第二十七話 誓いを立てる
四郎兵衛が下がり、まもなく襖の開く音がして、人の気配が近づいてくる。
あやは息を殺して感覚を研ぎ澄まし、相手の気配をつかみ取ろうとした。
先ほどまで四郎兵衛が座っていた場所に、“かの君”が腰を下ろしたのが、
音と気配で分かると、まるで見えているかのように、そちらへと顔を向ける。
彼は少しの間、ためらった後――
初めて口を開いた。
「……今日は来てくれて、ありがとう。」
深みのある声には知性が滲んでおり、
一声聞いただけで、あやは胸の奥に、
恋のような、情愛のような、熱いものが灯るのを感じた。
「ええ……あなたさまに呼び出されたなら――
私、何はさておき、はせ参じますわ。
――今日は、お声を聴かせていただけるのですね。」
「……ああ。言葉も交わせないのは、不便でならないからな。」
彼はそう言うと、微かな音を立てて、卓に出されていた洋式の湯呑に手を付けた。
「すまない……仕事帰りで、まだ気が立っていて――
一服させてくれ。」
「ええ、どうぞ。
ですが、この通り目隠ししておりますゆえ、
お世話できないことは、ご容赦ください。」
あやは、彼が煙草を吸うのだと思っていたが、
いつまでたっても、火をつける音も、煙の臭いもしてこなかった。
「煙草……ではございませんの?」
黙っているのも間が持たないと、あやがたずねると、
彼の笑う気配がした。
「ああ、俺は煙草がダメでね……。
吸うと体調を崩してしまうんだ。
男なのに、情けないと――君も思うだろう?」
彼の自虐を含んだ声音に、あやは思わず首を振った。
「いいえ、そんな風には思いません。
どんな薬も、身体に合わねば、毒にしかなりませんもの。
体質であれば、致し方ないことでしょう。」
「ありがとう。
虚弱だと、幻滅されずに済んで良かったよ。」
明らかに緊張のほどけた声が返ってきて、
あやは、自分の言葉選びが間違っていなかったのだと、胸をなで下ろす。
「……とは言っても。
いずれ身請けして、妻に迎えるまではと、自制していたのに……
明日も分からぬ身となってしまえば、
こうして君を求めてしまった。
……やはり俺は、情けない男だね。」
身請けに自制、そして明日も分からぬ――
次々と新しい事実が開示され、
あやは思わず言葉を失った。
何か答えねばと思いながらも、
口を開くべき言葉が見つからない。
そうしているうちに、“かの君”は静かに席を立ち、
気配を近づけながら、あやのすぐそばまで歩み寄ってきた。
「まだ君に、顔は見せられない……。
俺はこれでも、あちこちで恨まれていてね。
君の安全のためでもあるんだ。
もうしばらく――一年もすれば、
君を迎えに行けるのだが……。
それまで、俺に操を立ててくれるかい?」
彼はあやの隣へと腰を下ろすと、
彼女の手を取り、包み込んだ。
その男らしく、けれども滑らかな手に、
刀を扱う者の気配を感じ取り、
あやは静かに覚悟を決める。
「――きっと、帰って来て下さるなら。
無事で――いいえ、無事でなくとも。
たとえ、どのような姿になっても、
私を迎えに来て下さるのであれば、
私はあなたさまに、何だって差し出しましょう。」
あやは彼の手を握り返し、
彼の顔があるであろう方へと、そっと顔を向けた。
「この身、決してあなたさま以外に、開くことはありません。
だから――」
言葉は、唇によって閉ざされた。




