第1話:ネジと人生の回転数
朝五時。
アラームの音が地獄の鐘に聞こえるのは、俺だけじゃないはずだ。
「あと五分……いや、五年くらい寝かせてくれ」
そんな願いもむなしく、スマホは無慈悲に震え続ける。
俺は中堅部品メーカー「第一精密工業」勤務。
部署は組立ライン。担当は“ネジ締め”。
そう、朝から晩まで、同じ形のネジを締め続けるネジ締めマスターである。
「おはようございまーす!」
と、元気いっぱいに出社してくる新人のタカハシくん。
まぶしい。朝日よりもまぶしい。
俺が社会人一年目のころも、あんなふうにキラキラしてたのだろうか。
いや、たぶんしてない。初日でネジ締めの虚無に気づいたからだ。
ラインが動き出すと、そこは戦場だ。
リズムよく「カチッ」「キュッ」「カチッ」「キュッ」。
ミスればすぐに「警告音」が鳴る。
「ピーピー」……いや、「人間の尊厳、消失中」の警報音にしか聞こえない。
隣の佐藤さん(通称:ラインの鬼)は、今日も鬼の形相でスピードを上げている。
「おい、新人、遅いぞ! ライン止まる!」
「すみません!」
タカハシくんの声がこだまする。
ああ、がんばれ……。三日で慣れる。三ヶ月で悟る。一年で魂が抜ける。
午前十時。休憩室では、自販機前でのコーヒー談義が始まる。
「ブラック飲むやつは、だいたい心が黒い」
「いや、眠気との戦いに勝つためだ」
「俺はミルク多めのラテ派だ」
――平和だ。工場にも、こんな哲学的な会話がある。
午後、ライン長の大山課長が視察に来る。
「おい、ここ、ネジのトルクが甘いぞ!」
「はい、すみません!」
まるでトルクの鬼。
俺たちの世界では、ネジの締まり具合が人生の全てだ。
そんな中、事件が起こった。
ライン上の部品が、突然「ガコン!」と音を立てて落下。
タカハシくんが固まる。
「どうした!?」
「……部品、しゃべりました」
「は?」
「『もう締めるのやめてくれ』って……」
一瞬、静寂。
全員の頭に「疲れてんな……」の文字が浮かんだ。
大山課長だけが真剣な顔で言う。
「部品も悲鳴を上げるほど頑張ってるってことだな」
――名言である。だが残念ながら、心には響かない。
終業ベル。
「おつかれさまでしたー!」
の声が一斉に響く。
外に出ると夕日。
オレンジ色の光の中、俺たちはネジのように、今日も少しだけ回った。
明日もまた、同じ場所で同じネジを締める。
だが、それでいいのだ。
ネジがなければ、世界はバラバラになる。
つまり――俺たちは世界をつないでいる。
……と思わなければ、やってられないのだ。




