第十六話 写真の中の私たち
マチは結局、宵月の下につき、
“玉兎”という名で、あやより数日早くお披露目があった。
他の二人は、まだ置屋に来て日が浅いということで、姐さんの下でしごかれている。
玉兎は宵月の旦那にも気に入られていた。
宵月の旦那は羽振りの良い男だった。
玉兎には、何枚も振袖が仕立てられ、そのすべてに兎と月があしらわれていた。
舞で定評のある宵月の下で、玉兎は目論見通りに舞手として開花した。
兎のように愛らしく軽やかに、けれども玉のようにしっとりと。
名の通りに舞うその姿は、たちまち高級官僚や将校の間で評判となった。
舞の玉兎と唄の小唄――
二人の半玉は翠玉楼の二枚看板となり、小唄の唄に合わせて舞う玉兎を見れば、
寿命が一年延びるなどと、まことしやかにささやかれた。
二人の人気は、年を開けても衰えず、十五になって桜が咲く頃にも、影りは見えなかった。
「ねぇ、写真を撮るって、恐ろしくない?」
男衆に連れられて写真館に向かう道すがら、玉兎が問う。
今日は、二人の姿を写真に収め、土産物として売り出したいと、
東京でも指折りの写真館に招かれていた。
「生駒姐さんが言うには、親指を隠していれば魂は吸われないとか。
でも、雁金姐さんは笑ってはいけないって言っていた。」
あやが答えると、玉兎は困った顔をする。
「それは難しいわね……、でも、写真を撮ったからって魂とられた人、本当にいるの?」
「うーん、三好屋の真澄姐さんが死んだのは、写真を撮られ過ぎたからだって、お師匠さんが言っていたけど……、眉唾だと思う。
だって、私、写真は何回か撮られたことがあるけれど、別に何か減ったような気がしなかったわ。」
「……あんた、写真撮ったことあるんだ……。だからお家が没落したんじゃあ……」
あやは一瞬心配になったが、ふと思い出して首を横に振る。
「ううん、やっぱり関係ないと思う。
だって、うちの殿様、ご自身や奥方のお写真を家臣各家に配ったけれど、まだお元気だって聞いているわ。」
「ふーん……、でもさ、私たちの姿が、海の向こうの誰かに見られるって、なんか不思議じゃない?」
「そうね――、写真の私が見ている風景が見えたら、きっと楽しいでしょうね……」
そう言っているうちに、写真館へとたどり着く。
玉兎はきょろきょろと、物珍しそうにカメラやスクリーン、小道具を見回している。
写真館は、どうやら初めてらしかった。
――玉兎が“ニセモノ”って、ゴマが言ってたけど、本当みたいね……
あやは、自分の周りの士族たちが、それなりの頻度で写真を撮っているのを知っていた。
もし玉兎が自称する身分が正しければ、彼女はここでこんな新鮮な反応はするはずないのである。
――やだな……私も玉兎に影響されたみたい。花街で生まれなんて、何の意味もなさないのに……
一瞬玉兎を見下した自分を恥じて、ふっと目を閉じる。
「写真師さん! この玉兎を一番美しく撮ってくださいな。
あー、小唄は私のこう、半歩後ろへ――」
玉兎はあやの袖を引き、スクリーンの上へと引っ張ってゆく。
「……なぜ私が半歩後ろ……?」
あやが聞くと、玉兎は無邪気に笑う。
「だって、ほら、私の美しさが引き立つでしょ? ね?」
――前言撤回。このニセモノ許すまじ。
あやは額に青筋を立てないよう気を付けながら、玉兎に負けじと半歩前へと乗り出した。




