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秘された旦那様は、目隠しの彼女を離さない ――片岡あやの顛末  作者: じょーもん
第二章 芥子の粒

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第十話 春の見世物

「春ってさぁ、人間も動物と一緒で、変な奴、出てくるよねぇ。」


 女将に言いつけられて、掛け軸を桜から藤へとかけ替えながら、ゴマがつぶやく。


「変な奴って、六つ橋通りの露出狂?

 それとも宵月姐さんの“常連さん”?」


 彼女から受け取った掛け軸を丁寧に巻きながら、あやは笑う。

 ゴマは風鎮をかけ終わると、あやへと振り返った。


「どっちもよ。どっちも春だなーって思うけど――」


 少し声を落として、

「それよりさ。お蝶について、何か聞いてない?」


 と、ゴマはあたりを伺う。

 あやも掛け軸を巻くのを一旦手を止めて、ゴマへと顔を寄せた。


「詳しくは――……でも、最近見かけないでしょう?

 それと、関係あるのかしら」


「うん、年明けからこちら、だんだんおかしくなってきたって、

 母屋の女中が言っていた……って、チリがねぇ。

 まあ、市香姐さんはさ、

 とうとう縁談を持ち込まれて、母屋で性根を入れ替えさせられてるって言ってたし。

 だから、何が本当かわからないけど。」


「どっちにしても、あのバケモノが出ないのは、私たちにとっていいことだわ。」


 あやが、お蝶を妖怪のように言って笑っていると、

 半玉になったばかりの若造酒を先頭に、何人かの芸妓や半玉が座敷へと入ってくる。


「あんたたち、ちょっとおいで。面白いものが見られるよ。」


 ニヤニヤと笑みを浮かべて、若造酒が二人を窓辺へと呼んだ。


 ちょうどその部屋の窓からは、主人家族の住んでいる母屋が見える。

 主人家族の住む母屋は、芸妓たちを見張るためなのか、目隠しの類が一切なかった。

 しかし、あちらから見えるということは、こちらからも見えるということだ。


 姐さん方の間から顔を出し、格子越しに母屋の方を見ると、

 二人の陸軍将校が門をくぐってくるところだった。

 二人とも軍帽を目深にかぶって顔は見えなかったが、片方はスカート姿で、女だとすぐにわかる。


「帝国陸軍の異能特務局ですって、旦那様が頼み込んで呼んだそうよ。」


「陸軍の異能特務局って、妖怪だの幽霊だのを相手にする精鋭なんですって。

 不思議な力を使える人ばかり集められていて、女でも軍人になれるらしいわよ。」


 若い芸妓の一人が言った。


「へぇ、あんた詳しいわね。」


「ええ、お座敷で聞いたのよ。あー、別に秘密じゃないわよ。異能軍人の募集は引き札にも載っていたし。」


「でもなんで、そんな将校さんがウチなんかに?」


 ゴマが声を上げると、若造酒が訳知り顔に答えた。


「お蝶さまがさ、とうとうご乱心されたそうなの。

 何でも女の幽霊に憑かれたとかで、節分からこっちは、ずーっと『椿が―、椿がぁ―っ』て、うなされて、最近では昼間でも見えるとか。」


「ああ、そういうこと!

 それで、旦那様が陸軍さんを接待していたのね。」


 今度は別の半玉が声を上げる。

 皆がひそひそと噂を続けるうちに、将校二人は母屋へと入って行ってしまった。


 やがて、母屋からは獣の咆哮のような、野太い女の声が聞こえ始める。

 それは確かにお蝶の声だった。


 障子は固く閉ざされていて、彼女の姿は見えない。

 しかし、苦しんでいる様子は逐一分かって、あやも、他の芸妓や半玉たちも、いい気味だと思わずにはいられなかった。


「ちょっと、あなたたち、こんなところに集まって、はしたないですよ。」


 突然、女将が背後から声をかけてくる。


「さあ、油を売ってないで、すぐに戻って頂戴。これからこちらも、将校さんが見て回られるから。」


 叫び声は相変わらず続いていたが、暗に稽古へ行けとせきたてる女将の声と、変わらぬ母屋の絵ヅラに皆は素直に従った。


+++++


 まもなく、今日は三味線の稽古だったあやは、すっかり支度を整えて、

 庭先で一緒に行く姐さん方を待っていた。


 ふと、母屋の方から主人の媚びへつらうような声がして、数人の玉砂利を踏む足音が近づいてくる。

 そちらを見やると、主人と番頭に付き添われて、先ほどの将校二人が置屋の方へとやってくるところだった。


「こちらでございます……、

 へぇ、置屋も見ていただけると、娘たちも安心できますから……、

 ありがとうございます。」


 聞えてくるのは主人の声ばかり。軍人の声は、小さいのか低いのか、聞き取れなかった。

 女の方は、うなづいてはいるが発言はしていない。


 何となく目を凝らして、軍人を注視していると、だんだんと顔が見えてくる。


 あやは、知っているような不思議な気持ちになっていたが、

 突然それが既知の人物だとわかった。


 ――あれは……、あの女将校は――りよじゃないのっ!

 えっ、じゃあ、あの隣は……よく見れば、その夫、斎部清孝!


 突然目の前に現れた、姉とその夫――、

 没落前の“あや”を知る人物に、


 あやは、冷水を頭からぶちまけられたような、

 羞恥心で焦げてしまうような、

 どうしようもない心持ちに襲われた。



 そっと。

 違和感がないように。

 絶対に視線を引かぬように。


 細心の注意を払って二人から背を向ける。


「おケシちゃーん、待った?」


 いつも可愛がってくれる生駒姐さんが、明るい声音で玄関から出てきた。


 あやはビクリと身を震わせて、ちらりとりよの方へと視線を巡らせ首を振る。


 一瞬、りよと目が合ったような気がしたのは、気のせいだったか――



 その日、ついにあやの集中力が戻ることはなく、

 三味線の師匠からは

「今日は弾かなくてよろしい」

 とだけ言われ、部屋の隅へと追いやられてしまった。

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