第二十八話 約束を引き受ける
着物か布団か――、あやは布地を手繰り寄せて、身体を隠す。
目隠しはまだ付けたまま、
部屋は暖かく、身体のほてりは、まだ冷めない。
「……名残惜しいなぁ……」
“かの君”の、少し気の抜けた声が、すぐ隣で響いた。
反射的にそちらに顔を向けると、そっと頬に手が添えられる。
もう幾度目かわからない口吸いをされて、あやはその滑らかな肌に縋った。
「金だけだったらね。君を身請けできるくらいは、三浦殿にもう預けてあるんだ。
だけど、もう少しだけ置屋にいてほしい。」
あやの鎖骨に指を滑らせながら、彼は苦笑交じりに言う。
「ほかの男の目に触れるのは業腹だけど、あそこはあれでも守られている。
俺は吉田みたいに束縛するのは好きじゃないし、君も芸を披露したいだろう。」
「……私が、お座敷に出ることを……止めないんですか?」
くすぐったさに身をすくめながら、あやが問う。
話題の中に吉田の名が出たが、水揚げの折にあれだけ彼が口を出してきたことを思えば、
あれは“かの君”の代理だったのだ。
だが、それには触れなかった。
「止めない。俺も、君の唄も舞も、どちらも好きだしな。
玉兎と揃うと――、本当に良かった……」
――望月と出たお座敷で出会っている?
とっさに馴染みの顔を思い浮かべそうになるが――
……詮索は、良くないわ。
あやは自分を戒め、思考を閉ざす。
「では――、私は、あなたさまが迎えに来て下さるまで、
花街で唄い、舞い続けましょう。
……年増とそしられる前に、来て下さるとうれしいのですが……」
甘えた声音で言うと、彼は力いっぱい抱きしめてきた。
「もちろんだ。俺も十分待ったから、そんなに待たせるつもりはないよ。
次の次の桜は、一緒に見よう。
手紙も可能な限り書こう。だから、元気で待っていておくれ。」
「ええ、ええ。私もきっと、手紙をたくさん書きます。
次に会った時には――、お顔を見せていただけますか?」
あやは泣きそうな声で、彼の背中をかき抱きかえす。
「ああ。その時は、顔も見せるし、素性も何もかも話す。
次に会う時は、君を身請けして――、俺の妻とするときだ。」
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襖が開く音がして、彼が去ってゆく気配が、確かにした。
あやはそっと目隠しを外して、寝台の下に脱ぎ捨ててあった襦袢を羽織った。
まだ夜明けは遠く、薄暗い室内は目隠しを外した目にちょうど良かった。
あやは、自分の隣にぽっかりあいた布団の跡に手を這わす。
“かの君”が先ほどまで座っていた場所には、温もりがまだ残っていた。
静かに襖が開き、四郎兵衛が入ってくる。
「……彼は行ったよ。
彼が帰って来るまで、君のことはわしが責任を持つから……」
彼の優し気な声を聞くと、あやはたまらなくなって、わっと泣き出してしまった。
「……四郎兵衛さま――、“かの君”は……」
――誰なのですか、
どこへ行くのですか、
帰ってこられるのですか……
思わず口をつきそうになって、すんでのところで何とか呑み込む。
それを問うても答えは返ってこないこと、
そもそも問うこと自体が、“かの君”への裏切りになることを、
あやは痛いほどわかっていた。
「安心しなさい。あの方が、約束を違えたことは、一度も無いよ。
なーに、全部片付いたら、平気な顔して――
いや、身請けができると、喜び浮かれて帰って来るさ。」
四郎兵衛の言葉に、あやはそれでも涙を止めることができず、ただただ頷くよりほかなかった。




