第二十九話 かの君の不在と横目の錦絵
“かの君”との逢瀬が明治九年の十月で、
「文を書く暇がない」と言った割には、年内はそれでも、ぽつりぽつりと文が届いた。
けれども、年始の祝いを書いたはがきが来たのを最後に、音沙汰はぷつりと途絶えた。
その代わり、一月の末には九州で薩麻出身の士族を中心とした大規模な反乱が起きたと知らせが入る。
「吉田さまがね、元薩麻藩士としては、旧知のものに刃を向ける――、致し方ないとしても、複雑な心境だってさ……」
錦絵新聞の鮮やかな赤色に目を細めながら、望月が言う。
吉田は忙しいと言いつつも、時折望月と逢瀬を重ねていた。
とはいえ、落籍と婚姻は、まだ棚上げされたままだったが……。
――吉田さまはそれでも望月に会えている……
“かの君”は、文さえままならない……
あやも横から望月の手元をのぞき込む。
『暴徒征伐の鎮台参謀長・橋口中佐の発案により、敵部隊の戦術見破る』
『――警視隊奮戦す。殊に抜刀隊は鬼神のごとき働き』
『賊軍、大島吉之助、勇猛の士を次々失うも奮戦――』
華々しい字面が紙面を踊る。
――もしかしたら、この将官の一人が……
いや、警視隊の一人が……
まさか、賊軍に? まさか――
あやの脳裏を、次々と思考が廻ってゆく。
文の届かなくなった時期と、戦が綺麗に重なりすぎて、
この紙面のどこかに“かの君”がいるような気がしてままならない。
しかも、“かの君”の存在を秘匿している以上、
この押しつぶされそうな不安を、望月に話すこともできない。
――賊軍は、数年前から薩麻に潜伏していたとあるから、昨年お会いしたってことは、そちら側ではないと思う……
吉田さまと親しい間柄で、私を身請けできるほどの資産をお持ちなら……まず、警視隊はないと思いたい……少なくとも、一兵卒ではないわ……
軍関係者? それとも……
わからない。
あやは、指先が冷えていくような心持で、錦絵を穴が開くほど見詰める。
――顔も名前も知らないのに、こんな紙面いくら見たって、
“かの君”の安否なんてわからないじゃない。
そもそも、戦と関係なく忙しいのかもしれないのに……
「あ、見て。こちらは“異能特務局”の皆様の活躍が描かれているわ。
凄いわ、お名前が出ている――」
望月がまた一枚めくって、歓声を上げる。
『神秘の神威、異能部隊参陣す。斎部特務中佐、桃蘇特務少佐、敵陣を撃滅せし――』
そちらに目を遣れば、いつぞやの酒宴で見た姿とは、似ても似つかぬ男が二人描かれている。
――知っている人がこれなんだから……、あてになんてならないわね……
あやは、そっと目をつむって、呼吸を整える。
「――恋歌……大丈夫? 顔色が悪いわよ。
もしかして、ご親族の記事を見たから――」
望月はあやの異変に目ざとく気が付いて、顔をのぞき込んできた。
「ううん、そんなんじゃないわ。
義兄さまたちのことは、どうとも思っていない。」
あやは苦笑いを作るが、望月は簡単には納得しなかった。
「……そう? まあ……、斎部さまはこんなゴツくないし、桃蘇さまなんか、男性で描かれているし……納得いかないわよねぇ?」
「……そう、ね。」
あやはもう一度、錦絵の義兄を横目で見つめた。




