第4話:霧島副主任の正体と“トルク試験”の罠
翌朝。
工場に入った瞬間、全員が嫌な圧を感じた。
「今日……空気重くない?」
「なんかあるよな……」
同僚たちがヒソヒソ話す中、俺は悟っていた。
――霧島副主任が動く日だ。
案の定、朝礼で霧島が前に立つ。
メガネが朝日を反射し、不穏な光を放っている。
「皆さん。本日は“トルク試験”を行います」
工場内にどよめきが走った。
トルク試験とは、ネジの締め具合を数字で測るテスト。
作業者の心と精神が丸裸になる恐ろしい儀式だ。
霧島は淡々と続ける。
「トルクは心です。心がブレれば数字がブレます」
「だから精神論やめろって!」
俺の心の叫びは誰にも届かなかった。
各自台に立ち、ネジを締め始める。
機械のモニターにはトルク値が表示される。
佐藤さんの数字は安定している。
ベテランは強い。
タカハシは……めちゃくちゃ高い値を叩き出した。
「先輩! 見てください! 銀河パワーです!」
「壊す気か!」
そして俺の番。
ネジを構えた瞬間――
脳内に声が響く。
――“今日の俺は繊細なんだ。やさしくいけよ”
「ネジが喋ってる……」
「先輩、集中してください!」
俺はゆっくり回した。
カチッ……キュッ……。
モニターに表示された数字は――
トルク完璧。誤差ゼロ。
「……え?」
工場がざわつく。
霧島が眉を上げる。
「これは……凄い」
「いや、ただの偶然です」
「いいえ。あなたは“ネジとの一致率100%”です」
一致率100%?
そんなRPGみたいなステータスあるか。
霧島は続けて言った。
「あなた二人……特に佐川さんとタカハシくん。
あなたたちは“工場進化計画”に必要な人材です」
工場進化計画!?
そのワードは聞き捨てならなかった。
「なんですか、それ?」
俺が尋ねると、霧島は静かに語った。
「この工場は、ただの工場ではありません」
「いや、どう見てもただの工場だろ」
「違います。この工場は“意思を持つ部品”が発生する特異点なのです」
沈黙。
全員ポカン。
霧島はさらに続ける。
「あなたたちが聞いている声……それは妄想ではありません」
「え、マジで!?」
「部品が進化している証拠です」
タカハシが感動して震える。
「やっぱり僕、宇宙の声、聞いてたんですね!」
「お前は黙れ」
霧島は低い声で言った。
「この工場では、ネジが次の段階へ進もうとしています。
“自律稼働型部品”への進化です」
つまり――
ネジやバリが、自分で動き、自分で最適な位置に収まる世界。
「そんな未来、来ていいのか?」
「自律部品ならミスゼロ。ラインは止まりません」
霧島は淡々と言う。
だが俺は気づいてしまった。
もし部品が全部自動で動いたら――
俺たちの仕事がなくなるじゃないか!
「待ってください!
進化したら……俺たち、いらなくなるじゃないですか!」
霧島はゆっくり振り向いて言った。
「安心してください。あなたたちは“適応者”です」
「適応?」
「部品と意思疎通できる唯一の存在……
あなたたちは新職種“部品コミュニケーター”になります」
そんな仕事、聞いたことない。
タカハシが目を輝かせて言った。
「先輩! 僕たち特別なんですよ!」
「お前は喜びすぎだ!」
霧島は最後にこう言った。
「近いうちに……工場は大きく変わります」
「変わらなくていいんだよ!」
「準備しておいてください。トルクの時代は……終わります」
工場を支えてきたトルクの概念が崩壊する予告。
全員が固まった。
帰り道。
タカハシが言う。
「先輩……僕たち、どうなるんですかね?」
「どうなるかじゃない。どう止めるかだ」
俺は決意した。
この工場の暴走を……なんとか食い止める。
――ネジとバリの声を聞く宿命を背負わされた不運な男として。
夕暮れの工場が、不気味に光っていた。




