第1.9章:血塗られたうなずき
少し迷いましたが、古い章を削除して、皆さんのために新しい章に置き換えることにしました。
空気が絞め殺されるようだった。
アルウェンは目を激しく瞬かせ、魂の底から絞り出されたような問いが漏れる。
「本当に……そうなのですか、ロナン?」
ロナンは長い間、沈黙して立ち尽くした。罪人のように視線を地面に落とす。やがて深く息を吐き、冷たく、弁解の言葉もなく、ただ頷いた。
その頷きはアルウェンの胸に真っ直ぐ突き刺さる剣だった。
心の最後の防壁――何年もそばにいてくれた人が必ず約束を守ってくれるという純粋な信頼――が粉々に砕け散りそうになる。
少年は崩れ落ち、身体を震わせ、瞳は混乱に満ちた。
王は静かに佇み、目に痛みと後悔が混じるが、言葉は何一つ出てこない。
周囲の貴族、騎士、民衆はただ口を開けて立ち尽くし、誰も目の前の出来事を信じられなかった。
マグナスが嘲るように笑う。
「お前なんて所詮はボロをまとったガキだ。俺が拾ってやらなければ、あの場所でとうに死んでいた!」
彼はアルウェンに向き直る。
「アルウェンよ、お前はずっと俺の手の平の上だった。今のお前が持つ全ては、俺が仕組んだものだ!」
そしてロナンを真正面から睨み、鋼の鉤のように鋭い目で首に縄をかけるような提案――
「だが俺は寛大だ。二度目のチャンスをやろう。良心などというものも、『意味』などというくだらないものも全て忘れろ。俺の側に立て。俺の魔王騎士になれ」
「ただし……今すぐこいつを始末しろ!!」
ロナンは一瞬、動かなくなった。アルウェンは彼をまっすぐ見つめ、瞳はすでに深淵の色に変わっていた。
ロナン手にした剣がアルウェンの頭上に高く掲げられる。
マグナスが勝ち誇ったように笑う。ロナンの剣がゆっくりと下がり――
民衆は恐怖に飲み込まれ、誰も立ち上がれなかった。
アルウェンの胸は締め付けられるように痛み、瞳は深い闇に覆われ、今起こっていることを信じられない。
立ち上がれると思えた瞬間が、こんなにもあっけなく消えるなんて。
短い希望が残したのは廃墟だけなんて。
何年もそばにいてくれた人が、精巧に彫られた木の仮面にすぎなかったなんて。
心は受け入れられない。しかし絶望の底で、かすかな、だが確かに灯るものがあった。
ロナンの唇がわずかに開く。乾いた、ゆっくりとした声。
「かつて俺は、自分を踏みつけた者たちの上に立ちたかった」
「最強になりたかった。役を演じ、仮面をかぶった」
ロナンの瞳が異様に輝いた。
マグナスは笑いをぴたりと止めた。
何かおかしいと気づいた。
だが、もう遅い。
ロナンが振り返る。
剣が目で追えぬ速さで振り上げられる。
鋼が空気を裂き――狙いはアルウェンではなく、マグナスの喉、一度槍で貫かれた急所だった。
斬撃の轟音が空を引き裂く。
土煙が巨大な柱となって立ち上がり、戦場を覆った。
全てが驚愕と呆然とする中、ロナンは驚くほど落ち着いた低く静かな声で続けた。
「だが俺は気づいた……力とは、踏みつけるためではなく守るためにあると。
俺は約束を守った。俺に居場所をくれた誰かに……」
ロナンはアルウェンを見つめ返す。
ゆっくりと手を差し伸べる。かつて弱かった皇子を引き起こすように。
「……もしお前が皇子なら、俺はお前の後ろ盾になる」
その言葉にアルウェンは息を呑んだ。
かつての光景が蘇る。ならず者の前で縮こまっていた男が、次の瞬間手を差し伸べてくれたあの瞬間……あれは本当に仮面ではなかった。
アルウェンは微笑んだ。かすかだが、どんな光よりも美しい笑み。
震える手が素早く伸び、ロナンの手を強く握り返す。数多の感情をくれた人、後ろ盾、友、あるいは兄のような存在の――
その瞬間、全ての音が消えた。
竜の咆哮も、叫び声も、残った兵たちの荒い息も。
残ったのは二人だけ。皇子と裏切り者、廃墟の海の中で、最後の約束のように手を繋いで。
