第十二話 からから笑う女たち
将校二人の来訪からも、お蝶が母屋を出ることはなかった。
あやも、風呂屋で母屋の女中と一緒になったときに、直接聞いてみた。
お蝶はかつて、母屋でも暴れ狂っていたそうで、女中たちの恨みを一身に受けていた。
だが、あの将校二人――斎部家のお祓いを受けてからというもの、すっかりおとなしくなり、
今ではすっかり人が変わったように日々呆けているという。
「何が怖いって、旦那さまだよ。」
湯船につかりながら、女中があやに耳打ちする。
「え? なんで旦那様?」
あやが首をかしげると、女中は湯の中だというのに震えるような身振りをして二の腕をこする。
「だってだよ。かつてのお蝶さまが問題児なのは、誰の目から見ても明らかだった。
だけどさ、あそこまで人が変わられちゃァ、私らだってちったぁ心配するよ?
なのに、旦那様は顔色一つ変えないんだ。今までと変わらず、ニコニコニコニコ……。
旦那様は本当に、お蝶さまを愛してらっしゃるのかね……」
「悪いけど、置屋の私たちとしては、ありがたい限りですよ。
散々ひどい目にあわされて、あわや身体を売られたり、将来まで潰されかねなかったのだから。
あんなのが主人にならなくて、本当にほっとしています。」
あやは思わず強い本音が口をついて、自分でもギョッとした。
「そうだよねぇ、あんたたちには死活問題。変な情けなんてかけてる場合じゃないよねぇ。
それよりもさぁ――」
女中はからから笑って、話題を変える。
あやもそれきり、お蝶の事は忘れることにした。
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盆を過ぎて、暑さが落ち着き始めた頃、あやをはじめゴマやマチ、十四を過ぎた下働きたちは、化粧を習い始めた。
女将は何も言わなかったが、下働きの間では、そろそろ半玉になるのだと、にわかに色めき立った。
「今手が空いているのは、生駒姐さんに、藤ケ瀬姐さん、宵月姐さん――」
ゴマが天井を見上げながら数えると、紅を引き終わったマチが横から口を挟む。
「雁金姐さんのとこにいた、小鶴が下がるそうよ。いよいよ身体がダメだって。」
「――小鶴さん、肺病だっけ?」
「ええ、私、絶対に雁金姐さんの下に就きたい。」
目を輝かせたマチに、ゴマがあからさまに眉をしかめて苦言を呈す。
「そんな、他人の不幸に付け入るような真似……。
だいたい、なんで雁金姐さんがいいのさ。あの人、すごく厳しいって聞くよ?」
「だって“一番”じゃない。今、うちで一番人気だし、それに旗本家の出だってもっぱら噂よ?」
「だから、なんなのさ。人気は確かだけど、元が何だって、芸妓の身の上には変わりないじゃない。」
ゴマの言葉に、マチはフフンと得意げに鼻を鳴らして胸をそらす。
「だからー、私のような由緒正しい血を引くものが、ここで唯一頭を下げられる相手は、雁金姐さんくらいしかいないのよ。
あんたみたいな、どこの馬の骨ともわからないお嬢さんにはわからないかもしれないけれど――」
「あんたァ……」
ゴマがつかみかかろうと立ち上がりかけたその時だった。
「お珠さま!」
襖が突然あいて、一拍置いて――
身なりの良い婦人が駆け込んできた。
その場にいたもの、とりわけゴマは驚いてそちらを振り向く。
彼女の後ろから女将や番頭が、やや戸惑い気味に顔を出す。
婦人は迷いなくゴマへと駆け寄って、彼女をひしと抱きしめた。




