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秘された旦那様は、目隠しの彼女を離さない ――片岡あやの顛末  作者: じょーもん
第四章 桜と恋雲雀

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第二十四話 私は、ここにいる

「ちょっと見た? あの方って、男装なさっていたけど、絶対に女性よね。」


「見た見た! 凛としてお美しかったわぁ、私、あの方にお酌したい。」


 控えで出番を待っている半玉たちが、ひそひそと囁き合い、肩をつつき合っている。

 先ほどこの料亭に、吉田と数名の官僚に伴われた異能特務局の将校たちがやって来た。

 彼らはきっちり軍服を着込み、物々しい様子であったが、その表情は柔らかい。


「女将さん、お料理は? 準備万端ね、お酒の方も――ああ、ならいいわ。」


 望月は料亭の女将と最後の打ち合わせをしつつ、翠玉楼から連れてきた芸妓たちに視線を走らせる。


「美浜、清富、こそこそ覗きなんかしていないで。

 もう、乱菊姐さんも言ってやってくださいよ。」


 吉田から手配を任されている彼女は、寸分の失敗も許すまいと、ぴりぴりしていた。


「望月、ほら、お茶。

 万事滞りなく進んで――あなたのその、吊り上がった目尻を何とかすれば、準備万端よ。」


 あやが苦笑しながらぬるい茶を勧めると、望月ははっとして眉間を揉み、同じように苦笑しながら湯呑を受け取った。


「……私、そんなに怖い顔していた?」


「ええ、だいぶ。あなたはちょっと気を張りすぎよ。

 ここの女将さんだって、姐さん方だって、

 官僚だの将校だのの相手は知り尽くしているんだから。

 あなたは、大船に乗った気でいればいいのよ。」


「ええ――、わかってはいるんだけど……そうね。」


 気分を切り替えるように、湯呑を一気に飲み干すと、ほっと一息つく。


「で――、今日来た将校さんの中に、あんたのお姉さんはいたの?」


 何気ない様子でたずねた望月から湯呑を受け取りながら、あやは小さく首を振った。


「いいえ、姉はいなかった。

 まあ、義兄はいるかもしれないけれど……」


「……大丈夫? 無理そうなら――」


「問題ない。姉も義兄も、関わりは薄かったから。

 今さら会ったって――至近距離で顔をつき合わせたところで、絶対に分かりゃしないわよ。」


 平気な顔で、にやりと笑ってみせたあやに、望月はなおも心配そうに眉をしかめる。


「……ならいいけど……無理は、しないでね?」


 まもなく呼び出しがかかり、芸妓たちは望月を先頭に、座敷へと向かった。



 +++++



「ああ、姐さん方は『翠玉楼』の皆さんでしたか。

 ええ、我が特務局も、そちらのご主人にはご縁がありましてね。

 以前ご依頼いただいたことが――確か、あの時に出たのは……」


 吉田の酌を受けながら、局長の篠崎と名乗った男が笑う。

 彼は「女人に触れると神威に障る」などと言って、芸妓たちの酌を断っていた。


「『翠玉楼』なら、私が行った。

 あれは、もう……何年になるか――」


 すぐそばで杯を傾けていた美丈夫が答える。


 ――あれは、やはり、姉・りよの夫、斎部清孝……。


 少し離れたところで酌をしていたあやは、表情が動かぬよう、細心の注意を払った。


「ああ、清孝殿だったか。そうだそうだ、斎部夫妻に行ってもらったんだった。」


 篠崎は膝を打って、上機嫌に笑う。

 酒も進み、だいぶ酔いが回っているようだった。


「……置屋のご主人は、息災か?」


 清孝が、彼の傍に侍り、酌をしていた望月にたずねる。


「ええ、旦那様は相変わらずですよ。

 ――お祓いをしてもらったお嬢様のことは、聞かないんですね……?」


「……まあな。

 あの娘がどうなったか、くらいは、容易に予測が付く。」


 清孝は、感情の載らない声のまま、杯を空けた。


「吉田殿!

 この場に、かの有名な玉兎と小唄がいると聞き及びましたが――

 『二人揃いで目にすれば、寿命が三年延びる』という、噂の唄と舞いを、披露してはくれませぬか」


 半玉二人を侍らせていた男装の麗人、桃蘇(ももそ)阿多香(あたか)が声を上げた。


「おや、伝説の二人は、特務局の皆様にまで届いておりましたかな?

 二人はもう水揚げしまして――今はほら、

 玉兎はそこの望月に、小唄はそちらの恋歌になっております。

 望月、恋歌。一席、披露してくれ。」


 望月が、一瞬だけ、不安げな視線をあやへと走らせる。


 ――望月、私は平気よ……


 あやは、笑顔を作ると、深くうなづき返した。


 ――聴きなさい、斎部清孝……。

 私は、あなたの義妹じゃない。

 翠玉楼の売れっ子芸妓、恋歌よ。


 基本的に座敷に上がらなくなった望月が、舞を見せるのは久しぶりのことだった。

 あやの伸びやかな唄に乗って、彼女は蝶のように舞い踊る。

 耳はあやの唄に、目は望月の舞に――

 その場にいるすべての者が、釘付けとなった。



「――君は、もしかして……」


 宴が終わり、見送る段になって、清孝が踵を返し、あやへと向き直った。


 あやは、一瞬だけ真顔になってしまったが、すぐに立て直し、

 わざとらしく、明るくころころと笑う。


「ええ、以前、翠玉楼へいらっしゃったとき、

 すれ違ったのを覚えていらっしゃったなんて、光栄ですわ。

 でも、口説こうなんて、だめですよ?

 私はこう見えても、旦那様に操を立てていますし、

 斎部さまも、奥さまに叱られてしまいますわよ?」


「いや、私は、そういうつもりでは――」


 慌てた清孝に、篠崎が面白そうに振り返る。


「なになに、細君にしか食指が動かない朴念仁が、

 売れっ子芸妓に一目惚れだって?!

 おい、吉田殿。とんでもないことになったぞ」


「斎部殿、恋歌は勘弁してやってください。

 その子に手を出すと、いくら将校さんでも、無事じゃいられませんよ」


 吉田も冗談交じりに言い、清孝は「そういうことじゃない」と、

 気まずそうに二人を睨みつけた。


「……斎部さま。

 もし、何か気にかかることがあったとしても――

 気にしなくて、よろしいのです」


 あやは、清孝に微笑んでから、彼に一歩近づく。

 それから、彼だけに聞こえる声量で、


「――“今”に、私は、満足しております」


 と、囁いた。

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