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秘された旦那様は、目隠しの彼女を離さない ――片岡あやの顛末  作者: じょーもん
第四章 桜と恋雲雀

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第二十五話 正しい“好き”

 異能特務局の接待は成功裏に終わり、吉田は大変満足して、芸妓たちに相当額のご祝儀を包んだ上、

 後日にはそれぞれに装飾品を送るなど、大盤振る舞いだった。


 もっとも、なぜ大蔵省の官僚が異能特務局を接待していたのかは、

 最後まで芸妓たちに明かされなかった。

 見ざる、言わざる、聞かざるが基本のこの世界――、

 あやもまた、そこに興味を持とうとは思わなかった。


「でも――、吉田さまって、羽振りがいいわよね……。

 大蔵省とはいえ官僚でしょ?

 そんなに儲かるのかしら?」


 吉田から贈られてきたべっこうの簪を光にすかしながら、あやがそう聞くと、

 望月が苦笑する。


「官僚としても、結構もらっているらしいけれど――

 それよりも、土地の売買で利益を出しているって話よ。」


「へぇ……それでそんなに……ねぇ。」


「ええ、でも、ちゃんとした知識がないと、食い物にされるだけだよって、おっしゃっていたわ。」


 人差し指を立て、まじめな表情で言う望月を見ながら、あやはふと父親のことを思い出す。


 ――うまい話なんて、そうそうあるわけないのよ。

 簡単に儲けているように見える人だって、

 陰で、いろんな努力をしているのだわ……


「私には、ちょっと無理そうね――」


 あやは苦笑しながら、

 自分は食い物になるまい、と心の中でそっと誓った。



 +++++



「恋歌姐さん、文です。三浦さまから――」


 最近入ったばかりの下働きが、

 あやのもとへ文を持ってやってくる。

 彼女は「アヤ」と名付けられていた。


 名付けたのは女将だったが、

 おそらく彼女も、置屋の主人も、“恋歌”の真名など、もう忘れてしまったのだろう。


 アヤは年のころは十ばかりで、もし彼女が半玉になる頃まで自分が置屋にいたら、姐に名乗り上げたいと、あやはひそかに思っていた。


「アヤ、ありがとう。ほら、お駄賃」


 あやは文机の上に置いてあった陶器の物入れの蓋を取る。

 中には、色とりどりの有平糖が、まるで宝石のようにつまっていた。


「ここで食べて行きなさい」


 あやが差し出すと、

 アヤは目をきらきらさせて、しばらく吟味した後、


「これにする」


 そう言って、桃色のものを選んだのだった。


 畳の上にぺたりと座り込み、小さな有平糖を両手で持って、

 コツコツと歯でかじり取りながら大事に食べるアヤを、あやはしばし見詰めてから、文をおもむろに開いた。


 その文は、包紙こそ四郎兵衛の名が書かれていたが、筆跡は一目で、目隠しの“かの君”だとわかる。


 手紙のやり取りを始めて、はや数ヶ月。

 二人の間を行き交った文は、十数通に上っていた。


「姐さん、聞きました?

 笹紅屋の富乃が、間夫と駆け落ちしたって。

 まだ見つからないって、大騒ぎしていましたよ。

 間夫って、何ですか?」


 アヤがふと、有平糖を食べる手を止めて、あやを見る。


「間夫は――好いた男……かな。商売と関係ない相手だよ。

 笹紅屋は、色も売る置屋だから、耐えかねたんだろうねぇ……」


「ふうん……、好きならお金を払って、

 お座敷に呼んでくれればいいのに……」


 無邪気に首をかしげるアヤに、あやは思わず苦笑する。


「たぶん、全部を買い上げるほど、甲斐性はなかったんだろうねぇ。

 それに――

 本当の“好き”は、お金なんか払わなくても、会うものなんだよ」


「じゃあ、望月姐さんの吉田さまや、恋歌姐さんの三浦さまは、

 本当の好きじゃないんですか?」


 アヤは、わからない、と眉をしかめながら、追い打ちをかけてくる。


「うーん、それは難しいねえ。

 そもそもね、私たち芸妓には、置屋と、お金の約束があるでしょう?

 それを肩代わりしてでも、一緒にいたいっていう、“好き”の形もあるの。

 そして――

 それが、ここでは正しい“好き”。

 富乃のように駆け落ちするのは、たくさんの人に迷惑をかけて、悲しませることになるのよ」


「へぇ……、そうなんですね……」


 アヤは残りの有平糖を口に放り込み、カリカリとかみ砕いた。

 あやは、文へと視線を戻す。


 文にはいつも通り、当たり障りのない時候の挨拶と、東京の各地のできごとが書かれていて、

 その内容からは、“かの君”がどんな職に就いているのか、どこに住んでいるのかは読み取れない。


 それでも、新橋の花街から出られないあやは、その手紙を、いつも心待ちにしていた。


 けれども、今回の文末には、

 いつもと違う一文が添えられていた。


『――しばらく文も書けそうにありません。

 お呼びだてしてよろしいようでしたら、

 三浦屋までお返事ください。』


 四郎兵衛が書いたという体のこの文で、

「三浦屋」と記されるのは、四郎兵衛を通せ、という暗号だった。


「アヤ、ちょっと待ってくれる?

 旦那さまに、文を届けたいの」


 砂糖でべたべたになった手を舐め終え、

 その場を立とうとしていたアヤを、あやは呼び止めた。

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