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7:聖女失踪と王子による調査

「さて、なんと報告したものか……」


 早朝、イオニスは一人、呟いた。

 やや癖のある淡いブラウンのミディアムヘアと、同じ色合いを持つ知的な瞳。緻密(ちみつ)な細工がされた銀縁の眼鏡は、彼の仕える主から(たまわ)った物だ。


 ――聖女ミオティアルが、失踪した――


 その報告を受けたのは、昨夜遅く、日付の変わる頃。

 主が就寝した後、残った少しの仕事を済ませてから、自身もまた就寝の支度を済ませたところだった。


 イオニスは、既に眠っているであろう主に知らせるかどうか迷いはしたが、詳しい状況も把握しないままにこのような重大な報告をすることは出来ないと思いとどまる。事が事なだけに女王陛下には伝わっており、その陛下直々に現場の確認も済ませていると聞いたので、今夜は情報を整理して、翌朝に主へ報告することに決めた。

 

 聖女ミオティアルは人一倍責任感が強い。彼女に与えられた役割の重要性は彼女自身が一番よくわかっていて、自分が成さなければいけない事は何があっても一切の泣き言を言わずにやり遂げる。まして逃げ出すなどという事はありえないし、そのような理由もない。しかし、昨晩の夜の祈りを最後に彼女は忽然と姿を消してしまったらしい。


 もちろん彼女には護衛もついていた。その者の話によれば、ミオティアルが祈りの間に入るのを見送った時の事までははっきりと憶えているものの、その後については何故か記憶が曖昧になっているという。気付いたら入り口付近で倒れていて、何故自分が倒れていたのかもわからないとのこと。

 そうなると、聖女であるミオティアルが何者かに狙われ、連れ去られたと考えるのが自然だ。魔力の高い彼女がなんの抵抗も出来ぬままなどという事は考え難いが、なんの痕跡も手掛かりもなかったらしい。


 

 (果たして、我が主は冷静でいられるであろうか……)


 いつもより少し早く身支度を済ませ、重い足を運びながら、考える。

 主の取り乱す姿が目に浮かんだが、彼女を大切に想っているであろう彼の御方に知らせないわけにはいかないと、意を決して主の部屋の扉をノックした。



 ◇◇◇

 

 

「……何故私に一番に知らせなかった?! 彼女は――」

 

 知らせを受けたオーケヌス=オルテ=レイ=メルグリアは、驚愕に目を見開いた後、彼の補佐官である側近のイオニスを睨んだ。

 

「……女王陛下が既に動かれていらっしゃいましたし、オーケヌス様にお知らせするには情報が足りませんでした。その様な状態でお知らせすれば、騒ぎになるだけです」

 

 (当然だ。彼女は都になくてはならない存在なのだから。彼女が居なくなれば、たちまち都の結界に綻びがおきる。それに――)

 

「殿下が聖女様を何より大切に想っておられることも我々は存じております。だからこそ」

「わかっているなら……」

「だからこそ、状況を掴んでからきちんとお伝えするべきだと考えたのです。殿下は普段は何事も冷静に判断されますが、聖女様の事となられるとどうにも感情を優先されてしまう」

「……っそれはっ」

 

 痛いところを突かれたのか、言葉につまる。

 

 (しかし、すぐに動けば手掛かりが掴めたかもしれないのだぞ)

 

「確かな状況も掴めないままに真夜中に騒ぎ立てれば、民を不安にさせる事にもなります」

 

 反論する間もなく、イオニスはたたみかける。

 

「……冷静になってください。今感情的になる事は、都にとって望ましい事ではありません。……自らのお立場をお考えください」


 正論を並べられて、オーケヌスは黙り込む。

 頭では理解しているものの、ミオティアルの安否がわからない不安に、感情が乱れる。冷静で正しい判断をと思う王族である自分と、すぐにでも探しに飛び出していきたいと焦る気持ちの間で揺れていた。


「お気持ちはわかります。ですが、先ずは情報を集める事が優先です。……我々にお任せください」


 補佐役であり、幼い頃からの教育係でもあるイオニスの言葉に、オーケヌスは頷くことしかできなかった。



 ◇◇◇

 


 オーケヌスは、リュリュイエの女王であるアクエリアム=アプラ=アンフィトリテ=メルグリアの息子、つまりこの都の王子だ。神殿の大司祭であり、風の司祭の役職も担っている。そのため、彼がミオティアルの失踪の件についてもう一度調べ直す事については、誰からも異論は無かった。


 イオニスら側近が集めた情報によれば、いつも通り土の刻に夜の祈りへ向かった彼女が時間通りに戻らない事を侍女が心配して、祈りの間への入室許可を貰うために水の司祭であるシェナに相談した。

