70:本と資料と紋章
窓から差し込む陽光が、備え付けの机で本を捲るティアの細く白い指先に降り注ぐ。
オーケヌスとティアは、栽培棟を出た後、中央殿の二階にある図書室に来ていた。
資料室も内包されているこの部屋の書物は、分類や年代別にきちんと整頓され、管理者の几帳面さが窺える。
幸いここは、元から利用する人間が少ない。
そのため人払いをすることは容易らしく、急な要請であったにも関わらず、管理人のティルトは嫌な顔一つせずに快諾してくれた。
ミオティアルもよくここへ足を運んでは、護衛も侍女も外で待機させて独りきりで籠っていたのだという。
彼女がどんな資料を読んでいたのか、ティルトから多少の話が聞けると思ったが、余程秘密裏に研究を進めたかったのか、何も知らないとのこと。
ミオティアルの研究目的はわからないままだが、まずは先程目にした女神の薬草について、調べてみようということになった。
詳細が謎に包まれた薬草であるため、目についた草花や自然界の伝承の本を集めていく。
「……資料は足りるか?」
「あ、ええと、その」
いくつかの本を片手にオーケヌスが呼びかける。
ティアは僅かに目を泳がせ、言葉を探した。
(いくら人払いがされているとはいえ、殿下を小間使い扱いするわけには)
「また遠慮をしているのか? そのようなことは……」
「で、殿下が良くてもですね、周囲は、そうは見ないのです。……殿下は、その、もう少し」
立場を考えた方がいいのでは、という言葉を飲み込んで俯く。
「申し訳ありません……」
しおしおと項垂れるティアに対し、オーケヌスははあぁと深いため息を吐いた。
腕を組み、トントンと指先で肘の辺りを叩く。
「……言われずとも、わかってはいるが……」
そう言って目を伏せる。
(どう伝えれば、いいのか)
「……効率を重視するならば、私が資料を探す方が良い。書物を読み解くのは、君の方が長けているからな」
うう。とティアが唸る。
「それに、共に探したとしても、君が一人で資料を探すのだとしても、口さがない者たちはどうあっても悪く言うものだ。ならば、一刻も早く答えを見つける方が良いだろう?」
「……はい」
ティアは観念した様子で、それでは……と立ち上がる。
「……私が探すと言ったではないか」
何故君が立ち上がる。とオーケヌスは眉を顰めた。
しかしティアは動じることなく、スタスタと歩み寄りつつ言う。
「いいえ、殿下。やはり探すのも読み解くのも、共にいたしましょう」
「……ん?」
戸惑うオーケヌスの目の前までやってくると、その顔を見上げ、ティアはふわりと笑みを浮かべた。
「探し物、調べ物、研究などは、多方面からの視点が必要かと思われます。ですから、一人より、二人、です」
「……」
さぁ、わたくしはあちらの棚から。とティアがくるりと向きを変えて歩き出すのを、オーケヌスは慌てて追いかける。
「……殿下? 殿下は反対側の棚から……」
「いや。同じ場所からだ」
「……?」
「……君では届かぬ場所がある。私も共に行こう」
オーケヌスはそう言ってふいっと視線を逸らすと、行くぞ。と一言呟いた。
◇◇◇
「うーん……」
「……思っていた以上にこれは」
「難問、ですね……」
様々な資料を前に、二人は呟く。
「ミオティアル様は、何故そんなにも隠したかったのでしょうか……」
「……全て一人でやり遂げるつもりだったのか、知られてはならない研究であったのか……?」
隠すにしても、せめて何か暗号めいたものでもあれば……とティアはガックリと項垂れる。
その視線の先に、左手首に嵌められた金色のバングルが映った。
今までは気が付かなかったが、何か模様が彫られている。
(……?)
そうっと腕を上げると、シャラリ、と音が鳴る。
バングルの内側に、見憶えのある文字が刻まれているのが見えた。
「……うそ……」
(何でこんなところに……)
「……どうした?」
向かいに座るオーケヌスが、不思議そうに見つめる。
ティアは右手でバングルを外そうと留め具を探す。
(……取れない)
外してくださいとか、言えないし……とティアは手首を見つめながら、暫し考える。
「……外したいのか?」
オーケヌスがスッと立ち上がり、ティアの座る側へ回ってくる。
「……見せてみろ」
「え、あ、いや……」
戸惑うティアの答えを待たず、オーケヌスは背後からティアの腕を取る。
「……どうせ自分では外せないだろう?」
「ひゃ」
後ろから包まれる形になり、耳元で囁かれるような声に、びくりと心臓が跳ね上がる。
(えっ、ええっ……)
大きな手が、細い腕に付けられたバングルの留め具を、カチャリと外す。
「あ……あの……」
突然の出来事に、おろおろとするティアをよそに、オーケヌスは外したバングルを差し出す。
「そもそも、一人で外せるものではないだろう? ……ほら」
「あ、ありがとう、ございます……」
(お、おさまれ……落ち着け、私)
「それで、そのバングルがどうかしたのか?」
バクバクと鳴り響く鼓動を落ち着けようと、密かに深呼吸をするティアをよそに、オーケヌスは質問を投げかける。
「そ、そうでした!」
ティアはバングルの裏側を確認する。
(やっぱり。少し崩した形にはなっているけど、これは間違いなく、漢字……)
小さく一つ頷くと、手にしたバングルをオーケヌスの目の前に差し出す。
「い、今まで気が付かなかったのですが、ここに文字が刻まれているのです」
これは確か歴代の聖女様たちから聖女の証として引き継がれているものだと伺っているのですが。といつもより早口で説明する。
「……そうなのか」
(……随分と慌てているな)
オーケヌスはティアの様子を内心で苦笑いしつつ、バングルを受け取る。
(いつもより瞬きが多いな。動揺しているのか?)
覗き込んだ淡水色の瞳は、ゆらゆらと揺らめいているように見えた。
(……こういう表情もするのか)
「う、裏側を確認してくださいっ」
これ以上見ないでくれと言わんばかりに、ティアは必死に訴える。
(このくらいにしておくか)
クッと笑いを堪えて、受け取ったバングルに視線を落とし、オーケヌスは息を飲む。
「これは……紋章……!」
次回更新は木曜夜です。




