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76:刻印


「ああ、わかった。待っているので、行ってくるといい」

「ありがとうございます。すぐに戻ります」


 ティアが部屋から出ていくのを見送ると、オーケヌスは再びミオティアルの資料を眺め始める。

 なんとなく気になった一冊を手に取り、ぱらりと捲った。


 それには、(しゅ)について、言い伝えや精霊信仰など、様々な視点からの考察が書かれていた。

 オーケヌスは、ある一ページで目を止める。


 (『刻印について』……?)


 自分たちは普段、呪を紡ぎ精霊に呼びかけることで魔力を解放している。


 (……古代文字や紋章の方が近いか?)


 刻印は、自らの身体に刻む紋様。基本的に一度刻まれたら、消すことは不可能らしい。

 しかし読み進めていくと、どうやらミオティアルは、刻印を消す方法を探しているようだった。


 (……ミオティアルは一体何を?)


 読んでいた資料に栞を挟み、パタリと閉じる。古代文字がわからない自分は、今のところはティアに頼るしかない。


 ――王子様


 伶夜の声がする。


 (……今度は何だ)


 ざわりとした感情を乗せ、言葉を返す。


 ――そんな場合じゃない。廊下の方から、ものすごく嫌な感じが漂ってきてる


 (……?)


 ――あの時と同じだ! 月の魔女!


「――!」


 オーケヌスはガタリと音を立てて立ち上がる。


「殿下? どうなさいましたか?」


 クレイとリリアナが慌てた様子でオーケヌスに近寄る。


「――聖女が、危ない」

「……?」


 オーケヌスから発せられた驚くほどの低い声に、リリアナが、目をぱちぱちとさせる。


「殿下、それは……」


 クレイが動こうとしたその時、部屋のドアがばたりと開く。


「王子殿下! ティア様が――」


 戻ってきたアイリスの顔が蒼白になっている。

 余程急いで戻って来たのか、肩で息をしていた。

 

「すぐに向かう! クレイっ」

「――先行します。アイリス、案内を」

「はい!」


 クレイは内心苦笑いしつつ、返事をする。


 (……まったく。普通は主の護衛が優先されるべきであるのに)


 ――僕たちも!


 (わかっている!)


 『あの時』と同じように、オーケヌスは護りの呪を紡ぎながら部屋を出た。



 ◇◇◇



「え……?」


 ティアは、廊下に立ちすくむ。

 音のした方を頼りに、ある部屋の前までやって来たのだが。


 ティアの目には、なにか得体の知れない(もや)が、扉の隙間から漏れ出ているように『視えた』。


「ここは、アクティス様のお部屋ですね……」


 わたくしがまず様子を。と、アイリスが進み出る。


 (……見えてない? 私だけに見えているの?)

 

「ま、待って、アイリス。何か様子が……」


 どう止めたらいいのかわからず、ティアは思わずアイリスに手を伸ばした。


「……聖女様自らお出ましとは……」


 廊下の先から、少し低めの女性の声と、カツ、カツ、という足音が聞こえてくる。

 

 歩みを進めるたびに、シャラリと靡く金の糸が、彼女の暗色の軽鎧(ライト・アーマー)を撫でる。

 優雅に歩いているだけなのに、そこには圧倒的な存在感と、底知れない威圧感が漂っていた。


「セルレティス様……?」


 ティアは本能的に一歩下がる。それを見た護衛が、彼女を守るように一歩前に出た。


「そのように警戒なさらないでいただきたい。私はただ、訓練で具合を悪くしたという、愚弟の精神を鍛え直すために参っただけのこと……」


 そう言って綺麗な笑みを浮かべる。


「それにしても、困ったものですね。主に心配をかけるだけでなく、部屋の前まで足を運ばせるなど……」


 聖女様は王子殿下との婚約を控えていらっしゃると伺いましたが……と、付け加える。


 (あっ……)


 漆黒の瞳をスウッと細め、正論を告げるセルレティスに、ティアは僅かに動揺する。


 (……そう、だよね)


 たとえ婚約(それ)がフリであったとしても、それはここだけの話だ。

 ティアの言動一つで、オーケヌスに多大な迷惑をかけることだってある。


 (でも。アクティスは私の護衛で、友人。弱っているのなら、手を差し伸べるのは決して悪いことじゃない)


「――ですが」


 セルレティスが、一層美しい笑みを見せる。


「貴女のその、正しく聖女に相応しい優しさが、今のアクティスには、一番の()()()になる」


 一言一言、言い聞かせるように言葉を発する。


 (……?)


「……それは、どういう」


 ――うう。


 部屋の中から声が聞こえた。

 扉から漏れ出る靄が、濃くなっている気がする。


 ティアは護衛の陰に隠れるように、少し移動してアイリスを呼んだ。


 ティアはスッと背筋を伸ばすと、指示を出す。


「アイリス。アクティスが心配です。朝食をとっていないとのことでしたね? ……身体に優しいものを、()()()手配してもらえる?」


 そう言って、アイリスの背にそっと手を添える。


 アイリスの表情(かお)が、こわばる。


 (大丈夫)


 なるべく自然に、耳元で囁く。


「――応援を」

「――! かしこまりました。すぐに」


 アイリスは返事をすると、部屋へ戻っていった。



「……」


 見送るティアの表情が、険しくなる。


 (時間を稼がなければ)

 

「聖女様。不甲斐ない我が弟のために心を尽くしていただき、ありがとうございます」


 再びセルレティスから声がかかり、ティアはゆったりと振り返る。

 細められた漆黒の瞳と平坦な声色からは、なんの感情も読み取れない。


 (……いい? 私は聖女よ。……雰囲気にのまれないようにするの)


 ティアは舞台に立つ自分をイメージし、役をこなすための緊張感を保つ。

 ゆっくりと瞬きをしてからスウッと息を吸い込み、頭の先から爪先まで、神経を集中する。


「……わたくしは、主として当然のことをしているまでです。彼は、わたくしの盾となってくださるのですから」


 出来るだけ優雅に、隙を見せないよう慎重に言葉を選びながら、それぞれの役者の配置と、今後の展開、あとからくるはずの応援を、頭の中で計算する。

 それから、口の中で(しゅ)を紡ぐ。


 (……負けない)


「ふふっ」


 セルレティスの赤い唇から、笑いが溢れる。


「……本当に、どこまでも聖女様、なのね」


 セルレティスの艶やかな漆黒のグローブが、無造作にドアノブを掴む。


 (あっ)


 予想外の展開に内心声を上げるが、急ぎ【祝福の衣ベネディクション・ローブ】を紡ぐティアは、それを止めることができない。


 

 ガチャリ



 扉の隙間から、靄と共にひんやりとした気配が這い出てくる。

 

「さぁ、お優しい聖女様。哀れな我が弟をお救いいただけるかしら」


 とても弟を心配しているとは思えない、ティアを試すような言葉。

 その口調には僅かに嘲りが含まれている。


 (――祝福の衣ベネディクション・ローブ


 ティアは視線を扉の前に立つセルレティスに固定したまま、密かに術を展開する。

 自分と、自分の前に立つ護衛。それから、後ろから迫って来ている二つの足音に向けて。

 

 セルレティスは、ティアの様子をチラリと見た。

 黒曜石のような瞳がスウッと細められ、口の端がゆっくりと上がる。


 (おかしい)


 ティアは、一歩前に出て、護衛の隣に並ぶ。

 

 「……貴女は一体、誰?」

 


お読みいただきありがとうございます。

次回更新は木曜夜です。

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