ロナンは軽く頭を下げ、冷たい空気に白い息を吐く。
「ありがとうございます……」掠れた、震えるが確かな声で
「……一度だけでいい、信じてくれて」
その瞬間は不思議なほど穏やかだった。
アルウェンは小さく微笑み、差し出された手を握り返す。
強く、強く。離せば全てが消えてしまいそうに。
過去の川に沈みながら、あの頃の二人の少年がいつも一緒にいた日々、決して離れることのなかった二人の時間が――
*…*
「それがお前の答えか!」
聞き慣れぬ、地下から響くような低い声。
二人が振り返る間もなく――「ずぶっ」
黒い槍がロナンの喉を真正面から貫いた。
血が飛び散る。
瞳の光が瞬く間に消え、身体が激しく震え、息が途切れる。
アルウェンは凍りつき、ロナンに掴まれたままの手が、さっきまでの温もりを失っていく。
「ロ――ナン!!」
叫び、駆け寄って支えようとするが、目に入った光景に血の気が引いた。
巨大な土煙の中から、マグナスが人型で蘇る。
喉の傷は闇魔法で癒え、巨大な竿ではなく黒水晶の鎧をまとった戦士の姿。
鎧の紋様を紫黒の光が溶岩のように流れ、目は狂気と憎悪で赤く燃えていた。
「お前は俺を裏切った……」鋼が石を打つような響きで
「……ならばその選択と共に死ね」
ロナンは血を吐き、身体を硬直させてアルウェンに倒れかかる。ドミノのように。
マグナスは黒騎士の如く無慈悲に槍を引き抜く。
アルウェンと数百の怯えた目が見つめる前で。
視線が周囲の全てを舐め回す。
冷たく、鋭く、容赦なく。すでに宣告された死刑判決のように。
「ハハハハハハハ!!!」
突如として響く笑い声は、錆びた刃で金属を削るような音で空気を裂いた。
顔が歪み、口角が限界まで引きつる。
笑いは奈落の底から響くように、数百メートル先まで背筋を凍らせた。
その暗く苛烈な視線が震えるアルウェンに落ちる。
アルウェンの四肢は石化し、頭を垂れ、言葉を失う。
マグナスが異様な笑みを浮かべ、低く、嘲り、救いの余地などない声で告げた。
「どうだ、アルウェン?」
「言ったはずだ……俺はお前より全てにおいて上だと」
「弱者は所詮弱者だ」
傷口に刃を突き立てるような笑い。
「お前がどれだけ藻掻こうと、所詮はあの頃の無力なガキのままだ」
マグナスが近づき、全細胞に響かせるように叫ぶ。
「よく見てみろ。お前の努力は一体何のためだ?」
「誰一人守れなかった」
「誰一人助けられなかった」
毒に満ちた笑い。
「お前が救った者たちでさえ、お前を災いとして見ている」
獰猛な囁き。
「呪いのように……お前自身も逃れられない呪いとして……アルウェェェン」
アルウェンは死んだように沈黙していた。
マグナスが手を伸ばす――
*がきっ!*
アルウェンの腕が跳ね上がり、マグナスの手首を掴む。鎧の棘が肉を裂き、血が滴る。
瞳に殺意が灯り、先ほどの弱さは跡形もなくなっていた。
マグナスがわずかに驚き、強く振り払う。
*ずしゃっ!!*
アルウェンの手のひらから大きな肉片が引きちぎられた。
だが顔一つ歪めない。
痛みはない。
恐怖はない。
憎しみだけ。
マグナスが半歩退き、冷たく黒い槍を構える。
槍が風のようにアルウェンの肩を狙って振り下ろされる――
が、空を貫いた。
反射すら追いつかない瞬間、低く身を沈め、身体を横に滑らせていた。
マグナスが一瞬硬直する。
「なに――?」
言葉を終える間もなく、アルウェンは手を伸ばし、地面に突き刺さっていた折れた自らの剣を掴む。
金属が軋む音が決意の息遣いと重なる。
非人間的とも言える一連の動作で、折れた剣を全力で横薙ぎに振り抜く。
殺気が押し寄せる。
マグナスは即座に槍を引き戻し、黒い金属の壁のように構える。
*キィィン!!!*
衝撃が雷鳴のように響き、大地が震えた。
二つの武器が交差する点から衝撃波が広がり――
アルウェンとマグナスは同時に数歩後退し、地面を抉りながら体勢を保つ。
