8:女王陛下への報告
アクエリアム=アプラ=アンフィトリテ=メルグリアは、元聖女で、現在は光の司祭でありリュリュイエの女王だ。
彼女がまだ十歳になったばかりの事。当時の聖女が病で魔力を失ってしまい、急遽、聖女の継承を行わなければならなくなった。高い魔力と聖なる力の強さを持っていたアクエリアムは、元々次代の聖女としての教育を受けていたため、女神テティスの加護を継承し、成人前であるにもかかわらず、重い責務を負う事になってしまった。
必死に都を護る彼女を支え続けた王子ウラヌセウトに見初められ婚約し、成人後に結婚。男児を一人、女児を一人出産し、ミオティアルに聖女を継承した後、女王となる。
本来は王子であったウラヌセウトが次代のリュリュイエ王となる予定であったが、話し合いを重ねた結果、妻であるアクエリアムが女王となる。ただ、ウラヌセウトは王族としての責務を放棄したわけではなく、常に彼女の側におり、女王の補佐、警護、その他彼女に降りかかる厄介ごとは一手に引き受けた。それに、アクエリアムの身体の具合には人一倍敏感で、無理をしがちな彼女を強制的に休ませては王の職務を代行するなど、全力でサポートしていた。
アクエリアムもまた、幼い頃から自分をずっと支えてくれている夫を誰よりも信頼している。
何よりもアクエリアムを最優先に行動するので、その過保護ぶりに少々困る事もあったが、自分を女王としてではなく、一人の人間として大切にしてくれているという事が、嬉しくも思っていた。
昔から自己犠牲が過ぎる彼女にとって、ウラヌセウトは正にブレーキとも言える存在だろう。
「……失礼致します。アクエリアム陛下、オーケヌス殿下がお見えです」
アクエリアムの部屋付きの従者が声をかける。
「……ミオティアルの事かしら?」
「そうであろうな。でなければこのように手順も踏まずに来る事はあるまい」
「……お通ししてよろしいでしょうか?」
執務の合間に休憩をしつつ、聖女失踪に伴う結界維持の相談をしようと部屋を移動してきていたアクエリアムとウラヌセウトは、顔を見合わせたあとに小さく頷く。
「……通して下さい。それから、あの子達の分のお茶を用意したら、貴女も休憩していらして。用がある時には呼びますから」
「かしこまりました」
従者はすぐに、オーケヌスとイオニスを案内し、追加のお茶を用意して下がる。
「二人とも、お掛けになって」
「……アクエリアム陛下、ウラヌセウト陛下、急な訪問をお許しください」
イオニスが謝罪の言葉を口にすると、アクエリアムは、困ったように微笑んで、静かに頭を振る。
「ミオティアルの事なのでしょう? ……仕方がないわ、ウラヌセウトの子なのだから。でもあまり感情的になり過ぎないように。大事な時に判断を間違えてしまいますよ?」
そう言って我が子、オーケヌスの方をチラリと見る。
(この子がミオティアルに特別な感情を抱いている事はわかっている。でも、彼女を娶るのなら、自分が王として立たないと。だからどんな時にでも感情を大きく揺らす事があってはならないわ)
言われたほうのオーケヌスは、少しバツが悪そうな顔をして、隣からはコホンと咳払いが聞こえる。
「母上、揶揄うのはおやめ下さい。それどころではないのです」
「そうね。こちらもちょうどウラヌセウトと話し合いを始めるところだったのですよ。……何かわかったのかしら?」
アクエリアムはスッとサファイアブルーの瞳を細め、女王の表情になる。
「……ミオティアルが最後に居たはずの祈りの間へ行ったのです。何か見落としている事はないかと。そこで……」
先ほどの祈りの間での出来事を、オーケヌスは詳しく話す。実際に起きた事であるのに、こうして他者に説明してみると、幻覚であったのではないかと思ってしまう。
「……それで? その不思議な娘は今どうしている?」
話し終えて最初に発言したのはオーケヌスの父、ウラヌセウトだった。
「神殿の客室に。目が覚めたら知らせるようにと、水の司祭シェナに指示をしてあります。……その、ミオティアルと見た目が瓜二つと言うか。よく知る者でなければ見間違える程似ているので、存在を知られると騒ぎになるかと」
「聖女とそっくりの見た目だと……?」
ウラヌセウトはそう言って、アクエリアムの顔を見る。アクエリアムは、テーブルの上に組まれた両手を見つめている。
(……状況的に考えれば……。でも、会ってみない事には判断できない。)
「……まだ目を覚ましていないのですね?」
「我々が部屋を出た時には、まだ……」
「ならそうと決まったわけではないわ。……目を覚ましたらこちらにも報告を。確認しに行きます」
アクエリアムは顔を上げると、夫を見つめ一つ頷く。
「……そうだな」
不思議な少女が目を覚ましたという報告は、それから丸二日経ってからであった。
本日夜にもう1話予定しています。




