表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/74

71:引き継がれる文字


「紋章とは、簡単に言うと古代文字だ」

「……古代文字、ですか」


 (……どう見てもこれは漢字……でも、何故?)


 首を小さく傾けて、ティアは思考を巡らせる。


「そうだ。古代文字の歴史は……」


 オーケヌスは、リュリュイエの都の成り立ちを語る。


 

 今からおよそ千年と少し前。神々は、アルシエという、こことは別の世界に暮らしていた。

 アルシエでも、今のリュリュイエと同じように、神々は人間にとって崇拝の対象であった。

 しかし文化が発展し、力をつけた人間たちが、神を軽視し始めた。魔力を扱い、呪を紡ぐことも、神の力があってこそだということも忘れ、遂には神に対して弓を引くものすら現れたという。

 アルシエを見放すことを決めた神々は、選ばれた人間だけを連れて、新たな世界を創ることにした。

 そうしてできたのがここ、リュリュイエの都。


 

「その時に、アルシエから持ち出された文化の一つが、古代文字だ。……一文字で、多様な意味を持つらしい」


 まさかこんなところにと、オーケヌスは唸る。


(千年前……?)


 ティアは何か引っかかるものを感じ、記憶を探る。


 ――今から千年程前の出来事と言われているのだけど、ある地方の民族のいくつかの家が、ごっそりと行方不明になったという記述が見つかったらしいの――


 卒業式の日、那月が言っていたことを思い出す。


「千年前……新たな世界……ごっそりと行方不明……持ち出された文字……!」


 確かめるように、呟く。

 まさかの事実に、ティアの鼓動が早まる。


「……どうした? 何か気づいたのか?」


 オーケヌスが問いかけるも、ティアの頭の中はそれどころではなかった。


 (千年前の日本から、人々が連れて行かれたのなら、漢字があっても不思議じゃない)


 つまり那月は、そのことを調べていたのではないか。


 机の上に置かれた、聖女のバングルを見つめる。

 慣れ親しんだ文字が、並んでいた。


 (何か手がかりが、掴めるかもしれない)


 ティアはオーケヌスの方に向き直る。


「……殿下。わたくし、おそらく古代文字を読むことができます」

「!」


 オーケヌスの瞳が驚きに見開かれる。

 

「これは、わたくしがあちらの世界で日常的に使っていた文字……漢字、と同じものだと思われます」

「つまり君は、この文字を当たり前に使ってきたということか」

「はい。それから、このバングルの裏の文字ですが……」


 ティアが確かめるような瞳を送ると、オーケヌスはああ、と一つ頷いた。


「……ミオティアルの書いたものだろうな」


 代々の聖女に受け継がれ、時の流れを感じる表側と違い、裏側の文字は彫られて間もない色をしている。


「古代文字は、誰もが読めるものではないのですよね?」

「そうだな。私とて、自信はない。文字というよりは、紋章記号として伝わっているせいか、わかるのは意味だけだ」


 (ミオティアル様が、内密に研究をしているとしたら……)


 ティアは右手を口元に当て、傍に置かれたバングルにもう一度視線を移す。


 火、光、風、と書かれている。

 聖属性を除いた六属性のうち、半数。


 (これは、左手のバングル……そうすると、右手は……)


 今度は右手に残っているバングルに、視線を移す。

 その様子を見ていたオーケヌスが、声をかけた。


「……右も外すのか?」

「そう……ですね……って、いえ! 今は大丈夫です!」


 後で外した時に確認しますと、ぶんぶんと手と顔を振る。


 (いや、さっきのはもう無理ですから)


 そんなティアの内心の動揺を読み取ったのか、オーケヌスはククッと笑う。


「……確認次第、記録をしてくれればそれで良い」

「は、はいっ……」


 それから、とオーケヌスは続ける。


「ミオティアルの研究資料を集めておく。もし古代文字が使われていたら、君の力を借りることになると思うが……」


 不自然に言葉を切ったオーケヌスに、ティアが首を傾げると、すぐ隣のオーケヌスの顔を、覗き込むような形になった。


 オーケヌスは少しだけ決まり悪そうに視線を逸らす。

 

「……すまない。君にばかり負担を……」


 もしもミオティアルが、研究成果を全て古代文字で記載していたとしたら、自分にできることはないに等しいという事実と、それでも王族として関わるべきだという思いがオーケヌスの中で交錯する。

 

 結界の維持、聖女としての癒し、王子の婚約者、ミオティアルの研究。さらにこれからは、少しずつ外へも出なければならない。


 (……情けないな)


 オーケヌスは暫く黙ったあと、ふるり、と頭を振る。

 眉間に皺を寄せてしまったオーケヌスに対し、ティアはにこりと笑みを浮かべる。


「いいえ。これは、わたくし自身のためでもあります。ですから、そのようなお顔をされないでください」


 それに、もし壁に突き当たったら、もう一人相談できる相手がいると、ティアは考えていた。


 (……でもそれは、本当に困った時)


 伶夜は、真名を呼んではいけないと言っていた。

 おそらく、彼なりにオーケヌスの存在を尊重しているのだろうとティアは思う。


 (あるいは、殿下に呼びかけてもらう、とか……いやいや、そんなことはとても……)


 ティアはオーケヌスの方をチラリと窺う。


 窓越しに、傾きかけた陽の光が差し込み、オーケヌスの顔に影を落とした。

 その横顔から、ポツリと言葉が溢れる。

 

「……私も古代文字を学び直すか」

「えっ?」


 驚くティアにも気づかないほど、オーケヌスは思考の海に沈んでいた。

 少し落とした視線の先にある、柔らかな光を湛えたバングルがオーケヌスの視界に入るとともに、磨かれた石机には、難しい表情をした自身の顔が映り込んでいた。


 ――効率は重視する?


 不意にオーケヌスの耳に、伶夜の声が届く。


 (……どういうことだ?)


 ――僕がどこから来たのか、忘れた?

 

  愉しげな響きをもった声に、何かが、チクリと刺さる。

 

 ――貴方が覚悟を決めてくれれば良いだけだよ?


 何かを含ませたような物言いに、オーケヌスは眉を顰める。

 机に映り込んだ蒼色が、灰色(グレイ)に揺らめいた気がして、ゾワリとしたものが、オーケヌスの中を駆け巡った。


 (覚悟とは、なんだ)


 ――まぁ、僕もティアが呼ぶまでは、大人しくしているつもりだけれど


 (……『つもり』が変わることもあるということか)


 ――貴方の意思を尊重するよ。でも、ティアのためにならないのなら……


 


「殿下? ……お疲れですか……?」


 ティアの呼びかけが、二人の対話に割って入る。


「いや、問題ない。今日はこのくらいにしておこう。明日までに、資料を揃えておく」

「あ、はい。わかりました」


 オーケヌスはスッと立ち上がり、出ていた資料をまとめる。それから自然な手つきでティアの手を取ると、外したバングルを付け直す。


 何故かその時、ティアに触れたオーケヌスの手が、嫌に冷たく感じられた。



 

いつもありがとうございます。


次回更新は火曜昼です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