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75:見えない傷


 姉に文字通り叩き伏せられた次の朝。アクティスは休暇をもらっていた。


 休暇と言っても、家に帰るわけではない。

 ティアの専属であるアクティスは、主の身に何かあればすぐに動けるよう、ティアの居住スペース近くに、部屋を与えられている。


 見た目にわかる傷は、あの後すぐに医務室で癒しの術をかけてもらい、既に消えている。

 だが、姉のセルレティスの言葉が、昨日突かれた胸に棘のように刺さったまま、ジクジクと痛んでいた。

 

 こんな状態で、とても護衛の任務が務まるとは思えない。

 ……アクティス自身は自覚していないが、今の自分を、ティアの前に晒したくなかったというのが、今日休んだ一番の理由だろう。


 アクティスは、やり場のない思いを抱え、ベッドの上で身じろぐ。

 身体を動かすたびに全身が軋むような心地がしたが、それでもそろそろ起きなければと、ゆっくりと身を起こした。


 くらくらする頭を片手で押さえ、立ち上がる。


 いつもなら、身の回りの世話をする従者もいるが、今日は一人で過ごしたいからと、来なくていいと伝えてある。


 カーテンの隙間から差し込む陽の光は明るすぎる程で、まるで鬱々としたアクティスを刺すように輝いていた。


 そのままふらふらと、部屋の中を歩く。


 (……僕はティアの騎士だ。それ以上でもそれ以下でも……)


 テーブルに用意された、水差しに手を伸ばした。



 

  ――望むのはそれだけか?


 


「――っ!」


 セルレティスが囁いた言葉が脳裏を掠め、激しい頭痛がアクティスを襲う。


 ガシャンッ


 掴み掛けた水差しが倒れ、床に落ちる。

 アクティスはその場にグシャリと崩れた。




 ◇◇◇




「そういえば、今日はアクティスの姿が見えませんね」


 ティーセットを片付けるリリアナに、ティアが声をかける。

 するとリリアナは少し眉を下げた。


「……昨夜、遅くまで修練場にいらしていたようなのですが……急遽交代をお願いしたそうです。今朝はお食事も召し上がっていないようでした」

「……それは心配ですね」


 (珍しい。アクティスが急にお休みだなんて)


 ティアは、ぱちりと瞬きをした後、左手を頬に当て思案する。


 (具合が悪いようなら、何か差し入れを持って――)


「……君が心を砕くことではないだろう」


 ティアの斜め後ろから、オーケヌスの少し低い声がした。


「……?」


 ティアは驚き、振り返る。


「本来なら、従者は主に余計な心配をかけるものではない」


 先ほどお茶をしていたときのような柔らかな雰囲気は微塵もない冷たい声に、ティアはどきりとする。


 その瞳は、真っ直ぐにティアを見ていた。


「ですが……」


 反論しかけたティアを制するように、オーケヌスが再び口を開く。


「……だが、君が周囲の者に対し、分け隔てなく心を砕いていることは私も知っている。もしも、様子を見にいくつもりであるならば、他の者を必ず連れて行け」

「……はい」


 オーケヌスの言っていることは正しいのだろう。

 だがティアにとってアクティスは、従者であると共に友人でもある。


 (……お友達のお見舞いに行く感覚でいたらだめなんだよね)


 肩を落としたティアに、オーケヌスは少し罪悪感を憶える。


 (優しさは、彼女の美点だ。しかし今回は……)


 ――そこは、私を連れていけ、じゃあないの?


 次にかける言葉が見つからず、視線を彷徨わせるオーケヌスの耳に、伶夜の揶揄うような声が届く。


 (……うるさいな)


 ――まぁ、冗談はさておき……言っておくけど、多分、今行くのは危険だよ?

 

 (危険……?)


 思わぬ言葉に、オーケヌスは顔を顰める。


 ――嫌な予感がするんだ。でもこれを言ったら、ティアは余計に心配するだろうね


 (一体どうしろと)


 ティアを止めたい気持ちと、彼女の優しさを尊重したい気持ちの間で、揺れる。


 ――とりあえず王子様には、全力でティアのこと止めて欲しいな。……それとも、交代する?


 (――!)


 ――なぁんてね。とりあえず、優先事項を決めたらいいんじゃない? 解読、するんでしょ?


 (…………)

 


 コンコン

 


「アイリスです。失礼致します」

「はい、どうぞ」


 一瞬落ちた沈黙に、控えめなノックと、凛としたアイリスの声が聞こえる。


「ティア様。水の司祭のシェナ様の使いの方がいらしています。いかが致しましょう」

「あ……」


 ティアは、その場の最上位者であるオーケヌスの方を向く。

 王子である彼が滞在している今、彼の判断が最優先だと思ったからだ。


「……シェナが……?」


 困惑するオーケヌスを見て、アイリスがティアに耳打ちする。


「……ティア様より仰せつかっていた、都についての史料の件だと思われます。わたくしが、シェナ様に相談いたしましたので」


 ああ! とティアは納得しながら、内心ヒヤリとする。


 (……殿下に内緒なの、まずかったかな)


「わかりました。用件だけ伺います。急ぎでなければ、また後日にいたしましょう」


 それでいいでしょうか? とオーケヌスに再び視線を送る。


「ああ、わかった。待っているので、行ってくるといい」

「ありがとうございます。すぐに戻ります」



 ◇◇◇



「お待たせいたしました。ご用件を伺います」


 急ぎ向かったエントランスには、シェナの侍女だという、落ち着いた佇まいの女性が待っていた。傍らにはカートがあり、何か荷物が載せられている。


「突然の訪問をお許しください。アイリス様よりご相談を受けまして、勝手ながらわたくしの主にお話させていただきました。主は教師もしておりますので……」


 サーシャと名乗った侍女は、カートの上の包みをその場で広げる。

 そこには、都についての様々な書籍が積まれていた。


「彼女とは、幼馴染なのです」


 アイリスがニコリと微笑む。


「こんなにたくさん……お借りしてよろしいのですか?」

「ええ、聖女様のお役に立てるのでしたら、至上の喜びにございます」


 本当に嬉しそうに微笑むサーシャに、ティアは心からの感謝を送った。


「ありがとうございます。……シェナ様にも感謝を」



 荷物の受け取りを済ませ、出口まで見送りに出る。

 よろしくお伝えくださいませ。と告げたその時、



 ガシャンッ!


 廊下の向こうで、何かが割れる音がした。


 

次回更新は火曜昼です。

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