 相談を受けたシェナは何か嫌な予感がしたのか、そのまま女王であるアクエリアムに内密に連絡を取ったらしい。聖女であるミオティアルに関わる事であるため、女王は少数の護衛だけを伴い、自ら祈りの間に向かった。そこで見たのは、入り口でぐったりとうずくまる警護の騎士。祈りの間に関しては、護りの魔法陣だけが起動したままで、誰もいない状態であったという。


 その後も必死で行方を探し続けているものの、未だ有力な手がかりは掴めぬまま、時間だけが過ぎ、早三週間が経とうとしている。

 痺れを切らしたオーケヌスは、捜索時の情報をもう一度確認しつつ、その上で何か見落としている事はないかと、ミオティアルが姿を消した祈りの間に自ら向かう事にした。


 (この扉を開けたら、全てが夢で、ミオティアルが戻っていたのなら……いや、現実をみるのだ。この部屋で、彼女につながる何かを見つけ出す)


 落ち着け、落ち着けと自身に言い聞かせながら、カチャリとドアを開ける。

 時刻は丁度水の刻半。祈りの間には陽の光が差し込んでいるが、暫く儀式が行われていないせいか、魔法陣の輝きは儚げで、今にも消えてしまいそうであった。


 (いつ戻るのかもわからないと、結界の出力は最低限にしているが、もってもあと一週間といったところか……)


 オーケヌスはその蒼い双眸を細め、注意深く辺りを見回す。ぱっと見た様子では特に異常はないようだ。


 (護衛の騎士の記憶はなく、倒れていた……ミオティアルは部屋を出たのか?それとも、ここには地下などあったか?)


 床や壁に何か不自然な点が無いかと観察しているうちに、ふと魔法陣の方に違和感を感じる。

 オーケヌスは共に来ていたイオニスに目配せをし、入り口付近に移動させ、それを確認してから声を上げる。

 

「……そこにいるのは誰だ」


 返事は無い。


 オーケヌスは、気配のした方、結界の魔法陣の中心に向かって歩き出した。

 魔法陣に足を踏み入れると、薄らとではあるが、ふわりとミオティアルの魔力を感じる。


「……ミオティアル」


 呟いた瞬間。消え入りそうであった輝きが急激に増す。

 オーケヌスは咄嗟にマントで顔を隠し、目を守る。


「殿下っ!!」


 イオニスの慌てた声が聞こえたが、オーケヌス自身は落ち着いていた。

 眩い光は魔法陣の中心に向かって収束していき、二人の目線より少し高い場所で、徐々に人の形を取り始める。

 その様子はさながら神が降臨するかの様で、二人はその光景に呆然と立ち尽くしていた。

 やがてそれは、輝きを維持したままゆっくりと地へ降り立つと、足元から急速に光を失い、それと入れ替わるように見たことのある色に変わってゆく。


 トサッ


 軽い音と共に、少女の形をしたそれは魔法陣の上に崩れ落ちた。


「どういう……事だ……?」

「これは……なんと……」


 オーケヌスとイオニスは突然現れた少女を見た瞬間、言葉を失う。

 見知らぬ服装をした娘。ただ、その容姿に驚きを隠せなかった。

 歳の頃は十六・七であろうか。細かなところまで見れば違いがあるのかもしれないのだが、銀色の長い髪、閉じられている瞳の睫毛は長く、形の整った桃色の唇。美しさの中にも愛らしさのある顔立ちに、ほっそりとした白い四肢。

 少し幼い気もするが、その姿はミオティアルと酷似していた。


「……本人では……ない、ようだが……?」

「……ですが余程近しいものでない限り、見分けるのは難しいのでは?」

 

 冷静に考えれば、倒れている女性をまじまじと観察するのは限りなく失礼にあたるのであろうが、それすら忘れてしまう程に驚いていた。


「誰か人を……いや。誰かに知られたら混乱するであろうな。……イオニス。ひとまず何処か部屋を用意してくれ。すぐに連れていく」

「殿下が運ばれるのですか!?」

「……そうするしかないであろう?下手に周りに知られれば、大騒ぎになる。それに、この娘が何者なのかもわからないのだ」

「ですが……」

「それから、水の司祭のシェナを呼んでくれ。……落ち着いたら母上に相談する。誰かに感づかれる前に移動した方がいい」

 

 言いながら、オーケヌスは力なく倒れている少女の手首をとった。身体はだいぶ冷えているようだが、脈はしっかりとある。自分の着けていた蒼いマントを外し、ミオティアルによく似た少女を包むと、そっと抱き抱えた。


「……急ぐぞ」


 少女の身体は思いの外軽く、何故か酷く懐かしい感覚がした。




 

次回は火曜日です。

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