと……。
箒が、宙に浮いた。
信じ、られ、ない……。
「さあ、おゆきなさい」
晴明はフフッと笑った。
涙を拭う。
「恩に着る」
私は箒に乗った。
箒に乗って、すごい速さで空を駆け上がる。
すごい。
私が支配していたこの国は、
こんなに広くて、綺麗で、素晴らしかったのか。
私は船に乗り込んだ。
「か、かぐや姫」
「!! 道長殿」
「わ、私は貴方との結婚を……」
「でも、私は月に帰らねば……」
「それでも、私は貴方が、貴方に恋をしていて、貴方がいなければ私は、何を希望に生きていいのかわからない……
かぐや姫、私は貴方を愛しています。
だから、私と結婚してください」
月明かりが照らす飛行線の甲板。
かぐや姫は、涙した。
涙して、止まらなかった。
「私に結婚を申し込んだ方はたくさんいました。しかし、一人も、私に対して、恋をしているように感じなかったのです。だから私は、本気なのかどうか、無理難題を出しました。
それでも私は、信じられなかった。
なんでなんだろう。
……私は、捨てられたのです。
親に、地球の、和の国の竹の中に、そう、捨てられたのです。
でも、ここまで追いかけてきてくれて、こんなに、人に、愛されてるって知って。
私は、初めて、人に愛されていると言うことを、知れたのです。
道長殿、私と共に、生を歩みましょう。私たちなら、幸せに生きていける」
私は光る月と星の中、箒で2人で、星が煌めく夜空を飛んだ。
その姿はまるで、光源氏である、と私の姿を見た人々が次の日に街中で噂になって、源氏物語の主人公が私であると知れ渡ったのは、また、別の話である。




