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秘された旦那様は、目隠しの彼女を離さない ――片岡あやの顛末  作者: じょーもん
第二章 芥子の粒

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第八話 生粋の“ホンモノ”

 次の朝、あやは『ケシ』として置屋の面々に紹介された。

 ずらりと並ぶ女たちの視線を浴びながら、彼女は小さく頭を下げる。


 置屋には十数名の芸妓と、同じくらいの数の半玉、それから下働きが五名ほど所属していた。

 お蝶ほど、態度があからさまで酷い者はもちろんいない。

 どちらかといえば、皆どこか同情的で、恐らくお蝶の横暴が、かえって結束を固めているのだろう。


「あんた、“ホンモノ”でしょ?」


『ゴマ』と紹介された下働きの少女がたずねる。

 彼女は、あやに仕事を教えるよう女将から言いつけられた、同い年くらいの少女だった。


「“ホンモノ”?」


 あやが聞き返すと、ゴマは声音を一段落とす。


「うん。お武家様でしょ? 最近ここは、そういう触れ込みの子ばかり集めているの。

 だけど、“ニセモノ”を掴まされることも多くてね。

 まあ、そういう私も“ニセモノ”なんだけど。」


「――そんなの、関係あるかしら……。

 確かに父は城勤めだったけれど、もう家はないし」


 声に出すと、急に実感がわいてきて、あやはどきりとした。

 そんなあやに気づく様子もなく、ゴマは得意げに続ける。


「関係あるわよ。だって、武家のお嬢様なら、芸事は何かしらやっているでしょう?

 それに、売り出しやすいって旦那様が言っているのも聞いたわ。

 翠玉楼は、今後そういう方針なんですって」


「ふーん……」


 あやはいまいちピンとこなくて、あいまいに首を傾げる。


「その反応! やっぱり“ホンモノ”だなって、思うわ!

 鼻にかけないあたり、本当に箱入りで育ったんでしょ。

 器量もいいから、すぐに旦那様が付くんでしょうねぇ」


「――旦那様? ここの主人のこと?」


 昨日から何度も会話に出てきた“旦那様”という単語が、どうも一人のことを指していないような気がして、

 あやは思い切って尋ねてみる。


 すると、ゴマは「そこからか!」という仕草と表情をしてみせた。


「いんや。ここの主人も“旦那様”って言うけど、あんたに付くのは別の“旦那様”よ。

 贔屓にしてくれて、お金を出してくれたり、新しい信用のおけるお客を紹介してくれたりするの。

 早ければ半玉のうちから名乗り上げて、水揚げもしてくださる方もいるわ」


「……結婚相手、ではないのね。

 “水揚げ”って、何?」


 あやが聞き返すと、ゴマはとうとうお手上げだと、首を振る。


「結婚相手ではない。

 あー、もう、本当になーんにも知らないんだねぇ……

 まあいいや、追々覚えていけば」


 ゴマは白い歯を見せて笑うと、あやに雑巾を押し付ける。


「雑巾はかけたことある?」


「……ない。どうするか、教えて」


「いいよ。雑巾がけは足腰の鍛錬にもなるから、そう思ってやるといいよ。

 ――でも、本当に、雑巾もかけたことないって、生粋の“ホンモノ”だねぇ」


 しみじみ言ったゴマに、あやは膨れてみせる。


「もう、何度も何度も、しつこいわね。

 これ以上言ったら、怒るわよ」


「ははは、ごめんよ。でも、そういう顔もするんだねぇ。

 よし、じゃあ、まずは雑巾を絞るところから――」


 ゴマは、あやに手取り足取り教えてくれた。

 長い廊下を隅から隅まで、小気味よい足音を立てながらかけていくゴマの後を、あやは必死で追う。


 実家で、女中がやっているのを時々見てはいたが、

 まさかこんなにも汗をかき、息が上がる重労働だとは思っていなかった。


 けれども、雑巾をかけ終わったとき、

 廊下の薄暗い、ひっそりとした空気が、確かに清浄になるのを感じて、

 あやは人生で初めて、得も言われぬ満足感を覚えた。

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