マグナスが真剣な目でアルウェンを見つめる。軽蔑は消えていた。
アルウェンは裂けた手を握りしめ、折れた剣を離さない。
片目から血が流れ続けるが、震えはなく、追い詰められた獣の反撃のように鋭く冷たい。
二人の間に重い空気が張り詰める。
マグナスが低く、興奮を帯びた笑みを漏らす。
「……やっと反撃する気になったか、弱虫小僧」
アルウェンは静かに間合いを取りながら、爆発する気迫を放つ。
腰を落とし、ボロボロのマントを拾い、ロナンの亡骸に優しくかける。最後の尊厳の印として。
ロナンの血が手に残り、かつての約束を思い出させる――『大事な時には必ず現れる』
背筋を伸ばし、氷のような瞳で一歩ずつ踏み出す。
「お前は……俺を殺すためだけに全てを仕組んだ」
声は凍てつくほど冷たい。
歩きながら続ける。
「お前は全てを殺した……ただ俺を傷つけるためだけに」
立ち止まり、許しなどない炎が瞳に灯る。
マグナスが遮る。
「そしてこれからも続ける」
何度でも苦しめてやるという嘲笑。
アルウェンは意に介さない。
怯える民を見やり、静かに告げる。
「彼らの尊敬も、考えも必要ない」
「俺が望むただ一つのことは……」
視線をマグナスに突き刺す。
「もう誰も苦しませないことだ」
鎧に隠れた悪魔の顔を射抜くような視線。
「お前は俺にとって最も大切な人を殺した」
「だがそれでも俺は崩れない……お前のような者に膝を屈したりしない」
折れた剣を握りしめ、闇から目覚めるように瞳が燃える。
「それは俺に教えてくれた……」
傷の痛みで声が掠れるが、視線は揺るがない。ロナンの記憶が決意を燃やす。
「俺はまだ、誰かを守れるほど強くないと」
「だからこそ……百回倒れても立ち上がる」
遠くにいる民衆は呆然とし、信じられない光景にざわめきが広がる。
木の枝や鍬やシャベルを掲げ、熱い声が上がる。
「皇子アルウェン!!!」
弱った体で兵に支えられていたレガルス王すら足を止めた。
息子を驚きと誇りと不安が入り混じった目で見つめ、兵たちに叫ぶ。
「どんなことをしてもアルウェンを守れ、死なせるな!!!」
数人の兵が前に出るが、大多数はマグナスのような存在に怯える。
王は怒鳴る。
「臆病者ども!ここにオルヴェルの未来がある!」
それでも動かず、王は無力に息を吐き、アルウェンを見つめる他なかった。
空気は弱い者なら即座に気絶するほど重い。
マグナスがぴたりと止まる。
そして――
*ぱちぱちぱち……*
突然の拍手が響き、二人は同時に足を止めた。
マグナスは奇妙なほど無表情に立っていた。
「見事だ。素晴らしい演説だった」
言葉に毒と嘲りを込めて。
アルウェンは無言で睨み返す。
「だが確かに俺はお前の根性を甘く見ていた。口だけなら誰でもできる!」
言い終えると同時に足を振り上げ、*キン!*
倒れた戦士の剣が跳ね上がり、アルウェンの足元に突き刺さる。
マグナスが冷たく指差す。
「ならば……ここでその本気を見せてみろ」
言葉と同時に片手を天に掲げる。
虚空中から黒い煙が渦を巻き、生き物のように腕に這いおりる。
*シュッ!*
腕を振り抜く。
煙が凝縮し、一瞬にして長大な黒剣が彼の手の中に収まった。
底知れぬ闇の刃がアルウェンを指す。
マグナスが首を傾ける。
「来い」
アルウェンは躊躇なく応じる。
腰を落とし、足元に刺さった剣の柄を掴み、力強く引き抜く。冷たい鋼が微かに震える。
剣先を真正面に突きつける。
二人は向かい合い、それぞれ剣を胸前に構え、刃先は互いの心臓を正確に狙っていた。
風が吹き抜け、マグナスの黒マントは闇が広がるように、アルウェンのボロボロのマントは廃墟の中の希望の旗のように翻る。
一方は全てを飲み込む闇。
一方は体力の限界を超えた不屈の意志。
風が再び吹き、二人のマントをはためかせる。
その瞬間、全員が理解した。
この戦いが――全てを決する。




