第十三話 珠子さまご帰還
「ちょ……、ま……、えぇっ?」
とうのゴマは目を白黒させて、女将やあやへと助けを求める。
「……吉川さま、そちらのゴマで間違いないのでしょうか……」
番頭が恐る恐るたずねると、婦人は涙を流しながら、
「ええ、ええ。確かに間違いありません。
この御方は、桜川惟方さまのご息女、珠子さまにございます。」
「えっ……私は確かに“おたま”だけれど、荒町の質屋『みなとや』の“おたま”だよっ」
ゴマは目を白黒させたまま、吉川と呼ばれた婦人の腕から抜け出そうともがいた。
「いいえ、あなた様は、確かに珠子さまにございます。
旧摂関家の桜川公爵家の御令嬢にございます。
戊辰の役に際しまして、戦火を避け疎開したのが運の尽き。
幼いあなた様は人さらいに遭われ、流れ流れてこのようなところまで……。
水揚げ前で本当にようございました。」
吉川は、公爵家令嬢の珠子を照合するため、
身体的特徴は控えていたものの、
ゴマの顔を見て一目で惟方の娘だとわかったという。
彼女に言わせれば、父に瓜二つ、とのことだった。
聞けば吉川は、珠子の乳母だという。
ゴマが実父だと信じていた質屋の親父は、人さらいの一味で、彼女を売り時まで匿っていたに過ぎなかったなどという。
桜川家は大変な苦労をして、人さらいの一味を捕らえ、珠子の行方を追ったという。
最初は信じられないという顔をしていたゴマも、
話が進むにつれて、みるみる顔色が変わってくる。
彼女が信じ込んでいたものが、ひとつひとつ剥がされていったのだ。
「大丈夫です。お父上の惟方さまも、お兄様も、お母上も、皆この六年間、あなたを必死で探していたのですよ。」
「でも……私……」
ゴマがもう一度あたりに視線を彷徨わせる。
あやとも目が合った。
――ゴマ、本当のご両親があなたを探しているのなら、あなたは帰るべきよ。
あやは、心の中で思いながら、黙ってうなづいた。
「ゴマ、おまえに選択権はない。
お前が帰らないと、私たちまで人さらいの一味とされてしまう。
ご両親のもとへ、帰りなさい。」
番頭が重々しく口を開く。
「ええ、もうこちらでも調べは全て済んでございます。
もう、私がお珠さまを直接確認して、惟方さまも了承されるだけでございます。」
吉川も畳みかける。
「――わかりました。行きましょう。
準備をする時間をください。」
ゴマは、ゆっくりと吉川から離れる。
「準備など、必要ありません。身一つで来ていただければ――」
「いいえ、せめて化粧は落とさせてください。
芸妓の化粧で桜川卿に会うわけにはいかないでしょう?」
泣き出しそうな、複雑な表情でゴマは笑った。
その日のうちに、ゴマは吉川に連れられて置屋を去った。
彼女は、ずっと隠し持っていて、以前こっそり見せてくれた美しい櫛を、吉川の許可を得て最後にあやにくれた。
彼女は亡き母の形見だと思い込んでいた物。
翠玉楼の主人に、“良い血筋”だと思い込ませるのに一役買っていたものだった。
だがそれは、よくよく見れば桜川公爵家の紋が巧みに隠れて配され、
作りも摂関家にふさわしい格調高いものだった。
数日後、芸妓の教養にと取っている日日新聞の片隅に、小さく記事が載った。
『桜川惟方卿令嬢珠子さまのご帰還。卿も奥方も涙々の再会。許嫁の啓信親王殿下もお喜びに――』
新聞を前に、あやはあの櫛をしばらく掌に載せたまま、動けずにいた。




