第二十六話 目隠しの選択
四郎兵衛からの返事は、数日後――待合茶屋へ来るように、というものだった。
「あら……今日は一人?」
秩禄処分に憤った士族の反乱がどうの、とかで、吉田は忙しくなり、
話は延び延びになり、結局いまも置屋にいる。
「ええ、四郎兵衛さまに巴菊まで呼び出されているの。」
「ふーん、巴菊、ねぇ……。好々爺の顔して、することしているんだなーって……」
望月が少し意地悪く言うのは、
吉田との逢瀬がままならなくなっているからだと、あやは知っていた。
それでも下衆な勘繰りをされるのは気分いいものではなく、はっきり釘を刺す。
「そんな言い方しないで。四郎兵衛さまは良い人よ。」
「でも――巴菊って、最近評判のとこでしょ? 私も行ってみたかったのに――」
「はいはい、吉田さまにお願いしなさい。」
あやは笑ってそう言うと、望月との会話を切り上げ、
暖簾をくぐって外へと出た。
外はすっかり秋で、
木枯しにからからと音を立てて運ばれて行く枯葉が、
通りに、冬の気配すら連れてきていた。
あやは“かの君”にもらった、狐の襟巻を掻き合わせ、ぶるりと身震いした。
巴菊は、さして離れた場所ではない。
ただ、入り組んだ路地の先にある。
入り口もわかりづらく、知る人ぞ知る隠れ家的な待合茶屋だった。
和風な外観に似合わず、中は西欧風だった。
なんでも、ここの出資者が明治四年の使節団に随行した際、
ヨーロッパで見たサロンにすっかりかぶれて帰国し、
それを参考にしたのだという。
「スリッパです。室内ではこれをお穿きください。」
黒いドレスに白い前掛けをした、下女があやに言う。
履物を脱いで上がったはずなのに、また履物を差し出された。
あやは勝手がわからなかったが、おそらくこうだろう、と足を差し込んだ。
廊下にも舶来の絨毯が敷き詰められて、
いったいどれほどの贅が尽くされているのだろう、とあやは少し怖くなる。
やがて通された座敷も、畳ではなくじゅうたんが敷かれ、テーブルセットが置かれている。
二間続きの向こうは寝室で、天蓋のついた寝台が据えられていた。
――ソファーなら、写真館で座ったことがあるわ……
知っているものを見つけて、あやは、ほんの少しだけ安心する。
そして、ソファーの座面をそっと確かめてから、その隅へと腰を下ろした。
さして待たずに襖が開いて、
少し困ったような、緊張したような面持ちの四郎兵衛が、案内されてきた。
「いやいや、話しには聞いていたが……、すさまじい調度……。
文化生まれのじじいには――どうにも、落ち着かんな……」
彼は無意識のうちに懐から手ぬぐいを取り出し、
自分でも気づかぬまま、額の汗をぬぐい始めた。
「……“かの君”のご趣味でしょうか……?」
手紙のやり取りで感じていた人物像と、この巴菊のありさまが、あまりにもかけ離れていて、
あやは思わず、問いかけてしまった。
「いやぁ――、それはないと思うねぇ……
彼は若いが、わびさびのわかる男だから、これが趣味だとは思わんね。」
彼について聞いてしまってもよかったのかと、
あやが一瞬ためらう間もなく、
四郎兵衛は“かの君”について口を開いた。
「評判だからと、気になったんだろうけど……
今頃、控えで目を回しているだろうよ。」
あやの対面に腰かけ、四郎兵衛はどこか楽しそうに、悪戯っぽく笑った。
「“かの君”は、もうこちらに……?」
あやがたずねると、四郎兵衛がうなづく。
「ああ。わしと一緒に来たよ。
あ――、今日は、“そういうつもり”で、良いのだよね?」
四郎兵衛は続きの間の寝台に、ちらりと視線をやってから、あやへと向き直った。
あやは背筋を伸ばして改まり、
深く、うなづいた。
「はい。もちろん、そのつもりでございます。」
「よし……結構、結構。」
四郎兵衛は少しほっとしたような顔をして、また懐から、見覚えのある黒布を取り出した。
「彼はまだ君に顔を見せるわけにいかないそうでね。
申し訳ないが……また、目隠しをさせてもらえるかい?」
薄々予想はしていたことだった。
「ええ、もちろんです。“かの君”の御心のままに……」
今回は自分から手を差し出して黒布を受け取ると、
髷が歪むのも気にせず、
目元を覆い、ずれないよう、きつく結んだ。




