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迫る音

波の音が聞こえる。


もうすぐ岸につく。残り短い船旅も満喫しよう。


海の上というのは開放的な場所で、耳を傾けると、自然のオーケストラが心地よい。

向こう岸の草が、風に揺られてサワサワカサカサ。なにかの鳥が遠くで鳴く声。


尾びれが、水面を叩いて、水飛沫がバシャン。



……おびれ?


あの岩の裏。魚のヒレのようなものが一瞬見えた。でも、それにしては大きすぎる。


“人間がその歌声を聴いてしまうと、海の中に引き摺り込まれて喰われてしまうんですよ。”


シリルさんの声が蘇った。

さぁっと自分の血の気が引いていくのを感じた。冷や汗が背中を伝う。


開放的、つまり逃げ場のない海の上。

人間は死の歌声に抗えない。


「シリルさんっ!!」


「はい、なんでしょう?」


私が名前を叫んだところで、シリルさんのオールを漕ぐ手は止まらない。


違うんだよ、止まってよ!

今、あなたの目の前に!



絶世の美少女が、岩から顔を覗かせた。下半身は…魚。人魚。つまりセイレーン。

貝殻の裏のような複雑な光を宿す大きな目と、視線が合った。


私を見つけて、人魚たちの瞳が鈍く光る。

門が近いからだ。私はよそ者のニンゲンだから。殺される。

ああ、もうだめだ。


私には、魔法は、奇跡は、起こせない。魔物に対処する術などあるはずがない。


…せめてシリルさんが助かれば、何か対処できるかもしれないよね。


「どうかしましたか?ウィロウさ…」


ドン!!



人見知りで、臆病で、普通の人間の私の小さな覚悟。

私は勢いよくシリルさんを船底に押し倒して、その耳を塞いだ。


私の耳は無防備。つまり私には歌が聞こえる。

死を目の前に感じ、ぎゅっと目を閉じた。


最期に見えた景色は、セイレーンが口を開くところ。大きく息を吸った。鱗がきらりと光って、神秘的だけど不気味。


最期に聞く音は、死の歌声になるだろう。

人間って、聴覚は今際の際の最後まで残るんだっけ。どうせなら好きな歌聴きたかった。

ああ、短かったなあ。私の人生。あと数秒か。


いち、に、さん、し、ご…



「にゃあ」


歌っ……じゃない!?猫!?


猫の声が、歌声をかき消した。


恐る恐る目を開いて、驚いて固まっている様子のシリルさんから手を離した。


私、生きてる……。


あの鳴き声が聞こえてきたのはどこから?


「もう!だめだよー、シリル様に歌っちゃ。」

普段はこんなことないのにな、と今度は声変わり前の少年の高い声が聞こえた。


もしかして、と思ってセイレーンの方を見ると、少年はやはりセイレーンに語りかけている。


うそ、だよね?

門番のセイレーンは危険な魔物のはず。それにあんな風に話しかけて、もし怒りを買ったりしたら……


「怒りを買ったりしたら?まあ僕じゃなけりゃ確実に死んでるだろうね。」


「うわあっ!!」


いつのまに私の横に!?

さっきまで向こう岸にいたはずの少年の声が耳元で聞こえて、思わず私は悲鳴をあげた。

当の本人は、抱えている猫を撫でながらニヤリと歯を見せて笑っている。


船の横で、彼は平然と立っている。

…って、船の外って要するに海なんですけど。

波間に足を沈めることなく、海面の上に立っている。

てか心の声読んだ?“僕じゃなければ”って、セイレーンにいうこと聞かせられるってこと?


なに、この人。いや、人じゃないかも。

私は助けを求めてシリルさんの方に視線を向けた。すると、シリルさんが起き上がって、謎の少年に親しげに話しかけた。


「わたくしは歌っていただいても大丈夫なんですけど…まあありがとうございます。今日もお仕事お疲れ様です、ノアちゃん。」


「シリル様がよくても、味方とそれ以外の区別ができない門番はだめなのっ。」

だからちゃん付けやめてってば…と少年は頬を膨らませて言う。


ノア、と呼ばれたその少年は、私よりずっと年下に見えた。


橙色の、落ち着いた髪とはつらつとした大きな目。胸元に抱いている、あの鳴き声の主は艶のある黒い毛を持つ猫だ。

シリルさんのことを知ってるし、なんか色々人外じみてるし、多分魔法使いだよね。



そんなノアさんは、こちらをチラリと見てシリルさんに問いかけた。

「で、この生き物はなに?」

新しいおもちゃ?猫よりは弱そうだけど――なんでまだ生きてるの?


と、質問攻め。

いかにも命の扱いが軽そうな口ぶりに、ぞくりと背筋が震える。


……あ、私のこと!?

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